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第77話 新しい敵

 人間の世界に潜む闇。それが彼等の、「陰」の正体だった。彼等は人間の本質を恨んで、その繋がりを「壊そう」と考えた。それが壊れれば、人間の世界も壊れる。彼等の嫌う世界が、その根幹ごと崩れ去る。彼等は人間の社会に潜み、旅人の姿を借りて、その破壊を粛々と進めていた。そんな折りに現われたのが、「人間の敵」とも言うべき魔族である。


 魔族は人間との対立を選んで、当初は人間の社会を崩壊寸前まで追い込んだ。「ここまで攻めればもう、人間側は滅ぶしかない」と言う風に。彼等は人間社会の根幹を揺るがしたが……「それ」に複雑な思いを抱いたのは、他でもない陰の人々だった。彼等は魔族の侵略を喜びはしたものの、その侵略対象に自分達も入っていたので、それを素直に受け入れるのは難しかった。彼等の侵略が進めば、自分達の目的も果たせる。

 

 だがもし、その過程で邪魔が入ったら? 自分達は、自身の目的を果たせなくなる。自分達の憎んでいる世界が仮に滅んでも、その崩壊に心から喜べなくなる。彼等は世界の崩壊こそ望んでいたが、それは彼等自身の手でやらなければならず、それ以外の事で得られた平和には、「憎悪」を超えて「憤怒」しか感じられなかった。自分達の手で目的が果たせないのであれば、その平和にも価値はないのである。


 彼等は人間と魔族の中間に立って、表面上では魔族と同じ行動を取り続けたが、その裏では「それすらも滅ぼそう」とする恐ろしい集団になっていた。深澤栄介の前に現われた者も、そんな集団の一人だったのである。彼は栄介の力に気付いたようだが、「そこから逃げよう」とはせず、謎の技能を使って、目の前の少年に襲い掛かった。

 

 栄介は、その攻撃を迎え撃った。攻撃の内容は摩訶不思議だったが、そこは最強の悪魔らしく、お得意の三叉槍でそれを捌けたらしい。相手がまたも自分に襲い掛かった時も、敵の方に槍を振り回して、相手の攻撃を捌いてしまった。栄介は「ニヤリ」と笑って、正面の敵に向き直った。正面の敵は今も、彼の様子をじっと窺っている。


「確かに強い部類だね? でも、僕の敵じゃない。こんな程度の力じゃ」


 確かに勝てないだろう。最強の存在である彼には、「それに抗うだけ無駄だ」と思われた。だがそれでも、陰は彼の前から逃げない。彼の言葉に苛立ちこそするが、その存在から「逃げよう」とはしなかった。陰は周りの背景に紛れ込む力、保護色のような力を使って、栄介の死角(索敵のスキルが使われている以上、今の彼に死角は無いが)にスルリと這入り込んだ。「シネ……」


 栄介は、その言葉を無視した。それを聞く必要もなかったし、それ自体に脅える必要もなかったからである。相手が自分にどんな攻撃を仕掛けて来ようが、それに自分が敗れる事はない。邪神の加護を受けている以上、その事実だけは決して覆られないのだ。覆らない事実があるのなら、その不安にもまた脅える事はない。目の前の敵をただ、叩き潰すだけである。栄介は自分の両手に持った槍を回して、相手の身体にそれを振り下ろした。「死ね」

 

 陰は、その言葉に応えなかった。それに応えたくなかったのもあるだろうが、栄介の槍が襲って来た事もあって、それに「応えよう」とする意識がなかったらしい。栄介が陰の片腕を切り落とした時も、その腕をじっと見ただけで、それ以外の反応は全く見せなかった。陰は栄介の前から離れて、相手の出方をじっと窺い始めた。


