第4話 夜襲
夕食も終わり人心地ついた。だが、寝るにはまだ早い時間だ。僕はライカに尋ねた。
「なあ? ライカ。お前は、いつからその呪いにかかっているんだ?」
ユラユラと揺れる焚き火の炎が、ライカの横顔を照らす。
「さあな。物心ついた頃には、既に呪われていたよ。いつ、誰が、何のために私にこんな呪いをかけたのかは分からない……」
「そうか……」
「両親は、この呪いのせいで死んだと聞いている。私は、ずっと一人で生きてきたんだ」
一緒にいる人間を殺す呪い。そのせいで、どれだけの孤独を味わったのか。とても僕には理解できない。ライカは、こっちを向くと少し笑って見せた。
「ふっ。こんなに人と話したのは久しぶりだな。いつ以来だろう」
その笑みは少し寂しいものだった。
他に何か別の話題を話そうと思った、その時だった。
「しッ! 静かにしろ」
ライカは突然、神妙な面持ちになる。そして、立ち上がって腰から剣を抜いた。
「ど、どうした? 突然」
僕が、びっくりして声を上げると。ライカは、周囲をにらむように見渡してから言った。
「モンスターだ…… この気配は、たぶんゴブリンだな。どうやら囲まれているようだ」
「ゴブリンだって!?」
僕も周囲を見渡すが、真っ暗で何も見えない。
ゴブリンというのは、醜悪な顔をした人型のモンスターだ。小柄でそんなに強くはないが、知能があり群れで行動する厄介なモンスターだ。ゴブリンを1匹見たら、10匹はいると思えと言われている。
ライカが僕に向かって言う。
「リィド! お前さん武器は持っているか?」
「僕は小説家だぞ! 武器なんて持ってる訳ないだろう!」
そう答えると、ライカは短剣を僕の足元に投げて寄こした。
「じゃあ、そいつで自分の身を守りな! ぼやぼやしてると、呪いより先にゴブリンに殺されて死ぬことになるよ!」
「嘘だろ……」
僕は、慌てて短剣を拾った。その時、「ギャギャギャ……」という不気味な声が暗がりから聴こえてくる。声の方をする方を見ると、ゴブリンの姿が見えた。
醜悪な顔をしたゴブリン。手には剣を持っている。
ライカの言ったとおり、僕たちは既にゴブリンの群れに囲まれていた。この状態から逃げるのは難しそうだ。
「いいかい? リィド! あんたは、自分の身を守ることだけ考えな!」
「あ、ああ。そうさせてもらうよ……」
震える手に短剣を持ち、僕は答えた。
勇者パーティーに所属していた時も、ゴブリンの群れに襲われたことは何度かある。しかし、その時は勇者ホランドを始め強力なメンバーが守ってくれた。
だが、今回はライカ1人しかいない。僕を守りながら戦うのは無理だろう。
「ギャギャギャーッ!」
ゴブリンが叫び声を上げながら、ライカに襲いかかる。手に持った剣で斬りかかろうとする。
「ふんッ! 遅いね!」
ライカは、その攻撃を剣で弾いた。カキンッ!と金属音が鳴り響く。そして、剣を弾かれて隙だらけになったゴブリンの頭めがけて剣を振り下ろす。見事な攻撃だ。
「グギャーッ!」
汚い断末魔の叫びを上げて、1匹のゴブリンが倒れた。それを見て、周りのゴブリンたちは後ずさる。
「今度は、こっちから行くよッ!」
今度はライカの方からゴブリンたちに向かって襲いかかった。見事な剣さばきでゴブリンたちを打ち倒していく。さすが、僕のスキル『人間観察』で見込んだだけのことはある。かなりの剣の腕前だ。
「よし! がんばれ、ライカ!」
僕は、後方でこっそり応援する。多くのゴブリンたちは、ライカに気を取られていて僕の方には気づいてはいない。
しかし、戦いに夢中になっているのか、ライカは単身でゴブリンの群れにどんどん斬り込んでいる。
「あ! ちょっと待って……」
僕は、その場にポツンと取り残された。すると、何匹かのゴブリンたちがようやく僕に気づいたようだ。
「グギャギャギャー!」
不気味な唸り声を上げながら、剣をこちらに向けてくる。
「ま、マズイッ!」
「グギャーッ!」
ゴブリンが剣を振って斬りかかって来た。
「くそッ! えいッ!」
僕は短剣でその攻撃を受け止める。しかし、「カキンッ!」という音ともに短剣は弾き飛ばされた。
僕は、ゴブリンの前で丸腰になってしまう。
「ちょ、ちょっと待ってくれ…… 話せば分かる! なあ?」
僕は目の前のゴブリンを制止しようと試みるが、僕はゴブリン語を知らないし、向こうも人間の言葉は分からない。
「グギャーッ!」
再び剣で斬りかかろうとゴブリンが突撃してくる。これは非常にマズイ。
「ちくしょうッ! 最後の手段だ!」
僕は、懐から1枚の紙きれを取り出した。紙には呪文が書かれている。これは、魔導書と呼ばれる魔術の発動アイテムだ。本当にいざと言う時の虎の子である。
「炎の術式! ファイアーボール!」
僕は、そう叫びながらゴブリンに手をかざす。すると、手のひらから小さな火球がゴブリンに向かってミサイルのように飛んでいく。
「グギャーッ!」
火球がゴブリンに命中すると炎が上がった。ゴブリンの体は、あっという間に炎に包まれる。そして、黒焦げになってその場に倒れた。
「ふぅー。やったか……」
ゴブリンを1匹倒して、安堵のため息をつく。そして、額の汗を拭った。
「グギャギャギャ……」
しかし、まだ周囲には数匹のゴブリンが残っている。絶体絶命のピンチだ。