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負けフェチ乙女と純情少年のハッピーエンド

作者: 須方三城


 御〒(おとどけ)瑚心ココロは才女である。

 今時なってステレオタイプな委員長スタイル、即ち黒髪おさげの眼鏡姿は伊達ではない。


 だがしかし、彼女は優秀であってもトップではない。

 何故かと言えば当然、彼女をしのぐ者がいるからだ。



   ◆



 今時に珍しく。

 瑚心が通う法襲ほうしゅう大学付属高等学校は試験結果を廊下に貼り出す。

 もっとも、公開されるのは各学年の成績上位一〇〇名までと言う配慮はあるが。


 そして放課後、本日は学期中間試験の成績が貼り出された。


「…………………………」


 委員長眼鏡の奥で、瑚心は眉を顰める。


 一位 早乙女純情 九〇〇点

 二位 御〒 瑚心 八九九点


「また……負けた……」


 早乙女さおとめ純情ピュア……!

 瑚心の前に小中高を貫いてひたすら立ちはだかり続ける厚い壁!

 別名、妙に勉強ができる幼馴染の男子……!


「まぁ、順当だな」

「ッ!」


 いつの間にやら、瑚心の隣に立っていた学ラン男子。

 ソフトモヒカンだなんて気取った髪型の挙句に眼鏡もかけていないくせに頭が良いと言う理不尽の権化……!


「ピュア太郎……!」

「おい。いい加減に太郎つけるのやめろ。理由が理由だけに咎め辛いんだよそれ」


 瑚心が小さい頃に老衰したドーベルマンの名前が太郎だった。

 そして純情はどこか太郎に似ている、と言う理由から、瑚心は彼を太郎付けで呼んでしまう。

 太郎亡き後の憔悴しきった瑚心をみかねてしばらくはそれを許容してきた純情だが、さすがにそろそろやめて欲しい。


「おー、またピュア太郎に軍配かー」

「さすがは太郎」

「太郎つえーなー」

「瑚心ちゃんは太郎に勝てる日がくんのかね」

「太郎は少し自重しろ」

「そろそろ二位落ちして二郎になれや……」


 ほら、もう学年中にあだ名として浸透してしまっている。

 どころか、一部では完全に太郎に乗っ取られてしまっている。

 担任教師にまで「なぁ、太ろ……早乙女」と呼ばれた時は愕然とした。


「……今回は負けたけれど、これが当然と思わない方が良い。よく見なさい。一点差でしかない」

「お前こそよく見ろ。俺は全教科満点の九〇〇点だ。知らないのか? 満点パーフェクトとそれ以外の差は点数では無く次元の差なのさ」

「ぐ……」


 悔しいが言い返せない。

 瑚心は言葉にならない声をぐっと頬に詰めて膨らませ、踵を返した。


「あ、おい。待てよ、おいてくなって」

「今日は独りで帰る!」

「あー……ったく。毎度いじけやがる」


 やれやれ、と溜息を吐き、純情は瑚心の背中を見送った。


「今日は俺も独りで帰るか……」

「……うわー、さらっと普段はいつも異性の幼馴染と一緒に帰ってますアピール出たよ……」

「……リア充太郎が……」

「……一気に五郎くらいまで落ちちまえば良いのに……」

「おいそこ! 変な邪念送ってくんのやめろ! あと俺とあいつはそんなんじゃねーから!」



   ◆



「……………………」


 自室に帰りつき、瑚心はベッドにカバンを投げ捨てた。


「また負けた……!」


 その顔に浮かぶのは――恍惚。


「あいつほんと天才過ぎぃぃ……」


 はふぅ、と蒸気に濁ったような息を吐き捨てて。

 瑚心は腰を抜かしてしまったらしくその場にへたり込んだ。


「今回も勝てなかったぁ、悔しいなぁ、気ん持ち良いぃぃなぁぁぁ~……!」


 …………………………。


「『順当だな』って、あふぁあああ完全に見下されているぅぅ……この私が……! あいつがいない場所ではトップでしかない私がぁぁはあぁああああ~~~~もうほんとあいつしゅごいわぁぁぁ……!!」


