表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/5

彼氏と彼女の微妙なバランス



 あれから何分経ったろう。


 時計を見ると十二時近くを指していた。

 三十分経ってる……俺が宮川さんに告白してから、三十分。その間の来客はなし、宮川さんからの返事もなし。

 おかしくないか?

 無言でくじを数えてる俺も俺だけど、どうして宮川さんも無言で……あ、そうか、そうだ。

 俺、ふられた。

 そりゃそうだ、冷静に考えてみろ。好きでもタイプでもない男から急に告白されて、しかもバイト中に。

 気まずくて言葉が出ない、そりゃそうだろ。

 馬鹿だ、俺。何してんだよ、ほんと。


榎本:すみません、先あがります。


 整えたカードをレジの横に戻し、踵を返した。

 ワンテンポ遅れて宮川さんが顔を上げたが、構わず、俺はスタッフルームへ足を速める。振り返る余裕はなかった。乱暴にドアを閉め、椅子に腰を落とす。

 大きなため息を吐いた後、手のひらで顔を覆って天井を見上げた。


榎本:最悪だ。


 勢いで告白してしまった、宮川さんにも迷惑かけた。今さら罪悪感が込み上げて、「ぐぅぅ」と妙な声を出して項垂れる。

 次のシフトの人が来て心配されたが、「大丈夫」とだけ返して再び頭を抱えた。

 扉の向こうから「榎本どうしたの」と尋ねる声と、それに答える宮川さんの声が聞こえてくる。

 そういえば以前、「宮川さん可愛い」と連呼している先輩に「具体的にどうなのか。告白はしないのか」と聞いたことがある。

 返ってきた答えは、「恋愛対象は無理。生真面目な性格や、意外と優柔不断なとこが面倒くさい」というものだった。


 蓼食う虫も好きずきというけれど、俺はとことん物好きらしい。


 それでも恋が実るのなら、俺だけが彼女を愛してあげることが出来るのならそれでいい、そう思っていたのに。

 もう何度目かのため息、最後の一つを飲み込んで立ちあがろうと決めた。





 ちょうど腰を上げた時、スタッフルームの扉が開いた。


柚音:お疲れ。


 入ってきたのは宮川さんだった。しまった、あと三秒早く立ち上がるべきだった。

 軽く頭を下げながら、椅子に座り直す。

 告白の返事かな? 律儀だな、迷惑をかけたのは俺なのに。

 こういう優しいところも、やっぱり好きだ。


柚音:さっきはごめん……うん、ごめんなさい。


 直球だな……うん、わかってる。

 覚悟を決めて拳を握ったが、指先が微かに震えていた。

 宮川さんが話を続ける。


柚音:榎本も感じてるだろうけど、私たちの間ってズレがあると思うのよね。


 ほら、やっぱり。あんたとは付き合えないって……言ってないな、そんなこと!

 ズレ? なんの話だ?


柚音:榎本はさ、私がイケメンしか愛せないと思ってるでしょ?

榎本:え? あぁ、はい……


 いや、実際そうだろ。

 宮川さん、俺みたいな男は恋愛対象外じゃないか。


柚音:で、私は自分が榎本のタイプとは真逆の人間だと思ってた。私達お互い、勘違いしてるから。そのズレっていうか溝? を、一緒に整えていけたらなって。あ、その前に、言わないといけないことがあるよね。


 宮川さんの目線が俺に向いたが、目が合ったとわかると慌てて顔を背けた。


柚音:私も、あんたが好き。

榎本:…………


 あれっ? 今なんて言った?

 好き? って、ライクとかラブとか、えっと……


榎本:えっ? ……えっ?

柚音:あっ、返事はいつでもいい……じゃなくて、さっきの返事だから、これ。私も榎本が好き、って。榎本が私を好きっていう……


 好きだけど、好きですけど!

 嘘だろ、なんだこれ夢? ……んなわけない、夢にしてたまるか!

 前を見ろ、目の前の彼女とちゃんと向き合え!


榎本:あぁ、たしかに……ズレてますね。


 彼女の言う通り、俺と宮川さんとの間には微妙なズレがある。バランスがとれていないというか、なんというか。

 ふっと小さく息を吐いた。

 耳まで真っ赤にして慌てる彼女が愛らしい。顔は全然タイプじゃないけど、トータルで好き、世界一可愛い。

 やっと振り向いてくれた、やっと俺を見てくれた。

 やっと手に入れた。俺の彼女って、これからは胸を張って言える。


榎本:とりあえず、昼飯でも食べに行きませんか?


 今だから言えるけど、彼女には一生言わないけれど。

 昼ご飯を食べに行こうと誘われた日の翌日から、火曜と木曜だけは実家でのご飯を断っていた。

 いつ誘われても大丈夫なように。

 彼女の期待に、応えれるように。



 俺はさ、ずっと前から好きだったよ。

 あんたはどう、宮川さん?


 話をして、少しずつ一緒に整えていこう。




 二人の間にある、彼氏と彼女の微妙なバランスを。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