★彼の物語
*
休憩時間なんていらない、宮川さんと話していたい。
そんな思いで休憩を五分早く切り上げ、スタッフルームを出た。
宮川さんは今ごろ、いつもみたいに一人で掃除でもしているだろうか。
誰もいないからサボればいいのに。
そういう生真面目なところが、ものすごく好きだ。
楠:俺結構ここ来てんのに気付かなかった。いつ入ってる?
店内に戻って聞こえたのは、低い男の声。目に映ったのは、俺の知らない男と話している宮川さんの姿だった。
男の横顔がとびきりという言葉で表現できる程のイケメンで、身長は宮川さんより随分と高い。
柚音:火曜と水曜の午前中。
そこまでならまだいい……いや、よくはないが。
まだ許容範囲内として、俺の胸の痞えは、そいつを見つめる宮川さんの顔だった。
ドストライクです、イケメン大好き! って顔、俺には見せてくれない嬉しそうな表情。
悔しい……悔しい、悔しい。
手のひらに痛みを感じ、見ると爪で傷ついた皮膚が血で滲んでいた。
柚音:あれ、榎本? 休憩終わったの?
はっと我に返ると、宮川さんの視線が俺に向いていた。
ついでに楠とかいうあの男も。
楠:バイトの子?
これは俺に言ったのだろうか。
無碍にするわけにいかないので、軽く頭を下げておく。
榎本:榎本俊一、す。
やべ、すげー無愛想になった。
だけど楠は、俺の態度を気にすることなく話を続ける。
楠:宮川とは専攻が同じでさ、気が合うんだ。
なんだこれ、仲良しアピール? いらないんだけど、そういうの。うるせーな……
苛立ちを抑え、適当に相槌をうってやり過ごす。横目で宮川さんを見ると、落ち着かない様子で下を向いていた。
さっきまで俺と話してたのに。
名前を呼んで、こいつとは違う種類だけど笑顔だって見せてくれていたのに。
なんとか言ってくださいよ、こっち見てくださいよ……俺を見てよ。
つーかこいつうるっせーな、楠だっけ? 宮川さんとはどういう関係なんだよ? 俺はバイトの先輩後輩の仲で……それだけ、それだけの関係だ。
考えれば考えるほど、気持ちが落ち込む。
ベルが鳴って別の客がやってきた時には、それに反応できないほど俺の思考は鈍くなっていた。
*
榎本:イケメンって、あんなのですか?
楠も客も出て行って、二人きりになったところで毒を吐く。
イエスという彼女の返事がつらくて、気を紛らわせようとキャラクターくじの残数確認を始める。
ダメだ、頭に血が上っている。一人になりたいが、さっき休憩に行ったばかりでそれも叶わない。
ため息を吐いたとき、宮川さんが俺の神経を逆なでした。
柚音:榎本、ヤキモチやいてる?
なに言ってんだ、この人は!
ここで「はい、そうですよ」と言えればどれだけ楽だろう。今まで抱えていた気持ち、もどかしい恋心をぶつけることが……できるわけないけど。
柚音:イケメンがこの世に生存する確率知ってる? 日本の人口が一億……五億人? だから割合的には九割五部、百人もいないんだよ、この国のイケメンは! その貴重な一人を眺めるのは仕方ないことで。ほら、脳メーカーだっけ、思考のパーセンテージを知るアプリあるじゃん? あれに照らし合わせると榎本のイケメン具合は……
いや、ちょっと……なに言ってるかわからない。
日本の人口が一億五億? どんな単位だよ、つーか知らねーのかよ。一億二千ちょっとだよ。
九割五部? ほぼ百パーじゃねーか、その計算だと日本人のほとんどがイケメンだよ!
まだ喋ってる、「それ以上他の男の話するな、黙らないとその口塞ぎますよ」とかかっこいいこと言ってもきっと、宮川さんは靡かない……いやいや、何きもいこと考えてんだ、俺! じゃなくて。
つーか、宮川さんの理論だと女性もイケメンの数に含まることにならないか? イケメンの定義ってなんだっけ?
かっこいい人?
それなら俺も、内面は男らしいと思いますよ、ちょっとは。頑張りましたよ、イケメンって言ってくれませんか?
俺のことも少しは、見てくださいよ。
好きだ、好きです。
好きなんです。
榎本:そっすね、好きです。
……え、あれ? 声に出た?
やっべ、誤魔化さないと。
榎本:ヤキモチ焼いてますよ。俺、あんたのこと好きだから。
? △○♪□?!
柚音:△○♪□?!
心の声がおかしな言葉を叫んだけど、宮川さんも同じような声を発していた。
恥ずかしそうに俯く彼女の耳が真っ赤に染まっていて、それが可愛くてふっと声が漏れてしまった。
可愛い、すげー可愛いよ宮川さん。
実家のすぐ近く、今ではシャッター街になっているが商店街というものが存在する、そこそこ田舎のコンビニ。
そこが俺のアルバイト先、宮川さんを好きになった場所。
外見だけじゃない、人の内側に恋することを教えてくれた人。
この想いは本物だって、自信を持って言える。
告白したことを後悔なんてしない、清々しい気分だ。
燦々と降り注ぐ太陽の光り、求愛する蝉の声。
この恋の結末がどうなっても構わない。
宮川さんと繋いだこの物語を、今この瞬間を、俺は一生忘れない。
そう思って微笑み、待とうと決めて再びキャラクターくじを数え始めた。