☆彼女の場合
*
柚音:ねぇ、榎本。この雑誌に乗ってる現役女子高生☆奇跡の超美少女モデルと、肉まんより私が美味しそうでしょ$史上最重の超重量女性芸人、どっちがかわいいと思う?
私の質問に振り返った榎本の目線が、肉まんで止まる。
ふっくらと丸い肉まんと同じような体型、ふっくら美味しそうな女性芸人。
榎本:肉まんの子のほうが可愛いに決まってるじゃないですか。
それが当たり前、という風に榎本は笑った。
榎本:この微妙な美ボディライン。普通の女性には出来ないっすよ、このポーズこのシルエット! つーかこの体型すら普通の人には真似できないですよね、マジ感動激感激、尊敬するつか感動する。全人類を支配する全知全能の万能神が生み出した千載一遇の美少女美魔女マジックっすよね。可愛いー、まじで。
なんかもう、わけがわけがわからない。
柚音:「他の女の話なんてしないで! 静かにしてくれないと、腰に抱きついてぎゅーってするからね!」
なんて可愛い台詞を私が言っても、榎本は動揺すらしないだろう。
この私が、世紀末の美少女、将来は有望な美魔女と田舎の集落で爺様婆様に言われ続けてきた私が、そんな愛らしい台詞を言っても!
榎本は振り向かない。
かなりの重症、彼の拗らせ恋愛観は海底よりも深い……海底より下ってなんだろう?
そんなことどうでもよくて、今は榎本の話!
最初は場を盛り上げるための冗談かと思っていた。
『なに言ってるの榎本くんあはは』と肩を叩いた私に対し、榎本はポカンとしていた。
彼の嗜好を理解していくにつれ、彼の印象はかわいい男の子から変なやつに代わった。
それが好きな男性になった瞬間は、よく覚えていない。
とにかく榎本は普通と少し違っていて、私が恋をするには最悪の相手だった。
榎本:宮川さん、性格はいいっすよね。
初期の頃に言われた言葉。
一瞬聞き流してしまい、ワンテンポ遅れて私は彼に向って首を傾げる。
柚音:あ、ははっ。なに言ってるの、榎本くん。
榎本:あ、いや。顔が不細工ってわけじゃないですよ。大丈夫です。みじんこ程度には女性らしいと思いますよ。ただなんて言うか、性格はいいのにもったいないと思って。内面美人ってめったにいないから。そうだ、もう少し太ったらどうですか? あと三十キロくらい。そしたらめちゃくちゃかわいいと思う。
彼の言葉が全く理解できなかった。
なに言ってるの、この子。
三十キロ? ……三十キロ? 七十越えますけど?
太り過ぎってか、どーんと肥満ですけど?
柚音:えーっと、さすがに三十キロは……
榎本:あ、四十キロでもいいですよ。そしたら百キロくらいですかね?
柚音:…………
こいつ、女性の平均体重わかってんのかな?
そんな会話を何度か交わしたら嫌でもわかるだろう、私は榎本のタイプじゃない。
全くの論外。
可愛い顔に生まれた自分をうら……むことはない。
怨むべきは榎本の嗜好。
なんでそんな……
いや、結局のところそれも違う。
世の中星の数ほど人がいるんだから、無限の嗜好があるのは当たり前、だからみんな丁度よく結婚出来るのだ。
恨まなきゃいけないのは、榎本を好きになった自分。
この恋心。
重症なのは私のほう。
そして次に怨むべきは、榎本と私がいつも一緒のシフトだということ。
火曜と木曜の午前中、お互いその時間は大学の講義が入っていない。
私は三年だから暇だとして、榎本はなぜこの時間なのだろう。
一緒のシフトがいい、とか思ってくれてたら嬉しいな。
いやいや、絶対にない。
だってあの榎本だよ、不細工芸人を絶世の美女と思ってる榎本だよ?
一緒のシフトがいいからって店長に嘘までつくのなんてきっと、私だけ。
*
私と入れ違いで榎本が休憩に入った。暇すぎるので掃除をして時間を潰す。
暇だっていっても、お金貰ってるんだから給料分は働かなきゃ!
雑誌を引っ張りだして並び替えていると、ベルが鳴って客が入ってきた。
楠:宮川?
店に入ってきたのは、私が通う大学一のイケメンとして有名な楠克哉。芸能界でも十分通用する容姿と、百八十近くある長身が映えるモデルスタイル。
面食い女の私が放っておくはずがない。
無意識に顔が綻び、楠のもとへ駆け寄る。
柚音:楠じゃん、どうしたの?
楠:暇だから立ち読みでもしようかと思って。俺の家、すぐそこだから。宮川はバイト?
柚音:見てわかるでしょ、お仕事中です。
楠:いつから?
柚音:そろそろ半年経つくらい?
楠:マジかよ。俺結構ここ来てんのに気付かなかった。いつ入ってる?
柚音:火曜と水曜の午前中。
楠:午前中授業ない日じゃん、俺寝てるって。
柚音:起きてランニングでもしたら?
