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解呪令嬢ティスペールは、自分の呪いも解けやしない

作者: 不揃いな爪

「君との婚約を破棄「解呪」


 台詞を最後まで言わせずにぱちんと指を鳴らせば、途端に教室に漂っていた甘ったるい空気が霧散する。

 彼に掛かった魅了魔法が解けた証拠だ。


「ディヴォーテ様、目が覚めました?」

「……うん、ありがとうティスペール」


 解呪魔法を掛けると同時に倒れてしまったディヴォーテ様を床から引き上げると、ぱちぱちと何度か目を瞬かせて小さく頷いた。

 けれどその表情は、ちょっと悔しそうに歪んでいる。

 彼は掛けられた魅了魔法に、打ち勝つつもりでいたから。


「どういう事ですの!?」


 対して、一瞬で魅了魔法を打ち破られた令嬢は愕然としていた。

 けれどその反応はまずいと思う。

 この魔法学園、ひいてはこの世界で魅了魔法は現在禁止されているのだから。


「貴女が掛けた魅了魔法を解いただけですよ」


 私がそういうとようやく気が付いたのか、彼女が慌てて首を横に振る。

 学園内で他者に魔法を掛けたのがばれれば、貴族と言えど処罰は免れられない。


「わ、私、そんな魔法なんて掛けてませんわよ! 第一証拠がありまして?!」


 解呪したなら証拠なんて残らない、彼女はそう言いたいのだろう。

 けれど彼女は魅了魔法という名の呪いを、甘く見過ぎている。

 その程度の影響しかないのであれば、元々禁止などされていない。


「解呪はあくまで正気に戻すだけ、魔法の残滓はまだ体に滞留しているはずです」

「もっと言うなら魅了魔法って惚れさせる対象の魔力が強く出るから、先生達に調べられたら言い訳はできないよ。多分後遺症も出るし」


 意識をはっきりと取り戻したディヴォーテ様も、横から補足してくれる。

 魅了魔法はどんな高位貴族であっても、重罪として扱われる。

 むしろ婚約が政治を動かすようなことが多い貴族こそ、その罪は重いとされていた。


「……そんな」

「先生、こちらです」


 騒ぎを聞きつけた教師がディヴォーテ様の体に残った魔法を解析すれば、答えは出る。

 彼女は適切な処分を下され、この騒動は幕を下ろすだろう。


(今回の令嬢は「令息を侍らせたい」という比較的害のない動機だったし、狙われたのが下級貴族の令息である彼だから大きな騒ぎにはならないと思うけれど)


 教師に引きずられていく令嬢を見送りながら、私は溜息を吐く。

 狙われたのが万が一公爵令息などであれば、国が荒れていたかもしれない。

 貴族の婚約には、様々な約束が含まれる。

 もし何かがあれば当事者だけではなく、罪のない平民が苦しむ場合だってあった。


(基本的には自衛手段を持っているけど、絶対ではないですし)


 どんなに万全を期していても、必ず穴と言うものは存在する。

 まして貴族と言えど中身は人間だ、魅了魔法でなくても恋に狂う例なんて掃いて捨てるほどある。


「それにしても魅了魔法って、あんな感じなんだね。前回は何がなんだか分からないうちに終わったからさ」


 暢気にそう言うのは先ほどまで魔法に狂わされていた、学園でも有名な魔法狂いの青年ディヴォーテ様。

 実験好きで、喧嘩をしているわけでもないのに傷だらけの変わり者。

 けれど倫理観はあるものだから決して他人で実験する事はしない、私の幼なじみで婚約者。


「怖くなかったんですか」


 魔法を掛けた相手がただの令嬢だったとはいえ、魔法の強さによっては呪いを解くことができない可能性だってあった。

 けれど彼は魔法に敗れた今も、恐怖に囚われてはいない。


「全然。君を信じてたからね」

「また調子のいい事言って」


 信頼していると言えば聞こえはいいが、言い換えれば丸投げでもある。

 昔からの知り合いなので、力量を知っていると言えばそれまでだけど。


「それにどんな魔法にも打ち勝ちたいのさ、君ともう二度と離れない為に」

「……そう、ですか」


 でもそう言われてしまえば、私は何も言う事ができない。

 彼がどうしてそんな奇行に走っているか、私は知っているから。


(私たちは一度、魔法によって引き裂かれている)


 私とディヴォーテ様は元々幼馴染で、下位貴族同士の婚約者で、趣味の合う魔法友達だった。

 だから特に障害もなく、仲のいいままずっと一緒にいるのだと思っていた。


(けれどある時、彼が魅了魔法を掛けられてしまった)


 犯人は一緒に遊んでいた、私達の仲に嫉妬した令嬢。

 物腰が柔らかく、友好的な彼は昔から令嬢たちに好かれやすかった。


 そして魔法にかかった彼は私を捨てて、成すすべもなくその令嬢に惚れてしまう。


(子供の頃だから、本当は捨てるなんて重い話でもなかったけれど)


