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家庭内ホームレス  作者: とららん
第三章 すれ違いホームレス
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すれ違いホームレス 5

折り返しのため、二話同時投稿します。

よろしくお願いします。

―※―


 そこは、小さなスタジオだった。狭い防音室内には、ステージと呼ぶには低すぎる土台と、簡易椅子が二十卓ほど並べられている。客も半分しかおらず、ライブと言うより、小さな演奏会と言うのが関の山だろう。

 ステージの裏の物置件待機室には、参加者が衣装合わせや、楽器の最終調整をしていた。


「まずいな……」


 酸素ボンベのチューブを鼻に付けたまま、アッシュブラウンに髪を染め直し、メイクを終えた鈴乃が、髪を掻き上げて汗を拭った。

 アキラが派手な方が良いと用意した紅いレザードレスが少しキツい。

 狭い部屋の熱気のせいもあるが、鈴乃の体調は優れなかった。朝から体が怠い。酸素ボンベをアキラに引っ張ってもらい、会場まで来たは良いが、頭がぼうっとしたままだ。

 傍らの紙袋から、無造作に薬を取り出す。数は二十近くなるだろうか、粉薬や錠剤、果ては水晶のような塩の結晶まである。


「前に少し見たけど、随分と多いな」

「ん? まあね。でもいつもこんな感じ」


 鏡越しから声を掛ける誠司に答えながら、数回に分け錠剤と粉薬を飲み干し、塩の結晶をまるでりんごを食すように囓る。

 ぼさぼさの頭をオールバックにし、スーツを着込んだ誠司の姿は、どこかの上流階級の紳士と言えるほど様になっていた。


「アキラは?」

「隠れてスタジオの様子を見ているよ。それにしても、心臓の病気だとは聞いていたけど、手術はしたのか?」

「大体四、五回くらい。癒着が酷くて、手術はあと一回できるかどうかみたい。だから、薬で何とか調整しているって感じかな?」


 しかし、その薬も残りも僅かとなっていた。


「血圧を上げる昇圧剤と強心剤、不整脈の薬に利尿剤…ナトリウムの摂取のための塩・・・これは岩塩か?」

「よく分かるわね。誠司って自分のこと話さないけど、薬剤師でもやってたの?」

「それはお互い様だろ。忍じゃないが、正直、お前が病院を抜け出した理由が分からない。動機くらい教えてくれても良いんじゃ無いか? これから演奏するのに、迷いがあるのはチームとして不安がある」


 ほんの少し、訝しむような表情を浮かべた誠司が腕を組んだ。

 鈴乃は躊躇いつつ、暫く薬の袋と鏡に映る自分の姿を見比べながら、意を決し口を開く。


「私ね、病院にいた時に見せ物にされてたんだ。当時じゃ珍しい病気で、生きてるはずがない体なんだって。それで、研修医とか別の病院のお医者さんが、よく私の体を見に来てた」

「それが嫌で飛び出したのか?」

「じゃないけど、でも、自分の技術を見せびらかすような医者達が凄く嫌だった。私は他人の成果や結果で、私自体が誉められた訳じゃないし……それでも、医師や看護師のお姉ちゃん達は良くしてくれたし、嫌いって訳じゃないのよね。というよりも、半分家族みたいなもんだったけど」

「どんな症状か解らないが、正直、今の状態でステージに上がるのは辛いだろう?」

「ちょっとね。でも、このまま何もしないのもアキラや貴方に悪いし、それに…兄貴にだって。私は、兄貴にとって何の価値もない。でも、私は私自身の価値が欲しい。私はここまでやれるんだって自信もね」

 

 そう言い終わった刹那、待機場所の扉が開き、係の青年が鈴乃達の番だと声を掛けた。

 それを聞いた鈴乃は、鼻に着けたチューブを投げ捨て、タン! と大げさに床を蹴り胸を張った。


「今日は誰のものでもない、私自身の成果を見てもらうの!」


 薬の残りから考えて、逃亡生活もあと二、三日が限度だ。口には出さなかったが、それはアキラも誠司も理解している事実だった。

 最初で最後のチャンス。鈴乃とアキラと誠司の一ヶ月の成果。それに全てを賭けるため、鈴乃は勢いよく準備室の扉から飛び出し、いの一番にステージへ立った。


「鈴乃! 誠司! 行くよ!」


 鈴乃に続き、マイクを掴んだアキラが二人に活を入れた。


『次は初参加、オンリーワンで、Self satisfaction(自己満足)』


 その紹介を合図に、誠司のギターが鳴り、鈴乃が鍵盤に指を置き前奏が始まった。


―※―


 ショッピングモールのエスカレーターを全速力で疾駆する。警備員に呼び止められても、無視は当たり前だ。

 息が苦しい、足が沸騰したように熱い。筋肉が軋む。それでも忍は走った。

 ヤマト楽器を前にした忍は、見知った店員の後ろ姿に声を掛けた。


「健太!」


 昔なじみの同級生が、反射的に振り向いた。


「忍? どうしたんだよ!」


 息を切らせ、血走った瞳の忍に仰天し、健太が素っ頓狂な声を上げた。


「今日はチケット有るから入れてくれ」


 クシャクシャになったチケットを握らせ、倒れるように健太の肩に寄りかかる。 

 健太は「どうしたんだ」「何があった」と声を掛けるが、忍の耳には届かなかない。 

 足は自然とスタジオの防音扉へ向けられ、気が付いたらドアノブへ手をかけていた。


(鈴乃……アキラ……誠司・・・・・・)


 カチャリとドアが開く。靴を脱ぎ、カーペットの床に足を乗せる。ギターの音が聞こえ、そのままステージの正面に立った。

 ガタン!と、重いものが落ちるような音がしたその一瞬のこと、スタジオにいた全ての人間が静まりかえった。


(え? 何?)


 何が起こったのか全く分からなかった。目の前の光景が信じられなかった。ステージの中心で、アキラがマイクを持っていた。その右で誠司がギターを鳴らしていた。しかし、左側では電子ピアノを弾いているはずの鈴乃の姿が無い。

 

 言い知れない不安と疑問が忍を混乱させ、鈴乃がいるはずの位置をもう一度確かめる。瞳が認識したのは、ステージから落ちた電子ピアノ、その上に倒れた紅いレザードレスの少女。


「!!!」


 自分が声と表現できない奇怪な絶叫を上げていると理解したのは、ステージの上に立つアキラと誠司が倒れている鈴乃に駆け寄った時と同じだった。

 一気にスタジオは騒然となり、パイプ椅子に座っていた観客が一斉に立ち上がった。

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