楠:うっわ、すげー健康的。無理だわー。
とまぁ、これくらいの軽口は叩ける仲。
自嘲して笑う楠だが、身体は程よい筋肉がついて逞しい。それにこの整った綺麗な顔。ドストライク、めちゃくちゃ好みのタイプです。
榎本が休憩中でよかった。
イケメンを前にすると、ついつい顔が緩んでしまう。そんな情けない姿を見られたくない。
こいつマジで面食いなんだなって呆れられるのも嫌だし、なにより勘違いして欲しくない。
私が好きなのは榎本だから。
誤解されてあんな顔されるのは嫌なんだよね。
冷たい目をして呆れ顔で私を見つめる。ちょうど今、そこに立ってる榎本がしているような、冷たい目の……え?
柚音:あれ、榎本? 休憩終わったの?
榎本が、スタッフルームの入口で私たちを見ていた。
気付かなかった、いつから居たんだろう。
楠:バイトの子?
話しかけたのは楠だった。
榎本はちらっと私を見て、楠に向かって頭を下げる。
榎本:榎本俊一、す。
楠:俺、楠克哉。宮川とは専攻が同じでさ、結構気が合うんだ。な、宮川。
柚音:え、あ、うん。そうだね。
初対面の相手にも気さくに接する楠の陽気な性格が、今は恨めしい。
私のドジさとか意外と勉強出来るとかを語る楠に、榎本は怒りを押し殺した時の愛想笑いを浮かべていた。
あれ? 榎本って人見知りだったっけ?
不機嫌が顔に出てる……
居た堪れないと俯いたとき、来客を知らせるチャイムが鳴った。
柚音:いらっしゃいませ!
今度の客は全く知らない他人だった。ここぞとばかりにレジカウンターの中に入り、店員の役割を果たす。
楠は片手をあげ、また学校でという挨拶を口にして店を出ていった。
早く行け! という心の声は胸に収め、笑顔で楠を見送った。
*
入って来た客は缶コーヒーを買い、二分もしないうちに店を出た。
ドアが閉まると同時に、雑誌棚の整理をしていた榎本がレジカウンターに戻ってくる。逃げるのも変だと思い、榎本と目を合わせないようにして奥に詰める。
少しのあいだ榎本の視線を感じ、小さなため息が聞こえたかと思うと榎本はキャラクターくじの枚数を数え始めた。
先週始まったばかりで、ラストワン賞にはまだ程遠い。
榎本:イケメンってあんなのですか?
振り返ると、榎本は視線を落としたままだった。
きゅっと、上着の裾を握りしめる。
柚音:楠は、イケメンの部類に入ると思う。
私の答えに榎本は何も言わなかったし、反応も示さなかった。
怒ってる?
話を……何か言わないと!
柚音:もしかして榎本、ヤキモチ焼いてる? 私があまりにもイケメンイケメンうるさいから怒ったんでしょ? もぉー、可愛いなぁ榎本は。
場を和ますつもりが、微妙な空気を作り出してしまった。一瞬止まった榎本の手が、再び残数確認を始める。
怒ってますよ、と態度が言っている。
弁明を……何か言わないと!
柚音:だってさ、あんなイケメンなかなかいないよ? イケメンがこの世に生存する確率知ってる? 日本の人口が一億……
さらにやばいこと言ってる気がするけど、声が止まらない。だけど話の途中で、榎本の手がピタッと泊まった。
無表情……いや、怒ってる? もしかして嫌われた?
あー、もうバカバカばか! 私の馬鹿! ……どうしてこんなことになったんだろう。
嫌われたくない、好きになって欲しかっただけなのに。たった一人の、大好きな人に可愛いって言ってもらいたいだけなのに。
榎本が好き、全然タイプじゃないけどトータルで見て世界一かっこいいのは榎本だよ。
好き、って、ちゃんと言えばよかった。
榎本:そうっすね、好きです。
柚音:え?
榎本:ヤキモチ焼いてますよ。俺、あんたのこと好きだから。
柚音:え……うぁぅ?△○♪□?!
不思議な声を発してしまい、慌てて視線を落とす。
榎本が振り向いた、私を見てるのがわかる。
ふっと小さな吐息を出したあと、榎本は再びくじの枚数を数え始めた。
かっこいい……好きだよ、榎本。
私も好き。
ちらっと彼を窺う。榎本は何もなかったかのように、無表情で指を動かしていた。
なにこれ、告白……だよね? 榎本が私に?
不細工にしか興味がないあの榎本が、私を?
夢じゃないよね、夢じゃありませんように!
シュッ、シュッとカードの捲れる音。
空調の雑な音と、コンビニの外では蝉の大合唱。天気は快晴で、降り注ぐ日差しが私を祝福してくれてるみたいだった。
私の通う大学からちょっと離れた、田舎のコンビニ。
そこが私のバイト先、榎本と出会った場所。
外見だけじゃない、全てを知って全てを好きになった人。
この想いは本物だよって、胸を張って言える。
横顔を見るのさえ今は恥ずかしくて、痒くなる耳を反対の手で押さえて下を向いた。
もし、この先もこの想いを続けていいのなら、
榎本と一緒に、新しい物語を作っていけるのなら、
今日、今この瞬間のことを私は一生忘れない。
どうか夢じゃありませんように。
それだけを強く願って、俯いたまま微笑んだ。