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☆彼女の事情


 一言でいえば、私は面食いだ。

 続いて二言目で言い訳をする。


 面食いだけどそれは芸能人を追いかける小学生と同じ、単なる憧れに過ぎないのです。


 流行にのってアイドルグループのコンサートにいったり、サッカー部の先輩に手紙を出したりする。

 それと同じ、その程度。


 その証拠に、どんなにかっこいい人に告白されても私は首を縦に振らなかった。


 え、私? 嘘でしょ? なに言ってんの? 


 現実味がない、そんな感じ。分かってもらえるだろうか。

 もし例えば、あなたの前に突然、芸能人が現れたとしよう。


イケメン:可愛いよね、君。あ、僕のこと知ってる? アイドルやってんだけどさ、テレビの中から出てきて君のこと好きになっちゃって。


 萎えるってか、もはや笑い話。

 面食いだからといって困ったことはないし、むしろ得だと思う。

 美男子ばかり見ていたせいで美的感覚が鋭くなり、自分さえも磨くようになった。

 口には出さないけど、私は自他共に認める美人だ。


 目指すは美男美女カップル!


 私は絶対、男らしさのあるイケメンとしか結婚しないと心に強く決めていた。


 だから彼に対するこの想いはきっと、本物なのだ。




 大学からちょっと離れたコンビニが私、宮川柚音のアルバイト先。

 火曜と木曜の午前中、田舎な上に近くに商店街があるため客はほとんど来ない。私は行ったことないけど、商店街。

 お店の外で鳴り響く蝉の合唱、降り注ぐ日差しが眩し過ぎて外界がいかに暑く息苦しいか教えてくれる。

 時計を一瞥した後、書棚コーナーにいるもう一人のスタッフに目をやった。

 彼は時計を確認したあと、私に視線を戻して頷く。同じように頷き、売り場を後にしてスタッフルームへ向かった。

「休憩いってきます」とか「いってくるね」とか、そんなことを言うのが恥ずかしくて、知り合って随分経つが休憩開始の合図は未だに互いに無言のままだ。


柚音:緊張するなぁ。好きって自覚してからは特に、うまく喋れない。


 スタッフルームの椅子に腰掛け、愚痴をこぼす。

 独り言が多いのは、彼に「好き」と言えないせいだろう。もやもやした気持ちを切り替えようと、スマホの画面を操作する。

[推し]と名付けた画像フォルダの中には、今話題のイケメン俳優の写真。百八十センチの長身に日々の筋トレで鍛えているゴツゴツした美麗な身体、渋い目元に西洋人のような高い鼻筋。


柚音:癒されるー、かっこいい。こういうのがタイプなんだよね、本当は。


 ため息と共に、先ほど目線を交わした彼の顔を思い返す。

 女の子のような可愛い顔つき、低身長に小柄な体型。私のタイプとは真逆の容姿をもつ彼。


榎本:宮川さん、休憩時間過ぎてますよ。

柚音:ふぅうぇっ?


 半開きになっているスタッフルームのドアから私を見下ろしていたのは、同じアルバイトスタッフの榎本俊一だった。

 榎本は私の持っているスマホを見て、呆れたようにため息を漏らす。


榎本:またアイドルの写真見てたんですか?

柚音:アイドルじゃなくて、今話題の若手俳優!

榎本:違いがわかんねぇ……

柚音:どっちもイケメンってこと!

榎本:顔だけ見てると変な男に騙されますよ。

柚音:余計なお世話よ。

榎本:それより時間なんで、そろそろ戻ってくださいね?


 可愛い顔が厭らしく微笑み、再び扉が閉められた。

 カツ、カツ、カツッ、って、なんだが足音まで可愛く聞こえちゃう。


柚音:そんなわけないか。


 足音がなくなったのを確認し、さっきまで榎本がいた場所に立つ。指を物差しにして彼の頭があった場所と自分の身長を照らし合わせると、その距離は人差し指一つ分、七センチか八センチくらい。

 私が百五十五だから、やはり百六十五もない。それに加えてあの童顔。榎本は可愛い。その辺の女の子に負けないくらい美人で、愛嬌もある。

 背が高くて男らしさのあるイケメン、それが私のタイプなはずなのに。どうして私は彼に……


榎本:宮川さん! まだですか!


