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3/5

★彼の事情


視点変更

榎本の一人称になります。



 どうやら俺は物好きらしい。


 俺が可愛いと思う女の子は一般的には不細工という部類に入る。


 いわゆるB専だ。


 納得はしていない。

 どう考えても世の中で不細工と笑われている女性が俺には可愛く見えるのだ。

 中高一貫の男子校に通っており、自分の嗜好が変わっていることに気が付いたのは大学生になってから。テレビといえばお笑い番組、友達との会話といえば部活か昨日見たコントの話。

 可愛いといわれる女性をまともに見てこなかったことが原因かもしれない。


 友達は俺の嗜好を否定した。


友人:もっと見る目を養え。

友人:本物の可愛い子を紹介してやろう。


 どれも余計なお世話だった。

 揶揄されるとこっちだって躍起になり、我を張って不細工といわれる女性ばかりを見ていた。

 心理学でいう単純接触効果だ。

 その状態が続くと愛着が湧いて思い入れが混じった恋愛感情が生まれる。そうして俺は、不細工といわれる女性しか可愛いと思えない特殊な嗜好の持ち主になってしまった。

 もういい。世の中、不細工と呼ばれる女性はたくさんいる。そのうちの誰かと恋に落ちることが出来ればいい。


 俺は絶対、自分が可愛いと思う女性としか結婚しない。

 そう強く誓っていた。


 だから彼女に対するこの想いはきっと、本物なんだ。






 それはある日、突然のことだった。成り行きで好きな芸能人の話になり、俺の嗜好がばれた。


柚音:あははっ、なに言ってるの榎本くん。


 彼女は笑いながらそう言った。当時、自分の特殊さを認めきれていなかった俺は呆然と佇んでいた。



 ここ、俺が最初に彼女を好きになった瞬間。



 俺の言葉を冗談だと思って笑っていた宮川さんだが、すぐに微妙な空気に気がついた。

 話の腰を折らないように、俺の言葉に優しい台詞を加えて微笑む。


柚音:いいなぁ、榎本くんに愛される人は。可愛い子が好きって言葉の裏には下心があるから。友達に自慢できるとか周りに羨ましがられるとか。お前と一緒に街歩くの好きだなんて、そんなの自尊心を大切にしたいだけよ。だから、周りを気にせず誰かを好きになれる榎本くんの愛は本物なんだろうね。うん、いいね。私は好きだなぁ、すごくかっこいいよ!


 とても良い言葉だが、本心でそんなことを思う人間なんていないだろう。いたとしたら本気でその人を尊敬する。

 少なくとも、宮川さんのそれはきっと本心じゃなかった。

 八方美人な彼女は俺の気分を害さないように、その台詞を口にしたのだ。見事、俺はまんまと魅了され、彼女を他の女性とは違う目で見るようになった。

 彼女が適当なことを言ったという証拠に、次会った時、宮川さんは俺の特殊な嗜好を覚えていなかった。

 その次、そのまた次も、同じ会話をして知り合って三カ月経った頃、ようやく彼女が俺を理解してくれた。


 だけどね、宮川さん。

 あんたが俺の好きなタイプを完全に理解したころ、


 俺にはもう、他に好きな人がいたんだ。




 あんただよ。






 四月になって、事前に宮川さんの授業情報を手に入れていた俺は彼女に合わせて自分の講義を選んだ。

 この時間しか出れないですと店長に嘘をつき、留年ギリギリの単位と睨みあう。


柚音:榎本も火曜と木曜の朝? また同じだね!


 だけど嬉しそうに笑う彼女を見て、くだらない悩みが全部吹っ飛んだ。

 単位なんて上学年になって取り返せばいい、もしくは人一倍勉強して何とかすればいい。

 努力は厭わない。

 少しでも彼女の傍に居ることが出来るのなら。

 生真面目な性格、何事も手を抜かない懸命さ、俺の話に大笑いしくれる単純さ。

 全てが愛おしくて、どうしようもなく彼女に惚れていると思った。



 好きだ。好きです。



 自覚すると堪らなかった。

 かなりの重症だと思う、自分でも。

 だけど、この恋が叶うことはない。

 彼女の嗜好とは真逆、可愛い顔つきに低身長、小柄な体型。それでもなんとかしたくて、少しでも彼女に気に入られたくて、顔の手入れや髪のセット、服のセンスなど、外見のチェックは怠らなかった。

 内面だって磨いた、男らしさの研究なんて馬鹿みたいなことも、やった。

 絶対に振り向かせてやる、絶対に手に入れたい、そう思って。それを願って。

 最大限、努力して来た。



 だけど今、どうだろうこの状況。



 キャラクターくじのカードに指が擦れて、ちょっと痛くなってきた。

 無意味な行動だとはわかってるけど、沈黙に耐えられなくてくじの残数確認を始めた。と言っても、頭の中は真っ白で計算しているわけではない。

 何か行動していたい、頭を空っぽにしていたいだけ。


 思えば十数分前、全てはあの男が現れてからだった。


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