でも、やっぱ可愛いな。
息が、白い。
もうそんな時期かと、嘆いてしまう俺がいる。
去年のクリスマスは何をしたかなんていちいち覚えていない、そんなのは嘘っぱちだ。
普段張り切らない人が張り切ると大体良いことは起きない。
急に話し出して、オチもなくてつまらなかったり、酒飲みすぎて迷惑かけたり、サプライズが微妙だったり、色々だ。
だから、もう俺は張り切らないことにした。
たとえ、彼女がいようともサプライズでプレゼントをあげたりなんかしないと決心したけれど、そもそも彼女なんて出来やしなかった。
彼女が出来なくなってから3年くらい経ってしまった。それはどう考えてもこいつのせい。
「辰くん。またぼーっとしてるの?」
「寒いなって思っただけ」
この、部活の同期のせいで、大学生活は寂しいものになってしまっているのだ。今年で最後の大学生活だというのに。
「あんま、近寄んなよ」
「なんでそんな悲しいこと言うの?」
「もう疲れたから」
こいつは、田辺美波で高校の頃からの友達だった。たまたま同じ大学になったもののサークルも違ければ、学部も違うのだが、授業が被ることがあったため1年の終わり頃には仲良くなっていた。
仲良くなった時には俺にもこいつにも恋人がいて、お互い眼中になかったのだが、俺はすぐ別れて、こいつもそのうち別れるのだろうと思うくらいには通じ合っていた。
俺が別れたのには明確に理由があった。単純に美波のことが好きになったからだ。
大学生の付き合ったのだ、どうのこうのは結局そんな程度で、でも、好きになった心は純粋で、汚れきれない、難しいお年頃ってやつだ。
こいつも俺を好きなんだと思っていたが、そうじゃないらしいことに気付くのが遅すぎた。もう別れる、いつか別れる、待ってれば俺の元に。なんてただの幻想で美波が別れることも、それを匂わせることもほとんどなかった。
ただ一度だけ。一度だけ隙を見せた瞬間があったんだ。
それが去年のクリスマス。
俺は寂しく、光る街の中を寂しく歩いていた、というよりバイトから家に帰っただけだが。
彼氏といるはずの美波が一人で同じように光る街の中を寂しく歩いていた。最初見間違いかと思ったが、確かに美波だったので話しかけようとするとあいつは
逃げ出した。
気になった俺は必死に走って追いかけて、捕まえると美波の頬には赤い跡があった。まだ出来立てなのだろう。彼女は泣きながら振り解いてその場を去ってしまった。
そのことについて、触れたことはないし、触れてはいけないと思ったが、どうしても気になって、尋ねてしまった。
「あれは彼氏にやられたの?」
「そうだよ、軽蔑した?」
「いや、してないよ。無理すんなよ」
「無理なんてしてない。好きなんだもん」
そう突き通されてまで、好きでいられるほど俺は強くない、と折れることが出来たならどれだけ楽にこの1年間過ごすことが出来たのだろうか。
少し見えたはずの隙は簡単に埋まってしまった。
いや、最初から隙なんてどこにもなかったのだろう。
それでも、まだ諦められないのは友達だからなのかもしれない。だから、もう距離を取りたかった。
「何に疲れたの?」
「お前と話すのにだよ。分かってるんだろ、どうせ」
「何が?」
「何がだろうね。ほら、飯行くぞ」
『どうせ後少ししたらお互い顔を見なくなるんだ。最後まで好きでいたらいいじゃないか』
『いや、やめておけよ。辛いだけだぞ、好きなまま卒業したら』
自分の中でそんな喧嘩を何度したことか。俺はやめておく方を取った、辛いから。
だけど、だけど、このくらいのことはさせてくれ。もう最後だから。
「急にご飯なんて、どんな風の吹き回し?」
「最後に一回くらいいいだろ」
「なんで最後なの?」
「最後だから」
「意味わかんない」
時刻は予定通り、18時。
もう外は暗く、イルミネーションは綺麗に輝いていた。
君が、彼氏と会うのは20時。後2時間ある。
「ねぇ、どこ行くの?」
「内緒」
いつも買い物に付き合わされてたから、君が好きな店くらい知ってるよ。
いつもお茶に付き合わされてたから好きなカフェくらい知ってるよ。
いつも勉強付き合わされてたから君が行く本屋くらい知ってるよ。
いつもそばにいたから君が彼氏のためにおしゃれしてたのくらい、知ってるよ。
「はい。ここで好きな洋服買いなよ。それでデート行きな。それが俺のプレゼント」
「え、そんな」
「洋服はコインロッカーにでも預けて行けばバレないでしょ」
「そういうことじゃなくてさ」
「いいんだって、言っただろ。最後だって」
美波は少し申し訳なさそうだったが、目の前に広がる洋服たちに少し嬉しそうにもしていた。
「高いって言っても知らないんだからね」
そう憎まれ口を叩いて、嬉しそうに店員さんと話しながらフルコーデを完成させていた。
嬉しそうに選ぶ君を見て、俺は途中から時間を気にするのをやめて時計を見なくなった。このまま時間が来て、やっぱり俺とこのまま、なんてあり得ない妄想さえもしていた。
「見てみて、これにしたの」
「あーかわいいかわいい」
「何その言い方、あ、やばい。もう行かなきゃ」
呆気なく終わりの時間は来てしまった。
「辰くん、本当に良かったの?」
「何が?」
「だって、辰くん、本当は」
「それは言わないのが、暗黙のルール、だったはずだろ」
「ごめん」
一段と綺麗になったのに美波は悲しそうな顔をしながら、待ち合わせの駅へと向かおうとしていた。
「やめてくれ。そんな顔、気に入らなかったのか?」
「とっても気に入ったし、とっても嬉しかった」
「だったら、そんな顔やめてくれ。俺は後悔してないんだ」
「そうだね。分かった」
そう言うと、美波は軽い足取りで駅へと向かった。
後悔してない、なんて嘘っぱちだった。
だから、言っただろ。普段張り切らないやつが張り切るといいことないって。
こんな切なくて、こんな悲しくて、こんな寂しくなるんだ。
君が好きだ。そんなことも言えなかったけど、君が楽しいならもうそれで構わない。
メリークリスマス。