 瑚心は腰をがくがくさせながら這いずって、ベッドの下からある物を取り出した。

 それは、ツギハギだらけのドーベルマンのぬいぐるみ。

 手製のパッチワークではなく、既製品だが、とある事情によりツギハギだ。


「ふーッ、ふーッ、もっと、もっと頑張らなきゃあ……もっともっと頑張ってぇ……次はもぉぉっと悔しい思いをするのぉぉ……!!」


 ドーベルマンのぬいぐるみことピュア太郎ドッペルをぎゅうと抱き締めながら、瑚心は嬌声と共に身悶え。

 興奮の余りに脳のリミッターが外れているのだろう。

 ピュア太郎ドッペルは中の綿が極限まで圧迫され、生地の内側でミシミシと軋みが鳴っている。


「そうだぁ……次はテスト前に『たくさん勉強した』アピールもしよぉ……そしたらぁ、そしたらさぁ~、ピュア太郎はきっと今まで以上に私の努力を嘲笑ってくれるよねぇぇぇ~~~~~ッッッ!!」


 ついに生地の限界。

 バツンッ! と音を立てて、ピュア太郎ドッペルが弾け飛んだ。


 舞い散る生地と綿の中、瑚心は息を荒げたまま床に突っ伏す。

 頬の紅潮は耳にまで広がり、半開きの口からはだらしなく舌と唾液がこぼれて床に水たまりを作る。

 妙に太腿は汗ばみ、腰は意味深にがくんがくんと上下。


「ひひ、ひひひ……ひひひひひ……」


 ――そう。

 何を隠せようか。

 瑚心は生粋の【負けフェチ】である。


 ただし、ただの負けでは興奮できない。

 全力も全力、渾身全霊で挑んだ上で負けた時、彼女の脳は蕩ける。


 悔しい事が感じる。

 懸命な抵抗も虚しく圧倒的な実力差で圧し潰される時に至福を覚えるのだ。


「期末テストがぁ、待ち遠しいなぁ……」



   ◆



 一位 御〒 瑚心 八九九点

    ・

    ・

    ・

 八位 早乙女純情 八〇一点


「………………ぁ?」


 余りの事態に瑚心の眼鏡に蜘蛛の巣状の亀裂が走る。


「…………………………」


 これまたいつの間にか隣に立っていた純情。

 非常に気まずそうに無言。


「……どう言う事よ、八郎」

「誰が八郎だおいコラ」


 名前と席次連動させるのやめ……って太郎は名前じゃあねぇ! と純情はぎゃあぎゃあ騒いでいるが、瑚心の耳には届かない。


「あ、あんたさ……私がどれだけこの日を楽しみにしていたと……」

「ちっ、勝ち誇って笑いたきゃ笑えよ。どうせ来月にゃあ全国模試だ。三日天下って言葉を体感させてやらぁ」


 違う、そう言う意味での「どれだけこの日を楽しみにしていたか」ではない。

 瑚心は「待望が叶った方」ではなく「期待を裏切られた方」の意味での「どれだけこの日を」感に襲われているのだ。


「……あんた、何かあったの?」

「べ、別に……」


 何かあったようだ。

 それもそうだ。

 あの純情が八郎になるだなんて絶対におかしい。


 瑚心は八郎の襟を引っ掴み、早急に壁に叩き付けた後、流れるように壁ドン。


「吐け、八郎」

「伏せみたいなノリで言うなあと純情だそして顔近いってかお前の眼鏡すげぇ割れてるけど見えてんのそれ!?」

「人前では言い辛い事?」

「話を聞けよ! べ、別に何もねぇって……」

「埒があかない」


 瑚心は再び八郎の襟を引っ掴み、引きずるように移動を開始。


「ちょちょちょちょぃ!? おまッ、どこに連れてく気だよ!?」

「他人の目を気にせずにじっくり尋問できる場所」

「何それ恐い!?」



   ◆



 ――瑚心の部屋。


「……何か、綿とか布の破片がチラホラ……」

「今日に向けての興奮で昨日やらかしたばかりだから。気にしないで」


 幻想に散った甘い夢の儚い残滓である。


「つぅかおまえの部屋、久しぶりな気がすんな。最近じゃあ遊ぶにしても外だし……」

「話を逸らさないで、八郎」

「純情だ。そろそろお前でもはたくぞコノヤロー」

「なんで八郎になってしまったの? 原因には心当たりがあるんでしょ?」

「それは……」


 八郎はばつが悪そうに頬を掻きながら目を逸らした。


「八郎」

「いやだから純情」

「これを見て欲しい」


 そう言って瑚心がベッドの下から取り出したのは、ツギハギだらけのドーベルマンのぬいぐるみ。


「この子の名前はピュア太郎ドッペル。そして、このままとぼけ続けた場合の、未来のあなただと想定して欲しい」

「はぁ? つぅかお前、俺の名前をなんて酷い有様のぬいぐるみに……って俺は純情でピュア太郎じゃ――」


 八郎のノリ突っ込みの最中。

 ンッパァンッと言う破裂音と共に、ピュア太郎ドッペルが爆裂四散した。

