第8話 死に至る病
「僕の名前は、ジムといいます。隣の村に住んでいる農夫の息子です」
青年はジムと名乗った。僕とライカは、ジムを向かい側に座らせて話を聞くことにした。彼は未成年なので、エールではなくミルクを代わりに注文してやった。
ジムと名乗った青年は話を続ける。
「実は僕たちの村では、1ヵ月ほど前からおかしな病気が流行っているんです。10代の若い娘ばかりなる病気です。高熱が出てベッドで寝たまま動けなくなり。呼吸も苦しそうになって、どんどん衰弱していくんです」
「ほう。それは大変だな……」
僕は、エールに口をつけながらジムの話を聞いていた。
「ただ、その病気で一番おかしいのは…… 病気になった少女たちの左腕に、変な文字のようなものが浮き上がっているんです。まるで、タトゥーでも入れたかのように…… 呪文のような文字が刻まれているんです」
「左腕に…… 文字だって!?」
それを聞いてライカが、過敏に反応した。彼女の左腕にも文字が刻まれている。他人事とは思えなかったのだろう。
「なるほど…… それで、僕たちを訪ねて来た訳か」
「ええ。この街には、呪いにかかった女戦士がいると。その人も左腕に文字が刻まれていると聞いたので…… 今回の件と何か関係があるんじゃないかって」
僕は、ライカに目で合図をした。
「ライカ。左腕をジムに見せてやってくれ」
ライカは、黙って頷く。そして、左腕に巻いた包帯をほどくと刻まれた文字をジムに見せた。
「病気になった少女の左腕に刻まれた文字っていうのは、これと同じものか?」
ジムは、首を横に振る。
「文字の内容は、僕には分かりません。ただ、すごく似ていると思います……」
僕は、少し考え込む。そして、チラリとライカの方を見た。
「どうする? ライカ。お前の呪いと何か関係はあるかもしれないが……?」
「そうだね。すごく気になる話だ。それに、リィドの能力なら私の呪いみたいに書き換えることで、病気になった少女たちを救えるかもしれないね」
そのやり取りを聞いていたジムが、僕たちに向かって頭を下げる。
「お願いします! 僕の村を助けてください! 僕の妹も病気になっているんです! お願いです! 大したお礼はできませんが……」
ジムの着ている衣服から見ても、あまり裕福な暮らしをしているとは思えない。謝礼はたしかに期待できないだろう。しかし。
「いや、礼はいらないよ。ジム。助けられるかどうかは、まだ分からない。だが、明日にでもさっそく君の村に行こう。とりあえず、どんな病気なのか見せてくれ」
「ありがとうございますッ! え、えーと……」
「ああ。僕の名前は、リィドだ。リィド・ライベール。旅の小説家さ。こっちは、女戦士のライカ。よろしくな! ジム」
「リィドさん! ライカさん! よろしくお願いします!」
僕たちは、明日の朝またジムと会う約束をして別れた。そして、今晩は街の宿屋に泊まることにした。
そして、次の日の朝……
宿の1階でライカと待ち合わせる。眠そうな目をしたライカがやってきた。僕は、挨拶をする。
「おはよう。ライカ。よく眠れたかい?」
「いや、ベッドで寝るのは久しぶりでね。逆に眠れなかったよ…… 緊張して」
「ははは。すぐに馴れるさ」
彼女は、今までずっと街の外で野営をして過ごしてきたのだ。宿に泊まるのも生まれて初めてらしい。緊張するのも無理はないだろう。
「おはようございます! リィドさん。ライカさん」
そうこうしているうちに、僕たちの元にジムがやって来た。彼は、昨晩は知り合いの家に泊めてもらったらしい。
「よし! じゃあ、さっそくジムの村に行くとしよう。出発だ!」
こうして、僕たちはジムの住んでいる村を目指して出発した。この街のすぐ隣の村らしいが。隣と言っても、けっこうな距離がある。歩いて1日半以上はかかる旅となった。
途中で、野営をして夜を過ごす。野営に馴れたライカは、この時の方が生き生きとしていた。代わりに今度は、僕が若干の寝不足になる。
インドア系の小説家の僕にとっては、地面で寝るのはあまり向いていないのだ。やはり、ふかふかのベッドで寝るに限る。
そして、次の日のお昼ごろには村に到着した。
家が50軒ほどの、のどかな農村といった感じだ。村の周りは、小麦畑で覆われている。牛や馬なども飼っている。よくある農村の風景だった。
「リィドさん。ライカさん。こっちが、僕の家です!」
ジムに連れられて村の中を進んでいく。村の人たちは、僕たちをあまり歓迎している雰囲気ではない。よそよそしい目で見られている。まあ、閉鎖的な農村ではよくあることだ。気にせずに進んだ。
そして、ジムの家に着く。ジムの父親と母親にも挨拶をした。そして、さっそく病気にかかっている妹の様子を見せてもらうことにした。
「妹のエマです。エマ! お兄ちゃん帰って来たぞ」
ベッドには、10代の少女が苦しそうに寝ていた。息をハァハァと切らし、額に汗を浮かべている。
僕は、少女の左腕を見た。まるで、タトゥーでも入れたかのようにびっしりと文字が刻まれている。
「これは…… 古代ベラリス文字だな……」
ひと目見て文字の種類は分かった。それは、ライカの左腕に刻まれた文字と同じ種類だったからだ。