「ツヨイ、が」


「なに?」


「オソレル敵デハ、ナイ。相手ノ隙ヲ見極メレバ」


「勝てる? ふん! それはちょっと、甘いんじゃないかな? 僕は、こう見えても」


「最強ノ悪魔」


「え?」


「せんたーノ情報ヲ調ベタ。オ前は、最強の悪魔。ふかざわ・えいすけ。タッタ一人で、あーてぃふぁくとの軍勢ヲ倒シタ逸材。オ前ハ、世界ノ調和ヲ乱ス」


「存在じゃない。僕はただ、自分の気持ちに従っているだけだ。自分の気持ちが満たされるように。僕は君の言う、悪魔じゃ」


「隠サナクテ良イ」


「なに?」


「オ前の事は、既二調ベガ付イテイル。ふかざわ・えいすけは……ウッ、使エル人間。決シテ悪イヨウニハ、シナイ」


 栄介は、その言葉に黙った。「それは一種の脅しである」と、そう内心で思ったからである。ここで相手に余計な事を言えば、この状況がよりややこしくなる。ある程度の面倒事なら受け入れる栄介だが、今回の場合は「それ」を遙かに超えていた。相手の言葉にもし、耳を傾ければ……きっと面倒な事になる。それもただの面倒ではなく、飛び切り面倒な事に巻き込まれるだろ。


 現代社会の人間関係を学んでいた栄介には、それが意図しなくても分かってしまった。相手はきっと、「そっちの側に自分を入れよう」としている。その目的も分からない組織に「自分を取り入れよう」としている。そう考えると、やはり素直には頷けなかった。栄介は相手の出方を窺って、自分の槍をまた構え直した。「『断る』と言ったら?」

 

 相手は、その言葉に武器を下げた。それにどうやら、何かの感情を抱いたらしい。相手は栄介の顔をしばらく見ていたが、やがて地面の上に目を落とした。地面の上には、彼に斬られた自分の腕が落ちている。


「勿論、殺ス。我々ニハ、『敵』ト『味方』シカイナイ。モシモ、我々ノ側ニ付カナイノデアレバ……」


 そこで突然に変わる、相手の口調。相手は今までの片言を忘れて、栄介と同じように喋り始めた。「お前の身体を切り裂くだけだ!」


 栄介は、その言葉を嘲笑った。それを言う気概は良い。栄介の力に恐れず、敵に挑む気持ちも良い。栄介が自分の槍を振り上げた時も、それにただ笑っただけの態度も良かった。最強の悪魔に挑むだけはある。でもやはり、そう上手くは行かない。栄介への敵意がどんなに強かろうと、それが通じないなら全くの無駄である。


 栄介は相手の攻撃を躱して、その身体に槍を振り下ろした。槍は、相手の身体を引き裂いた。それも、一刀両断に。頭の先から足の先まで、真二つにしてしまったのである。栄介は自分の攻撃に敵が悲鳴を上げる中、楽しげな顔でその断末魔を聞き続けた。「汚い悲鳴だ。これじゃ、男か女かも分からない」

 

 ホヌスも、その言葉に頷いた。ホヌスは敵の力に不安を覚えていたが、栄介が「それ」を破ってくれたお陰で、その気持ちをすっかり忘れられた。「そうね。これじゃ、本当に分からないわ。陰の本体が、何なのかも」

 

 分からない。そう言い掛けたホヌスだったが、栄介の倒した陰がまた立ち上がった瞬間、その言葉を思わず飲み込んでしまった。ホヌスは自分の後ろにサフェリィーをやって、自分の正面にまた向き直った。彼女の正面には勿論、あの陰が立っている。陰が栄介の攻撃を受けた状態で、その地面にフラフラと立っていた。「どうして?」

 

 陰は、その言葉に「ニヤリ」と笑った。まるでそう、彼女の反応を嘲笑うかのように。栄介がホヌスの前に立った時も、彼の槍に眉を潜めこそしたが、その槍自体には全く怯んでいなかった。陰は口元の笑みを消して、自分の身体を元に戻した。「とんでもない力だ。そいつがもし、本気で俺を殺しに来たなら。こうして、立ち上がる事すら出来なかっただろう。正に悪魔の気紛れだ。敵の生殺与奪は全て、悪魔の気紛れに委ねられる。本当に恐ろしい敵だよ」

 

 ホヌスは、その言葉に聞かなかった。それに出て来た悪魔の気紛れ、その部分にどうしても苛立ってしまったからである。ホヌスは得意の読心術で、栄介の心を読み取った。栄介の心は、この状況を楽しんでいる……だけではないらしい。それを楽しむ一方で、相手から更なる情報を聞き出そうとしていた。ホヌスは、彼の遊び心に眉を寄せた。「栄介君」

 

