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家庭内ホームレス  作者: とららん
第三章 すれ違いホームレス
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すれ違いホームレス 3

―※―


 忍が警察署から失踪した翌朝、アキラは、忍を見つけられずに帰宅した誠司を叱りつけた。


「アンタ、どうしてすぐに連絡よこさないのよ!」


 どうして忍を止められなかったのか。何故、彼の話を理解してやれなかったのかと問い詰め、その後、何故、自分も行かなかったのかと後悔し、忍のベッドで一人泣いた。


 その日からアキラと誠司は昼夜を問わず、その足で忍を捜索し続けた。思い当たる炊き出しの場所、最寄りのコンビニ、誠司の馴染みであるホームレスへの聞き込み。

 警察や忍の両親が頼れない以上、自力で彼を捜すことしか、今の自分達にはできなかった。

 誠司の提案で、鈴乃は自宅で忍の帰りを待つこととなった。自分の体力を鑑みれば当然だろうと、彼女は役割を承知した。

 

 一つの市と言っても、都心に近い人口五十万人以上の大きな街だ。オフィス街もあれば、地下鉄、地下道、図書館、市民会館、二十四時間営業のファーストフード店や漫画喫茶、炊き出しを行う公園や河川敷。広く開放された施設も多く、雨風を凌げる場所なら無数にある。

 

 忍が思いつきそうな場所など、自分には見当も付かないと悔しさが込み上げた。知った風な口をきいて、結局は彼の何を知っていたのだというのか。

 忍のこともそうだが、誠司を責められる立場でもない。自分がもし、警察署へ忍を迎えに行ったとしても、今の事態は避けられたのだろうか?

 その問いにアキラは答えを出せずにいた。そんな無力な自分が悔しくて、無性に恐ろしかった。だから、何も考えずに走って、走って、走り回った。

 そして、アキラが倒れたのは忍の失踪から一週間が過ぎた頃だった。


「し、死ぬう……」


 唸るように絞り出せた言葉はそれだけだ。風邪と言う訳では無いが、疲労から来る発熱は、体をベッドへ縛り付けるには十分だった。


「無茶し過ぎよ。ほら、体起こして」


 粥が乗せられた御盆を持ち、鈴乃が溜め息を吐いた。


「曲ができても練習ができなきゃ意味ないでしょ。ライブまであと一週間無いよ」

「しょうがないじゃん。あの馬鹿、見つからないんだから。それに練習も毎日やってるよ。歌詞もちゃんと書いたし」

 

 体を起こし、アキラは愚痴を漏らすが、「それとこれとは別」と鈴乃が切り捨てた。

 それから食事を終え、体を拭かれたアキラは、強引に布団の中へと押し込められた。アキラが覚えている限りでは、寝込むという事態に陥ったのは初めてのことだ。結局、自由が利かないため、鈴乃にやりたい放題させられてしまったことに、軽い屈辱感を覚える。


「これで良し。体は生きるための基本だから、大事にするのね」


 体が動かない状態など初めてだからか、気弱になっている自分に対し、鈴乃の皮肉混じりの台詞が、なぜか少しだけ心強かった。


「少しだけ、お話し……してよ」


 部屋を出ようとした鈴乃を思わず引き留めるように、アキラが口を開いた。


「お話?」と言って、少し釣り目の瞳をパチクリさせた鈴乃が、少し可愛らしく見えた。

「鈴乃のいた病院のこと」

 

 本来ならタブーであると思うところだったが、熱のせいか、自然と口が滑ったことに、アキラは気づけなかった。

 鈴乃は少し考え手で口元を隠すが、結局、観念したのか、アキラの隣に腰を下ろし手を握った。

 アキラは少し驚いたが、鈴乃はアキラの顔を見ずに静かに語り始める。


「兄貴と出会ったのは、病院のドアのガラス越しだった」


 そこは、小児科専門の巨大な病院だった。

 十畳ほどの白い小部屋、窓から見える田園、部屋を出ると隣に別の個室が二つ。メインの廊下に出ると、八人から十人ほどが収容できる大部屋が三つ。そのまま道なりに通ると食堂とナースステーションが向かい合わせにあり、病棟から出るためのガラス扉は、常に施錠され、外に出ることは叶わなかった。

