『理解』
「君はさあ、いじめについて、どう思ってるの?」
三島は不意にそんなことを訊いてきた。
彼は塾の友達だった。何故か席がよく隣同士になるので自然に仲良くなり、塾以外でもよく遊ぶようになった。
三島とは息が合っているというか、相性が良いというか、とにかく一緒にいるだけで楽しい、と思えるような関係だった。
そんな三島がある日、こんなことを言ってきた。
「僕ね、今、いじめにあってるんだ」
俺はただただびっくりすることしか出来なかった。「そう、か……頑張れよ」とだけ言うのがやっとだった。
俺の学校ではいじめが無い。少なくとも目に見える物は。だから、今までいじめなんて遠い存在の物だと思っていた。それがこんなに身近なところで起こっているなんて、信じられなかった。
確かに、三島の口数は、心無しか減っているように感じていた。
それから2か月経ち、今に至る。
「ねえ、聞いてる? どう思う? いじめって」
三島は俺の顔を覗き込んできた。
「どう……って、まあ、いけねえことだと思ってる」
答えた俺の声からは力が抜けていた。正直、俺はいじめが分からない。断固としたイメージも持っていない。だから、「そりゃそうだ」と自分でツッコみたくなるような答えしか言えなかった。
三島はそんな俺を見て、「そっか」と言い、悲しそうに笑った。
「やっぱり、そんなもんだよね」
三島は遠い目をした。
「僕もね、いじめられる前は、そうとしか思ってなかった。でも、いじめられて初めて分かったんだ。いじめられる人の気持ち。今までは正直、いじめられて自殺、なんてニュースを見ながら『心が弱いんだな』とか『意気地なし』とかぼんやり思うだけだった。でもいじめられてる今、そういう人の気持ちがよく分かるよ」
三島はこちらに向き直り、いつに無く真剣な顔で言った。
「いじめってのはね、経験した人じゃ無きゃ分からない。凄く辛いんだよ。それこそ、死んだ方がマシだ! って思うくらい。想像するより、もっともっと辛いの。だから、今後いじめられている人を見かけたら、救ってあげて。その人の味方でいてあげて」
それじゃあ、とまた微笑みながら、三島は去っていった。俺はその場で暫く放心していた。ふと現実に戻り、「三島ああああ!!!」と大声で呼んでみたが、彼はもうそこにはいなかった。
それから、俺はもう三島に会うことは無かった。
08.08.26 Tue