彼氏と彼女の微妙なバランス
*
あれから何分経ったろう。
時計を見ると十二時近くを指していた。
三十分経ってる……俺が宮川さんに告白してから、三十分。その間の来客はなし、宮川さんからの返事もなし。
おかしくないか?
無言でくじを数えてる俺も俺だけど、どうして宮川さんも無言で……あ、そうか、そうだ。
俺、ふられた。
そりゃそうだ、冷静に考えてみろ。好きでもタイプでもない男から急に告白されて、しかもバイト中に。
気まずくて言葉が出ない、そりゃそうだろ。
馬鹿だ、俺。何してんだよ、ほんと。
榎本:すみません、先あがります。
整えたカードをレジの横に戻し、踵を返した。
ワンテンポ遅れて宮川さんが顔を上げたが、構わず、俺はスタッフルームへ足を速める。振り返る余裕はなかった。乱暴にドアを閉め、椅子に腰を落とす。
大きなため息を吐いた後、手のひらで顔を覆って天井を見上げた。
榎本:最悪だ。
勢いで告白してしまった、宮川さんにも迷惑かけた。今さら罪悪感が込み上げて、「ぐぅぅ」と妙な声を出して項垂れる。
次のシフトの人が来て心配されたが、「大丈夫」とだけ返して再び頭を抱えた。
扉の向こうから「榎本どうしたの」と尋ねる声と、それに答える宮川さんの声が聞こえてくる。
そういえば以前、「宮川さん可愛い」と連呼している先輩に「具体的にどうなのか。告白はしないのか」と聞いたことがある。
返ってきた答えは、「恋愛対象は無理。生真面目な性格や、意外と優柔不断なとこが面倒くさい」というものだった。
蓼食う虫も好きずきというけれど、俺はとことん物好きらしい。
それでも恋が実るのなら、俺だけが彼女を愛してあげることが出来るのならそれでいい、そう思っていたのに。
もう何度目かのため息、最後の一つを飲み込んで立ちあがろうと決めた。
*
ちょうど腰を上げた時、スタッフルームの扉が開いた。
柚音:お疲れ。
入ってきたのは宮川さんだった。しまった、あと三秒早く立ち上がるべきだった。
軽く頭を下げながら、椅子に座り直す。
告白の返事かな? 律儀だな、迷惑をかけたのは俺なのに。
こういう優しいところも、やっぱり好きだ。
柚音:さっきはごめん……うん、ごめんなさい。
直球だな……うん、わかってる。
覚悟を決めて拳を握ったが、指先が微かに震えていた。
宮川さんが話を続ける。
柚音:榎本も感じてるだろうけど、私たちの間ってズレがあると思うのよね。
ほら、やっぱり。あんたとは付き合えないって……言ってないな、そんなこと!
ズレ? なんの話だ?
柚音:榎本はさ、私がイケメンしか愛せないと思ってるでしょ?
榎本:え? あぁ、はい……
いや、実際そうだろ。
宮川さん、俺みたいな男は恋愛対象外じゃないか。
柚音:で、私は自分が榎本のタイプとは真逆の人間だと思ってた。私達お互い、勘違いしてるから。そのズレっていうか溝? を、一緒に整えていけたらなって。あ、その前に、言わないといけないことがあるよね。
宮川さんの目線が俺に向いたが、目が合ったとわかると慌てて顔を背けた。
柚音:私も、あんたが好き。
榎本:…………
あれっ? 今なんて言った?
好き? って、ライクとかラブとか、えっと……
榎本:えっ? ……えっ?
柚音:あっ、返事はいつでもいい……じゃなくて、さっきの返事だから、これ。私も榎本が好き、って。榎本が私を好きっていう……
好きだけど、好きですけど!
嘘だろ、なんだこれ夢? ……んなわけない、夢にしてたまるか!
前を見ろ、目の前の彼女とちゃんと向き合え!
榎本:あぁ、たしかに……ズレてますね。
彼女の言う通り、俺と宮川さんとの間には微妙なズレがある。バランスがとれていないというか、なんというか。
ふっと小さく息を吐いた。
耳まで真っ赤にして慌てる彼女が愛らしい。顔は全然タイプじゃないけど、トータルで好き、世界一可愛い。
やっと振り向いてくれた、やっと俺を見てくれた。
やっと手に入れた。俺の彼女って、これからは胸を張って言える。
榎本:とりあえず、昼飯でも食べに行きませんか?
今だから言えるけど、彼女には一生言わないけれど。
昼ご飯を食べに行こうと誘われた日の翌日から、火曜と木曜だけは実家でのご飯を断っていた。
いつ誘われても大丈夫なように。
彼女の期待に、応えれるように。
俺はさ、ずっと前から好きだったよ。
あんたはどう、宮川さん?
話をして、少しずつ一緒に整えていこう。
二人の間にある、彼氏と彼女の微妙なバランスを。
*
終