 栄介は、その言葉に「ニヤリ」とした。その言葉に秘められた意図を察したからである。


「小者を倒しても、意味がない。どうせ倒すなら、コイツ等の」


「元締めを倒す。それは、分からなくもないけど? 貴方には」


「やる事はあるよ? でも、それは急ぎじゃない。最初の頃にも、言ったけど。『冒険』って言うのは、ゆっくりと楽しまなくちゃ? そうでないと、折角の浪漫も消えてしまう。コイツの元締めを倒すのは、要塞落としのついで、魔王討伐のオマケだ」


 栄介は真剣な顔で、陰の顔を睨んだ。陰の顔は、その眼光に怯んでいる。


「そうでしょう? 君達の目的がどうであれ、全ては僕の気分次第だ。相手の命を奪うかどうかも、この気持ち次第で変わる。君達は言わば、僕の盤上で動く駒だ」


「盤上で動く駒、か。確かにそうかも知れない。そうかも知れないが、お前は『それ』で良いのか? 自身の快楽を満たすだけで、その大義を掲げずに。お前は、自分だけの快楽に酔いしれて」


「それの何が悪い?」


「うん?」


「人間は、感情の生き物。感情の中に潜む、欲望に従う存在だ。欲望は、人間を人間にする。自分の欲望から目を背ける人間は、その時点で既に人間じゃないんだ。誰かの決めた倫理に従う時点で、それはもう」


「下劣……うっ、だな。大義も何も無く、自分の欲望にだけ従って。真面な人間とは、思えない。真面な人間は、自分の世界に責任を持つ筈だ」


 栄介は、その言葉に「ニヤリ」とした。それが彼の言う大義ならば、随分と勝手な正義である。誰が頼んだ訳でもないのに、その大義を振り翳して。己の大義をひけらかす。相手の器を図って、それに等級を付ける。陰自身は「それ」に気付いていないかも知れないが、陰が表情の中に見せる態度や、自分と相対する敵意には、それを示すような雰囲気が感じられた。


 栄介は相手の戦意に呆れながらも、楽しげな顔で相手の顔を睨み返した。「そんな物は、持ちたい人が持てば良い。僕は、自由が好きだ。自分が寝たい時に寝て、食べたい時に食べる。それは人間の持つ、本来の姿だろう? 人間が、その文明を築く前は。そう言う生き方が、普通だった筈だ。自分の意思だけに従って、自分のやりたいようにやる。君の言っている事は、人間の本質を否める事だ」

 

 陰は、その言葉に押し黙った。「それは本質でも何でもない、文字通りの我侭である」と、そう内心で思ったらしい。それがどんなに酷く、人間の歴史を苦しめたのかも。彼は人間の歴史を振り返る中で、その愚かさをじっと考え始めた。「『本質が人間を救う』とは、限らない。それに従った所為で、その文明が滅ぶ事もある。お前は……くっ、『それが正しい在り方だ』と言うが。俺からすれば、そんなのは戯れ言でしかない。自分の事だけしか考えない、自分勝手な人間の言う戯れ言。お前は自分の力に酔って、その戯れ言に甘えているだけなんだ」

 

 栄介は、その言葉に呆れた。それもただ呆れただけではなく、心の底から笑ってしまった。彼のような人間こそが、「人間社会を壊している」と言うのに。彼には、その事実がまったく分かっていなかった。栄介は「ニヤリ」と笑って、陰の顔を睨んだ。陰の顔はまたも、その眼光に怯んでいる。


「欲望の否定は、人間社会の否定だ」


「なに?」


「言葉通りの意味だよ。人間は自分の欲望に従ったからこそ、その社会を進められたんだ。昔よりも便利に、今よりも快適に。人間が自分の欲望と向き合わなかったら、この文明だってきっと」


「それは、もしもの話だ。何の根拠も無い。人間は、自分の欲望に従わなくても」


「生きられないよ。欲望は、人間の根幹だから。人間の根幹を否める事は、人間自体の存在を否める事だ。僕や君の存在自体を」


「俺も、『お前の同類だ』と言うのか?」


「そうだよ」


「冗談じゃない。俺は、お前の同類では」


「ない? それは、有り得ないね。君達はどんな理由であれ、『この世界を変えよう』としている。変えようとする意思は、それ自体が欲望だ。今とは違った世界を造ろうとする欲望、自分達の意思を通そうとする意思だよ。『自分達の世界を作ろう』って。その意味では、君も僕と同類だ。欲望の方向が違うだけで、『自分の欲望を満たそう』と言う点じゃ同じなんだよ?」


