良い人生でした。
色鮮やかだった木の葉も全て抜け落ち、窓から見える庭はすっかり灰色の景色に変わってしまった。
「もう、来年の庭を見ることはできなさそうね……」
「母さん!そんなこと言わないでくれ!!」
「そうですよっ!まだ、まだ一緒にいてくださいっ!!」
私の言葉に、息子であるフォルクとその妻であり、この家の嫁であるスティカが嘆くように声を上げた。
大切に思ってくれている。
その事実が嬉しくてなんとか安心させてあげたかったけれども、体を起こす事もできないほど私は弱っていた。
「フォル……愛してるわ」
ー愛しい息子。貴方が生まれてからずっと、大切で、大切で仕方がなかった。
「スティカ……これを……私の家に代々伝わるペンダントなの。貴方にあげるわね」
ー優しい嫁で、私を慕ってくれていた。だからこそ、貴方にこれを渡したい。
小さな宝石がついているだけのペンダントを差し出すだけなのに、私の腕はプルプルと震え今にも落としてしまいそうだ。
スティカは、差し出したペンダントではなく私の手を握りしめた。
「お義母様……」
私の手にポロポロとスティカの暖かい涙がこぼれ落ちる。
「ああ、泣かないでおくれ……私は、幸せだったよ」
ーそう、幸せだった。
親同士が決めた結婚だったけれども、夫にも愛され、子にも恵まれ……
そして、終わりを迎えようとしている今も、こうして別れを惜しんでくれる。
スティカの涙を拭ってあげたいのに、出来ないことが残念だがそれはフォルクがしてくれるだろう。
この子は優しい子に育ってくれたから……
そう思って目を閉じようとした時だった。
バンっ!!!
荒々しく扉が開くと同時に「おばあさま!!!」と愛らしい声が部屋に響いた。
「サミュエル……」
ーああ。この子、この子がいた。私の唯一の心残り。私の可愛い孫……
知らせを受けて走ってきたのだろう。
息を荒たげ、私に近づくと縋るように抱きついてくれる。
「おばあさまっ!嘘ですよね?お別れなんて、嫌ですっ!!僕は、僕は……」
「ごめんなさい……私も、貴方の成長を見届けたかったけれど……もう、無理みたい」
「そんな……!おばあさま、嫌です……!ずっと、一緒にいてくれるって約束したじゃないですか!!」
「ごめんよ。ああ……そんなに悲しそうな顔をしないでおくれ」
ーもう、慰めることも抱きしめることもできないのだから……笑って……
ああ、意識が遠のく。
最後に、サミュエルにも、愛していると伝えてあげたかったのに。もう、声を出すことすらできない。
さようなら……心から、愛していましたよ。本当に、幸せだったわ………
こうして私は、この世界での生を全うした。