第5話 翌日の朝
剣を持ったゴブリンたちが、じりじりと距離を詰めてくる。僕は、もう武器も持っていないし、魔導書もさっき使って無くなった。
「く、来るなッ! 来るなッ! 来るなぁーッ!」
そう叫びながら後ずさる。今、襲われたら一巻の終わりだ。絶体絶命のピンチである。その時だった……
「うおりゃああああーッ!」
大きな叫び声と共に、目の前のゴブリンが吹っ飛んだ。そして、剣をかまえたライカの姿が見える。どうやら助けに来てくれたようだ。
「大丈夫か? リィド! 生きているか?」
「あ、ああ。おかげさまでね…… 何とか生きてるよ」
ライカの問いかけにホッと安堵して答える。助かった。戻って来たライカは、周りにいるゴブリンを次々と剣で斬り倒していく。
そして、1人で10匹以上のゴブリンを斬り殺したのだった。残りのゴブリンたちは、散り散りになって逃げていった。
「大したもんだ…… 1人でゴブリンの群れを撃退するとはな」
僕は、感嘆の声を漏らす。周囲にはライカが倒したゴブリンの死体が、あちこちに散らばっていた。
「あんたも1匹倒しているじゃないか。リィド。お前さん魔法が使えたのかい?」
1匹だけ焼き焦げたゴブリンの死体がある。僕が、ファイアーボールの魔法で倒したやつだ。その焼死体を不思議そうにライカは覗き込んでいた。
「魔法が使えるといっても1回だけだよ。その1回でもう魔力切れだ……」
魔術を使うためには、知識と技術、それから魔導書などの術式が書かれた発動体。そして、体内の魔力を消費して初めて魔術を発動できる。
僕は、魔術の知識と技術は持っているが、魔力は生まれつき少ない体質なのだ。だから、せいぜい簡単な魔法を1回使える程度だ。魔力の回復には、約1日かかる。
「まあ、私から見れば1回だけでも魔術を使えるなら大したもんだけどね。おかげで無事に生き残れたようだし……」
ライカは、逆に感心したような目で僕を見る。僕は、ライカに尋ねた。
「それより、これからどうする? またゴブリンに襲われたんじゃあ、おちおち寝てもいられないぜ?」
「そうだな…… 面倒だが場所を移動しよう」
「安全面を考慮して、街に戻って宿に泊まるっていうのはどうだい?」
その言葉には、ライカは首を振って答えた。
「それは却下だ。街の人間に迷惑をかける訳にはいかないさ。よし! 行くぞ!」
僕とライカは、荷物を持つと別の場所に移動した。そして、再び野営の準備をする。
またゴブリンの群れに襲われるのではないかという不安と、久しぶりの野宿で、その日はあまり眠れなかった。
結局、その後は何事もなく朝になる。朝日が差し込んで周囲は明るくなった。
「ふぁあああ! おはよう。リィド。よく寝れたかい?」
大きく伸びをしながら、ライカが上半身を起こした。彼女は昨晩、ぐっすりと眠っていた。大したメンタルの持ち主だ。
「いや…… あいにく僕は、誰かさんと違って繊細な心の持ち主でね。とてもじゃないが、こんな素敵なベッドでは眠れないよ」
僕は、嫌味を込めて返事をする。だが、ライカはそれを気にとめる様子もない。
「すぐに朝飯にするから、ちょっと待ってな」
ライカは、朝食の準備にとりかかる。昨日の晩飯と同じような肉と野菜を煮込んだスープを作り出した。
そして、2人で朝食を食べる。
「どうだい? 味の方は?」
「ああ。美味いよ…… でも、昨日の夜も同じものを食べたからね。できれば、別のメニューがよかったな。ハムエッグとかさ」
「贅沢言うんじゃないよ! これが一番、栄養が取れるのさ。あと、作るのも簡単だしな!」
肉と野菜を鍋で煮込み、塩で味付けしただけの豪快な料理だ。そりゃあ、簡単だわな。
朝食を終えた後、僕はライカに尋ねた。
「これから、どうするんだ? ていうか、いつもは何をして暮らしているんだ?」
「うん? ああ。まあ、その日暮しだな。金が必要になったら、街へ行って冒険者ギルドから仕事をもらうさ。ゴブリン退治とかがほとんだ。それ以外は、特にすることもないし。のんびり過ごしているよ」
「ほう……」
思ったより寂しい生活だ。無理もない。彼女は呪いのせいで他人と一緒に生活はできない。しかし、もうその孤独に馴れきってしまっているのだろう。感覚が麻痺しているのだ。
ライカは、不意に僕の顔を見た。
「それより、リィド。あんた。本当に、このまま私と一緒にいる気かい? このままだと今夜あたり、あんたは呪いのせいで死ぬよ。私と1日以上、一緒にいて生きてた人間はいないんだ」
「その呪いなら、書き換えたから大丈夫だって言ったろう。それを証明するためにも一緒にいるさ。僕なら大丈夫だよ」
不安そうな顔をするライカに、僕は笑って答えて見せた。だが、ライカの顔色は変わらない。
「さすがに呪いのせいとはいえ、目の前で人が死ぬのはいい気分じゃない……」
「心配するなって。僕は、魔術だって使って見せたろ? 君の左腕の呪文は書き換えてある。1日一緒にいても僕が死ぬことはない。何度だって言ってやるさ」
「そうか……」
まあ、彼女にとっては初めての経験だ。信じ難いのも無理はない。