第1話 追放
「お前はクビだ! リィド・ライベール。このパーティーから追放する!」
勇者ホランドより開口一番、告げられた言葉は以上だった。
僕は、激しく動揺すると共に勇者ホランドにすがりつくようにして叫んだ。
「ちょ、ちょっと待ってください! 勇者さん! そんなの嘘ですよね? ど、どうして!?」
「嘘じゃない! 手を放せッ!」
勇者ホランドは、冷たい声で僕の手を振りほどく。そして冷めた目線で僕を見た。
僕の名前は、リィド・ライベール。年齢は20歳。職業は、『小説家』である。まあ、正確に言うと売れない小説家だが。
当然、モンスターと戦うなんて芸当はできない。そんな僕が、なぜ魔王を倒すための勇者パーティーに所属しているかって? 話は半年前にさかのぼる。
とある街の酒場で、僕は偶然にも勇者さん。そう、勇者ホランドと出会って一緒に酒を飲んだ。勇者さんは既に相当、酒を飲んでいて酔っ払っていた。僕たちは、すぐに意気投合した。
「そうか! 君は小説家なのか! よし、気に入った! 俺のパーティーに入れてやる!」
「ええッ!? いいんですか? でも、僕は何の役にも立ちませんよ?」
「ああ、いい。全然かまわない! リィド。君は、俺の物語を書くためにパーティーに入るんだ。そして、俺が魔王を倒して平和になった時。それを出版して世に広め。後世にまで伝えるんだ!」
つまり、僕は戦闘要員ではなく。いわゆる従軍記者みたいな存在として勇者ホランドのパーティーに同行することになったのだ。
「勇者さん言ったじゃないですかッ!? 魔王を倒して平和になった世界には、お前の小説が必要なんだって! 一緒にすごい作品を作ろうって! 言ったじゃないですかッ!?」
僕は、あきらめずに勇者ホランドの足元にしがみつく。ここでパーティーを追放されたら、元の一文無しに逆戻りだ。小説を書くどころか、明日の生活にすら困ってしまう。
「僕は、モンスターと戦えないし。何の役にも立たないかもしれません! でも、勇者さんの小説を書くために一生懸命がんばっているんです! お願いです! パーティーから追放するのだけは……」
勇者ホランドは、僕の言葉を聞いて「はぁー」と大きなため息をついた。そして、再び冷たい視線で僕の顔を見る。それから口を開いた。
「リィド。お前が、その一生懸命がんばっているっていうのは…… こういう本を書くためなのか?」
そう言いながら、勇者ホランドは1冊の薄い本を取り出した。その瞬間、僕は激しく動揺する。額から汗が止まらない。
なぜなら、その薄い本にはあまりにも見覚えがあった。本のタイトルは『勇者ホランド、女僧侶との禁断の恋。~肉欲に溺れた勇者。ああ神よお許しください~』
この本は、僕が書いた成人向けのエッチな小説である。いわゆる自費出版の同人誌というやつだ。勇者さんと同じパーティーの女僧侶(美女)とのあられもない関係が赤裸々に綴ってある。
「どうなんだ? リィド? んん?」
薄い本を僕に見せながら、勇者ホランドは顔を覗き込んで来る。
「えーと…… さて、何のことでしょうか?」
僕はその本から視線を逸らして、誤魔化そうとする。だが、そうは問屋が卸さない。
「この本を書いたのは、お前だろうッ! リィド! 本屋のオヤジから裏は取ってあるんだよッ! 100冊も作りやがって!」
「ひ、ひぃ! すみません! 勇者さん! ほんの出来心だったんです! ちょっと小遣い稼ぎに……」
「ほーう。小遣い稼ぎか…… じゃあ、こっちの本はどうだ?」
勇者ホランドは、別の薄い本を取り出した。そっちの本にも見覚えがあった。本のタイトルは『勇者ホランドの肉欲シリーズ。女戦士(巨乳)と激しい夜の戦闘。~股間の聖剣が抜かれる時~』
これも間違いなく僕が書いた成人向けのエロ小説である。勇者ホランドは、その薄い本を僕の足元に叩きつけた。完全に怒りをあらわにしている。
「シリーズ化してるんじゃねえよッ! しかも500冊も流通させようとしやがって! 回収するのにどんだけ金を使ったと思ってやがるんだ!」
「お、落ち着いてください勇者さん。確かに女僧侶との関係はフィクションですけど。女戦士との関係は、事実に基づいて……」
僕がそう言いかけた時、勇者ホランドは腰から剣を抜いた。そして剣の先を僕の鼻に突きつける。僕は驚いて尻もちをついた。
「事実とかフィクションとか、そんな事は関係ねえんだよッ! リィド。お前だって知ってるだろうが! 俺は魔王を倒したら、この国の王女と結婚することになってんだよ! つまり、将来の王になるんだ。それなのに、こんな本が出回ったら俺の立場はどうなる?」
勇者ホランドの目は殺気立っていた。僕は土下座して謝罪する。
「す、すみませんでしたーッ! 勇者さん!」
「本当ならこの場で斬り殺してるところだが、パーティーを追放するだけで許してやるって言ってんだ。さっさと荷物をまとめて出て行きやがれーッ!」
怒声を放つ勇者ホランド。これ以上、この場にいたら本当に斬り殺されかねない。僕は逃げるようにその場を立ち去る。
こうして、僕は半年間在籍した勇者パーティーを追放されることになった。手元にはエロ小説を売って得た、わずかな資金しかない。どこにも行く当てもなかった。