 陰は、その言葉に俯いた。その言葉が余りに悔しくて、自分の足下に目を落としてしまったらしい。陰は自分の足下をしばらく睨んだが、やがてまた栄介の顔に視線を戻した。


「殺すのか? 俺の事を」


「君が引かないならね? そう言う手も、考えなきゃならない」


「そうか……」


 陰は、栄介の目から視線を逸らした。それが「彼の葛藤」と言わんばかりに。


「俺の命を奪えば、俺の組織がお前を狙う。組織の規模は、大きい」


「だろうね? そうでなきゃ、冒険者の情報なんて知らない。それが余程に有名な冒険者でなければ。君は、君達は諜報機関もある、恐ろしい組織だ。それでも」


「恐れない?」


「恐れる敵じゃないからね? 普通の敵がどんなに攻めて来ても、それに脅える必要はないでしょう? 相手の方が、しつこかったら別だけどね? それ以外は、特に恐れる必要はない」


「平行線だな?」


「確かに。でも、それは話す前から分かっていた事」


 栄介は、相手の目を睨んだ。相手も、栄介の目を睨み返した。二人は互いの目をしばらく睨み続けたが、陰が栄介の目から視線を逸らすと、栄介も「それ」に倣って相手の目から視線を逸らした。栄介は自分の槍を回して、相手の身体に槍先を向けた。


「まだ、やる?」


 その返事は、無言。彼の笑みにも、全く応えようとしない。


「ここまで来たら? 僕は、どっちでも良いよ?」


 陰は、その言葉に眉を寄せた。それに苛立っただけではなく、その自尊心も傷付けられたらしい。彼が栄介の目を睨み返した視線からは、彼への憎悪がしっかりと感じられた。陰は自分の剣を下ろして、栄介の目をじっと見続けた。


「止める。俺一人では、どうにもならない。お前のような人間を」


「仲間に入れる? それとも、倒す方か?」


「どっちも、だよ? このまま戦い続けても、文字通りの犬死にだ。犬死には、俺の性分じゃない」


「成程ね。でも、君を『見逃す』とは言っていないよ? 君が僕と相対している以上は」


「その決着も、付けなきゃならない?」


「まあ、そう言う事になるね。僕は、君の組織には入らない。君の組織がどんなに高尚だろうと、その思想に染まるつもりも。僕はただ、自分の自由にだけ従うつもりだ。その意味で、君との決着も付けなきゃならない。君が僕の前から退くとしても、それに何らかの証を貰わなきゃ。僕としても、自分の自由を楽しめないんだ」


「そうか、なら、お前の欲しい証とは?」


「君達が僕の仲間達を、サフェリィーやホヌス達を決して襲わない証。その二人には決して、手を出さない事。それが君達に求める、ただ一つの条件だ。それ以外の事なら別に良い。僕が君達にいくら襲われようとも、その全てに『分かりました』と応える。君達が僕との約束を破らない限りはね?」


 陰は、その言葉に眉を上げた。その言葉は甘いようであり、また同時に厳しいようでもある。「彼以外の者に手を出さなければ、こちらの行動は妨げない」と言う条件。それに決して逆らわなければ、こちらの被害も最小限に抑えられる。こちらの側に彼を誘えなかったのは残念だが、彼の力や行動原理を鑑みると、それが現状で最良の妥協点だった。


 陰は彼の意思を汲んだ上で、彼等の前に閃光弾を投げた。それが余りに塗し過ぎたため、栄介達も陰の事を見失ってしまった。栄介達は陰の消えた景色を見て、それに不思議な感覚を覚えた。


「面倒な敵が増えたわね?」と言ったのは、栄介の隣に歩み寄ったホヌスである。「魔族の側ならまだしも、人間の側に敵が出来るなんて」


 ホヌスは不機嫌な顔で栄介の顔を見たが、栄介の方は嬉しそうに笑っていた。まるでそう、冒険の新要素を楽しむかのように。この新しい敵に対して、最高の喜びを感じていたのである。ホヌスは、その表情に眉を寄せた。「栄介君?」


 栄介は、その言葉に微笑んだ。この世界に広がる、無限の可能性を感じて。

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