『嫉妬』
「咲ちゃんね、学校でいじめられてるんだって」
母が受話器を置いて私に言った。
「友達が物隠すんだって。『あれ? 無いじゃん』とか言って一緒に探して、暫くして『こんなところにあったよー』とか言うんだけど、明らかに隠されたのがバレバレなんだって……」
「ふうん」
私は素っ気無く答えた。母はいかにも、という感じの哀れむ表情と口調だったが、私は興味無さ気な顔をして、これまで通り、バレエに行く準備をしていた。
私はバレエを習っている。というか、習わされている。好き好んでやっているわけでは無く、数年前から「やめたい」を連呼してはいる。しかし、母はやめさせてはくれなかった。だから今、こうやって準備をしているだけでもストレスが少しずつ蓄積されている。
咲はバレエ友達だ。父親は医者で、お金持ち。そして母親が世話好きなお蔭で、私は毎回送り迎えをしてもらっていた。ベンツで。
咲は私とは違い、性格もスタイルも顔も頭も運動神経も良くて、皆に好かれる存在だった。
私はそんな彼女の性格を思い出しながら、「確かにいじめやすそうかも……」とぼんやりと思った。
「それで、今日はバレエを休むみたいよ。家で、自分の部屋に閉じこもっちゃってるんだって」
「ふうん」
また、素っ気無く答える。
さっきから私は無関心を装ってはいたが、何も考えていないわけでは無かった。むしろ、母よりは色々と考えていたんじゃないかと思う。特に、バレエを休む、という知らせを聞いた時、私は凄まじい怒りを感じていた。
私も今、学校でいじめられている。
咲のように「友達に」とかでは無く、割と嫌われ者の男子2人と、サッカー部にいるような割とモテる男子グループにだ。
それに、されていることもほんの些細なこと。奴らは私を菌扱いしているだけだ。近くに行けば避けられ、私には絶対に触れない。勿論、私の物にも。
それだけのことだが、私は多大なストレスを感じていた。
"こっち来んじゃねえよ、汚えんだよ"
"机触んじゃねえよ"
"きめえんだよ、死ね"
こんな言葉が、毎日のように私に突き刺さった。
原因は確かに私にあった。避けられても仕方の無いようなことをしていた。でも、だからこそ辛かった。全部自分のせいだと思うから、余計に。
その他、教師も大嫌いで、苦手な体育の授業は地獄以外の何物でも無かった。バレエもストレスの原因になっていた。
そんな日々が、3年以上続いている。
私は、毎日ギリギリのところで過ごしていたのだ。もう少しで、発狂してしまいそうだった。それでも学校以外では明るくふるまっている自分が馬鹿馬鹿しかった。
「君ストレスなんてあんのー?」と笑いながら言われ、「どーだろー」と笑いながら自傷の痕を隠す。私は、そんな奴だ。
それなのに。私は、必死で耐えているのに。
咲は部屋にこもってバレエを休むって?
ふざけんじゃねえよ。
私程にバレエからストレスを受けているわけでも無いのに。バレエ、好きだって言ってなかった?
運動も出来て、体育好きだって言ってたよね?
私が、どれだけのことに耐えてると思っているんだ!
私は、人から心配されるのが嫌いだった。学校以外では、馬鹿でお気楽で健康だけが取り柄のキャラだから。いじめのことを他人に言ったことは無い。母にはバレたが、「もう何もされていない」と言ったらそれきりになった。
だから、ずっと1人で抱え込んできた。
でも、咲は簡単に母親に相談出来て。私にまで相談出来て。皆に心配されて。
咲はそういうキャラだ。昔から。
そんな咲が、羨ましかった。
08.08.25 Mon