 親同士が決めた、小さな頃からの婚約。

 けれど特に重要な約束なんてない、私たちの仲の良さを尊重してくれたもの。

 そして何より私達はあの頃ただ仲が良くて、まだ恋愛的に好きだとかそういう関係ですらなかった。


(でも私は幼心に、信じられないくらい傷ついた)


 最終的に彼の呪いは、大人たちが解呪してくれた。

 けれど子供だった私は、正気に戻った彼を拒絶してしまった。


『大っ嫌い! 二度と近づかないで!』


 彼のせいではないと分かっていたのに、裏切られた悲しみが彼の帰還を喜べなかった。

 あれだけ勉強して得た魔法の知識は、感情の前で一片の役にも立たなかった。

 そして拗ねた私は長いこと、彼と会わないように避けてしまっていた。

 さすがに何年か経てば頭が冷えて、謝って避ける事はやめたけれど。


(それからずっと、彼は負い目を感じている)



 ――そしてそこからだ、彼がおかしくなってしまったのは。



 彼は元々魔法が好きだったけれど、普通の範囲内での話。

 けれど私に拒絶された彼は、人体に害をなす魔法を自らの体に掛け始めた。

 まるで私を裏切った、罰みたいに。


(おかしくしてしまったのは、私だ)


 彼は「もうおかしな魔法に負けないように」だと言ったけれど、それなら手段はいくらでもある。

 魔法防御のできる装飾品や、それこそ解呪魔法、薬で治すことだってできる。

 けれどそうしないのは、自ら罰を与えているとしか思えない。


(だから私は解呪令嬢という二つ名を戴くほど、魔法や呪いの解除に傾倒した)


 今までの趣味とは違い、実用的な解呪方法を覚えるやり方に変更して。

 寝食を削ってでも、少しでも実戦で使えるように学んで詰め込んだ。


(彼の呪いを、解きたいから)


 もうあの時掛けられた魔法は、欠片も彼の体には残っていない。

 けれど彼の心には何年たっても消えない傷が残された。

 私が、残してしまった。


(私が、彼を解放しないと)


 彼の傷は、私しか癒せない。

 どんな素晴らしい魔法使いでも、心の傷はその原因から取り除かなければならないから。

 でもそれが、私に手放せない執着を植え付けている。


 けれど彼はそんな私の気持ちも知らず、昔のように笑っていた。


「いつかは即死魔法にも勝ちたいよねぇ」

「ちょっと、仮とは言え死ぬつもりですか!?」


 冗談として流すには重すぎる言葉に慌てる私と、のんきに笑っているディヴォーテ様。


 けれどもう私には彼がからかっているのか、本気で言っているのか分からない。

 幼い頃であれば、彼がどんな意図で喋っているかなんて簡単に分かったのに。


「その時は、君がどうにかしてくれるでしょ」

「あぁもう、仕方ないですね!」


 令嬢らしくなく頭をがしがしと掻くと、彼はくすりと笑う。

 ずっと変わらない私の癖に、昔の事を思い出したのかもしれない。

 そしてその彼の笑顔に、私の胸がずきりと痛む。


(負い目があるから彼は私と一緒にいてくれる、仕方ないと許されているのは私の方だ)


 逆に言えば、ディヴォーテ様はその負い目さえなければ私に献身する必要なんてない。

 被害者である彼に追い打ちを掛けた酷い女なんて、相手になんてしなくていい。

 でも。


「今はまだダメだけどさ、僕が魔法に勝てたらまたお嫁さんになってよ。ティスペール」


 魔法に打ち勝てるような真実の愛なんてない事を、もう既に知っているはず。

 なのに今でも、私にそう言ってくれるから。


(だから私は、自分の掛けた呪いさえ解くことができない)


 あと少し、まだもう少しだけと別れの時間を引き延ばしている。

 二人して呪われながら、手を離せないまま。

お読みいただきありがとうございました。

評価や感想など、いただけましたら幸いです。


---


以下、おまけのざっくりした説明。


ティスペール

dispel( RPGなどで解呪という意味で使われる)を

崩したものが名前になった。

幼少期に魅了魔法に掛かったディヴォーテを傷つけ、拒絶してしまった。

今も傷を残すディヴォーテを救う為に解呪を学び、

解呪令嬢という二つ名を得るまでになる。

けれど肝心な一番最初の呪いは、今も解けないまま。


ディヴォーテ

devote(献身)を崩したものが名前になった。

普通の魔法好きだったが、魅了魔法を掛けられ

ティスペールを傷つけたことがトラウマ。

自罰と耐性をつけるために、様々な魔法に掛かろうとする。

変わり者であるのは事件前からだが、性格が穏やかなため

令嬢に好かれやすく、知らない所で拗れていることが多い。

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