 瑚心に全力で抱き締められて、あまりの圧力に弾け飛んだのだ。


 八郎を指して「未来のあなた」と宣言したピュア太郎ドッペルを、木端微塵に抱き殺してみせた。


「…………………………」


 舞い散る布片と綿の雨の中、サァーッと音を立てて八郎の顔面が蒼白に。


「何があったの?」


 おすまし顔で脅迫である。


「…………………………」

「……そう。お好みは前抱き? 後ろ抱き? 横抱き?」

「ひぇッ、ご、ごめッ、話します! 全部話します!」

「素直でよろしい」



   ◆



「………………スケベな妄想で頭がいっぱいになって、勉強が手につかない?」

「そうだよ……端的に言って思春期だよ……!」


 こいつにだけは知られたくなかった……! と八郎は床に手をついて男泣き。


「……え、バカなの?」


 それが瑚心の第一の感想である。


「お前にはわかんねぇよ……思春期男子が『俺は今スケベな事を考えています』って事を知られる恐怖を……!」

「その意味不明なプライドはともかく、いや、ほんとにバカなの?」

「バカじゃあねぇよ! 俺はただのスケベだよぉぉぉーーーー!!」

「何の慟哭」


 性欲を持て余して成績が落ちるとか。

 性欲由来のモチベーションで勉強する瑚心には完全に意味不明な話である。


「ふむ……」


 共感はできないが、まぁ理解はした。

 であれば次は、対策の思案である。


「発散する、しかないのでは」

「自分でしろって言うのか……この俺に……!」

「いや何その雰囲気」


 どうやら、ここでも謎のプライドが発動しているらしい。


「……………………」


 自分でするのが嫌、となると、誰かにしてもらう以外に方法は無い。

 しかし、この思春期を極限まで拗らせたような八郎の雰囲気……協力者がそう簡単に見つかるとは……。


「あ、そうか。私か。私の据え膳だわこれ」

「あん?」

「服脱げ」

「はぁ、何言うぇおあああああああ!?」


 びりびりびりぃいいいいッ!! と言う軽快な音を立てて、かなり厚手であるはずの学ランが引き裂かれる。

 瑚心がいともたやすく引き裂いてみせた。実にパワー。


「俺の学ランンンン!! おま、一体何を……ワイシャツゥゥゥーーーッ!!」


 続けてワイシャツも下に来ていた白シャツもろともびりびりむしゃあ。

 勉強付けにしてはそこそこ引き締まった八郎の裸体が露わになる。


「おま、おま、おままままままままままま……」

「よいしょ」

「-------ッ!?」


 続けて、瑚心は自らのセーラー服をびりびりと引き裂いた。


「ちょ……せめてお前は普通に脱げば!?」

「こう言うのは雰囲気が大事だと保体の教科書に書いてあった」

「だとしたら悪手じゃあねぇかなー!?」

「うるさい、抱け」

「急激にワイルドーッ!? ってあれ!? そこはお前から来ねぇの!?」


 ワイルド発言をしておきながら瑚心はぽてんと一人でベッドに転がり、無抵抗を示すように両手を交差した仰向け、ファラオミイラスタイル。


「ひとつだけ、今、あなたの服を剥ぎ取って確信した事がある。私は攻める側では昂らない」

「……は?」

「私は、上から来られないと興奮しないと言っている!」


 負けフェチだから。


「と言う訳で八郎、早く」

「いや、純情」

「細かしい」

「……え? いや……て言うか……マジで……?」

「冗談で学ランとセーラー服を引き裂くと思う?」

「それはマジでもやって欲しくなかった……結構高いんだぞ、学ラン……」

「お年玉の貯金で弁償するから大丈夫。早く来い」

「ちょいちょいワイルド……いや、来いって言われても……何をどうすれば良いのか……」

「男らしく『よっしゃあ』って感じですれば良いと保体の教科書に書いてあった」

「よっしゃあ……か」

「そう。よっしゃあ」

「ッ……じゃ、じゃあ、その……行くぞ」

「早く来い」

「よ――」



「「よっしゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」」



 SEX ON(HAPPY END)!!


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― 新着の感想 ―
[良い点] 最後の雑な丸投げ感が途方もなく好き とても面白かったです [一言] なんかこのお話を読んだら語彙力が消えました( ˙-˙ ) どうしてでしょう( ˙-˙ )
[良い点] 好きだわ
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