 名前を呼ばれ、慌ててスタッフルームを飛び出した。

 当然でしょ、だって嫌われたくないじゃない。

 好きな人の前では、いい女でいたい。


 可愛い顔立ちに低身長。

 好きなタイプとは真逆の容姿を持つ彼、榎本俊一に、私は生れて初めての恋をしていた。



 週に二回、同じシフトに入っている榎本は私の偏差値では到底入れない有名国立大学の二年生だった。

 私が三年だから彼のほうが一つ年下。

 好みのタイプには擦りもしないのにいつの間にか、もっと話がしたいと思うようになり目で追っていた。

 彼の人懐っこい性格のおかげか、榎本と過ごす時間はとても楽しかった。


 言葉が尽きない。

 もっと、ずっと一緒にいたいって思う。


 そうして笑い合っているうちに好きになっていた。

 好きの種類は違うが、榎本も私を気にいってくれていると思う。私といる時の彼は終始笑顔だし、話しかける確率は榎本からのほうが圧倒的に多い。


 でも榎本の好きは友達、友情としての好き。

 断言できる、榎本の感情は恋ではない。


 理由は簡単、彼には秘密がある。


 信じられない、信じたくないけど、普通とちょっと違った特殊な嗜好が……





榎本:宮川さんの中でとびきりのイケメンって、芸能人でいうと誰ですか?

柚音:とびきりって、榎本は昭和の時代の子なの?

榎本:昭和って、めっちゃ古……つーか俺よりあんたのほうがおばさんでしょうが。俺まだ十九……いてっ、物投げないでくださいよ、暴力反対。

柚音:うるさい、令和生まれ。

榎本:俺が令和生まれなら、平成生まれの宮川さんどんだけババァ……ちょ、だから痛いですって! あっ、タバコの箱へこんじゃってますよ。買いとらなきゃ。

柚音:大丈夫、わたしタバコ吸わないから。

榎本:いやいや、弁償しろって言ってんの。

柚音:榎本が買えば?

榎本:俺もタバコ吸わないから。

柚音:ありがとう!

榎本:話聞けよっ、コントかよ!


 話が尽きない、楽しい。

 客がいない時はいつもこうしてふざけ合って笑っていた。

 もっと話がしたい。そう思って一度、榎本をご飯に誘ったことがある。

 

柚音:あのさ、お昼ご飯とか、食べて帰らない?

榎本:え、……はい?

柚音:バイト終わるのってちょうどお昼時でしょ?

榎本:あー、すみません。俺、実家なんで親がご飯作ってるかと。

柚音:え。あ、そっか……

榎本:あの、来週とか、どうですか?


 まさか逆に誘ってくれるとは思ってなかった。

 次の週はとても楽しいランチタイムを過ごしたが、毎週というわけにはいかない。

 私からは恥ずかしくて誘えない、榎本は私に興味がないから誘ってこない。

 二回目のあの時だって、成り行きでそうなっただけだ。


榎本:宮川さん、休憩おわ……またスマホ見てる。イケメンアイドルですか?

柚音:ふふふー、今日の私はひと味違うのだ!

榎本:いつも通り、煮込みすぎてヤバくなってますよ。

柚音:今ね、ハンバーガーを食べるともれなく、玩具がついてくるの!

榎本:あぁ、ファーストフード店の子ども向けメニューですね。二十歳すぎてる大人の宮川さんがそれになんの用が?

柚音:その玩具がいま、私の好きなアニメキャラのフィギュアなの。

榎本:へぇ……

柚音:今なら限定ポスターまでついてる!

榎本:子ども向けのね。

柚音:ポスターいいなぁ、欲しい。

榎本:気にすることないですよ、宮川さん精神年齢低いんで。

柚音:友達にはアニオタ公言してないし、一人でこれ頼むのも恥ずかしい。

榎本:いい年した大人が。

柚音:なんなの、さっきから! ちょいちょい馬鹿にしてない?

榎本:今さらかよ。

柚音:はぁ、やっぱムリだぁ、ポスターは諦めよう。

榎本:……そのポスター、今日のバイト終わりに行けばもらえますか?

柚音:もらえますよー。枚数限られてるけど、萌え系アニメのフィギュアやポスターなんて誰も欲しくないだろうしね。

榎本:そっち系かよ……まぁ、じゃぁ、今日の帰り行きますか?

柚音:そうね、行こ……え?

榎本:付き合いますよ、誰も知らない宮川さんのアニオタ趣味。


 榎本のこういうとこが好きだ。

 同じ物だったらおもしろいっスね、という榎本の言葉どおり、私たちのフィギュアは全く同じ物で、二人で大笑いしてリベンジすることになった。

 それ以降、五種類全てが揃うまで榎本は私に付き合ってハンバーガーとポテトばかり食べてくれた。


 そんな榎本の唯一の欠点。

 人の好みなんて千差万別だから、欠点なんていうべきではないのかもしれないけれど。

 私にとって榎本のそれは大きな欠点だ。


榎本:今週の週刊誌、ほとんど俺の好きな芸人が表紙飾ってる。なんだこれ、史上最強の不細工ついに結婚とか書いてある、こんなに可愛いのに……うわっ、こっちの雑誌にも不細工って書いてある。ふざけんなよ、可愛いだろうが!


 彼の唯一の欠点。


 榎本は不細工にしか恋愛感情が湧かない、いわゆるB専だ。


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