 脱走防止と言えば聞こえは悪いが、あくまでも保護目的のものであり仕方がないことだった。だが、新生児から中学生ほどの子供がいる狭い病棟内で、満足できる年頃の病人など居るはずがない。少なくとも、循環器の病棟の子供達は意外と元気な病人が多く、病棟内を走り回って看護師達を困らせていた。


 病棟はその科によって隔離されており、鈴乃が知るのはその中の一つに過ぎない。循環器の病棟は一般的な体育館の半分ほどだろうか、今思えば、幼児が無理なく走り回るには適した広さかもしれない。


 自分の病室は一人用の個室だった。三つしかない個室を使うと言うのは比較的年長で年頃の患者か、あるいは重度の患者だ。鈴乃は後者だった。周りの親戚から、又は近くの大人達からは哀れみや同情心で見られていたが、鈴乃にとっては生まれた時からのことであり、別段特別なことではなかった。

 少なくとも、そこにいた子供達の殆どがそう思っている。


 優しい姉のような看護師や父や兄のような医師、同じ境遇の友人達。病気の症状の差があったが特に不満は無かった。

 周りの人間達が彼らを知らなさ過ぎるのだ。むしろ哀れみの言葉は、逆に屈辱的であり、理解できないことだ。少なくとも自分達は不幸せでなかった。

 兄が居るとは昔から聞いていた。入退院を繰り返しいて忘れがちだったが、何度か会っている気はしていた。


 四歳くらいだろうか、病棟のガラス扉の向こうで、ひたすら扉を叩いて蹴って大声を上げている子供がいた。それが鈴乃の兄、鈴原忍だと初めて認識した姿だった。

 内側から扉を叩く子供はいくらでも見てきた。ある子供は親恋しさから外へ出ようと、何度も届かない鍵に手を伸ばし、ある子供は帰宅する親の後ろ姿を眺め、扉の前で泣きじゃくった。だが、外側から扉を叩く子供など初めてだ。母に連れられ、ガラス越しに殆ど初対面と言っても良い兄と再会した。

 母は鈴乃の手を握り、扉越しの忍を「迷惑になるから」と言って叱りつけていた。

 忍はふて腐れたように病棟前の廊下に座り込み、そのまま伏せてしまった。兄とは言葉を交わさなかった。彼は何かを言おうとしていたが、すぐに母に連れられ鈴乃は病室へ戻されてしまった。だが、背中へ注がれる視線が、酷く冷たかったことだけは覚えている。

 それでも、鈴乃は兄がいるという事実を確かめられたことが、少しだけ嬉しかった。そして扉の外の兄を羨望し、少しだけ嫉妬し、そして憎んだ。


「それが、兄貴との一番古い思い出かな」


 気恥ずかしく頬を掻いた鈴乃が苦笑した。


「なるほど、昔からふて腐れ癖はあった訳か」

「兄貴からすれば何時間も待たされてた鬱憤もあったんじゃないかな。暇だっただろうし、でも、私も兄貴も、お母さんには逆らえなかった。それだけは、何故かできなかった」


 一瞬、震えるように口を止めながらも鈴乃は続けた。


「でも、私はお母さんや周りの人たちが言っているような、かわいそうな子供じゃなかった。兄貴は、そのことを知っていたんだと思う……もっとも私が考えていることとは違う意味かもしれないけど」

「アイツ、変なところで察しが良いからね。獣道歩いていたら、目的地が普通の道を通っても同じだった。みたいなもんか」


 アキラの言葉に、鈴乃が感心したように「なるほど」っと声を漏らした。

 それからは忍に対する愚痴や、忍を肴にたわいもない談笑を続けるだけだった。母のことを口にしかけた鈴乃の表情に違和感を覚えたが、アキラはその表情の意味を知っていた。

 鈴乃が見せた蒼白の表情と途切れた言葉は、かつての自分が持っていたものにとても良く似ていた。だが、それを問うたところで何が変わる訳ではない。

 いつの間にか、火照った体に微かな疲れと睡魔の気配を感じ、アキラは鈴乃との会話の中で、いつの間にか眠りについていた。


(アイツ・・・どこにいるのかな・・・・・・)

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