第2話 呪われた女戦士(前編)
「くそッ! あのエロ勇者めッ!」
僕は、木製のジョッキをテーブルの上に叩きつける。中に入っていたエールがしぶきを上げて少しこぼれた。
パーティーを追放された僕は、近くにある小さな街の酒場にいた。時刻は夕暮れで、酒場は大勢の客がいた。
「絶対に、あの肉欲にまみれたエロ勇者を見返してやるッ!」
僕の中には、勇者ホランドに対する憎悪の心が満ち溢れていた。その結果、勇者ホランドより先に魔王を倒すという計画を思いついたのだ。
今、僕が酒場にいるのもヤケ酒を飲むためではない。その計画を遂行するための、ある目的があって酒場にいるのだ。
ここは、実は普通の酒場ではない。冒険者ギルドが運営している酒場なのだ。一般の客も入ることができるが。ほとんどは、冒険者の客ばかり集まっている。
その証拠に、僕以外の客はほとんど革鎧などの防具を身に着け、剣や槍などを携えている。
「まずは、仲間を見つけないとな。あの肉欲にまみれたエロ勇者(巨乳好き)より強いパーティーを作るんだ!」
そう、僕は追放された勇者パーティーより強力なパーティーを作るべく、強い仲間を見つけるためにこの酒場で酒を飲みながら周囲を伺っていたのだ。
僕は、戦闘はできない小説家という職業。しかし、『人間観察』という特殊なスキルを持っていた。これは、創作には欠かせないスキルだ。そして、観察した人間の強さなどを見抜くことができた。
既に1時間以上、人間観察をしながら強そうな冒険者がいないか周囲を見渡していたが。
「うーん。どいつもこいつも中途半端だなあ……」
勇者ホランドのパーティーにいたメンバーに比べると、能力の低い冒険者ばかりだ。しかも、見た目もむさくるしいオッサンばかりである。
「はぁー。ここは無理か…… 別の場所で探すか」
酒場で仲間を探すのは、あきらめようと思ったその時だった。
酒場の入口から1人の女性が入ってくる。褐色の肌に緋色の長い髪。ノースリーブのシャツに革鎧を着こんでいる。凛々しくも美しい顔立ち。なぜか左腕には包帯を巻いていた。
「むむッ! あの女戦士は!?」
僕のスキル『人間観察』がビンビン反応する。そこら辺のオッサン冒険者なんか目じゃない。かなりの腕前の戦士だ。
しかも、かなりの美人だ。年齢も20代前半といったところか。僕の物語の主人公にふさわしいルックスである。(エッチな小説じゃないよ!)
「よーし! 彼女なら間違いない! さっそく声をかけよう!」
好都合なことに、その美人の女戦士はソロの冒険者のようだ。声をかけるには丁度いい。
僕は、席を立つと女戦士にさっそく話しかけた。
「やあ! 君。僕の名前は、リィド。リィド・ライベール。旅の小説家だ。こう見えても、つい最近まで勇者パーティーに所属していたんだ」
まずは、自己紹介から。女性に話しかける際のマナーである。自分が怪しい人間でないことを証明しなければならない。
ついでに、さりげなく勇者パーティーに所属していことをアピールして、マウントを取ろうとする。人間は、こういう肩書きに弱い生き物なのだ。
しかし、女戦士は如何にも怪しい人間を見る目で僕の顔をジロリと見る。うーん。しかし、ここで引き下がる訳にはいかない。
「どうだい? 君。かなりの腕利きの戦士とお見受けしたけど。ちょっと、あっちのテーブルで一緒に話さないか? 実は、僕。一緒に冒険する仲間を探しているんだ?」
何とか会話の糸口を見つけようと女戦士に話しかけるが。彼女は無言のままそっぽを向いてしまった。
その時だった。背後から声をかけられる。
「おい! よそ者の兄ちゃん。その女に話しかけるのはやめたほうがいいぜ。その女は死神だ。呪われた死神の女なんだよ!」
「うん……?」
振り向くと、冒険者風のオッサンが声をかけてきたようだ。僕は、もう一度女戦士の方を見た。女戦士も淋し気な目で僕の方を見る。そして、言った。
「本当だよ。私は、呪われているんだ。周囲に死をばら撒く死神さ。死にたくなかったら、私に近づかないことだね……」
女戦士は背を向けると、酒場のカウンターの方へ向かう。そして、食料を買っているようだった。
呪われている?
「あいつの側にいる人間は、みんな死んじまう。呪われた死神なのさ。けッ! 酒が不味くなるぜ」
僕に声をかけた冒険者のオッサンは、自分のテーブル戻って行った。その間に、女戦士の方も買い物が終わったのか酒場の外へと出て行こうとする。
「呪いとか…… 何のことか知らないが。仲間にするなら彼女以外にいない! 追いかけよう!」
僕も女戦士の後を追って、酒場の外に出る。そして、女戦士に追いつくと歩きながら背中越しに声をかけた。
「ねえ! よかったらくわしく聞かせてくれないか? 呪いとか尻神って何のことだい? 確かに、君はその。何だ。女神のような魅力的なヒップをしているが……」
女戦士は、振り向いて僕をにらみつけた。
「尻神って…… お尻の神様じゃねえよッ! 死神だ! 私の近くにいるやつは、みんな死んでしまうんだよ! そういう呪いなんだよ!」
「いやいや、それじゃあ何のことか意味が分からないよ! どういうことなんだ?」
僕は、しつこく声をかけた。女戦士は、ようやく立ち止まる。そして、僕の顔をジロリと見た。
「お前…… しつこいやつだな。そんなに言うなら、証拠を見せてやる」
女戦士は、そう言うと左腕に巻かれた包帯をほどいていった。左腕の肌には、タトゥーのように文字がびっしりと刻まれていた。