第一話その3
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レオナードは又しても生きている。
一つの物語でこうもしぶとく生存する人間は、おそらく私が責めたところで死ぬことはないのかもしれない。
まあ、そんなことはどうでもいいのだよ。
わちき、君が悔い改めればそれでいいのだよ。
「あ〜、頭の中がぴょんぴょんするんじゃ〜」
わちきは面倒臭そうに髪の毛をかきむしった。
レオナードは心配そうに、
「それは統合失調症とかいうやつじゃないのか?」
「いんやぉ〜、わからんわ。幻聴じゃないとは思うんだけどな」
「統合失調症の人間はそういうらしいぞ?」
「ははは、じゃあそうかも」
そしてタマゴはなぜか椅子にくくりつけられていた。
わちきに抗議する。
「なんでこうなってるんだよ! 手伝ったのに!」
「騒がれたら面倒だからな。回復するまでしばらく居させてもらうぞ」
「だからって、こんなことしてもすぐばれるぞ! 傷がふさがるなんて何日もかかるだろ!」
「それもそうだな、お前がいろんな人に話せばすぐにばれる」
そう言ってわちきは茶色で毛並みのいい羽を一枚取り出した。さらに、タマゴの首筋をこそばし始める。
タマゴはそれを見て全て察した。
「ははは、それでこそばして僕を屈服させるつもりか? 甘いんだよ!」
「これを舌に突き刺します」
「ファア!?」
「だって喋るんだから舌攻撃しないと」
「助けてぇ!」
レオナードがベッドからわちきを引き寄せて、
「騒ぐな、だれかきたぞ」
わちきは羽の根をタマゴの舌に突きつけて彼を黙らせる。
今度は女の人がスタスタと歩いてきた音だ。どうやら隣には先ほどの勇ましい男もいるようだ。
「フィン、本当に不審者がいたんでしょね?」
「はいお母さん、タマゴの悲鳴がそう言っていました」
「たくっ、私の手を煩わせるんじゃないよ。これだからあんたは売れ残るんだよ」
「すみません」
そのうち、女からガサガサという布の擦れる音が聞こえてきた。
さらに、金属の擦れる音も聞こえ始めた。
そして、女はジャラジャラと豪勢な赤いドレスを揺らしながら、首元と指にたくさんの装飾品をつけて、わちきたちのいる部屋のドアを開けた。
「ここは探したの?」
「探してません」
「たく、まあいいわ誰もいないようだし」
彼女の言った通り、その部屋にはすでにわちきもレオナードも、そしてタマゴも椅子を残していなかった。
すると、女は着飾ったドレスと装飾品が重かったのか、先ほどタマゴが座っていた椅子に腰をかけると、自慢げに、
「あの子は可愛いからねぇ。高く売れるよ。このまえだって金持ちの夫婦が覗きに来たんだよ。なんでも言うことを聞いて、頭も良くて、可愛い子はいませんか、ってね。私はすぐタマゴ(あのこ)の資料を渡したわよ。するとこの子にしたいって言ってくれたの。フィン、いくらだったと思う?」
フィンの服は女のものに比べかなりラフだ。300円くらいで売っていそうな白地のTシャツにいるかと海が描かれいてる。チノパンをはいていた。
勇ましかった男もすっかりか弱く、
「わかりません」
「二千万さ。これだけの金額なら熨斗つけてくれてやるわよ」
「はいお母さん、ですがタマゴはみんなと仲がいいです。急にいなくなったら孤児のみんなに私たちが孤児を売っていることがばれてしまいますよ?」
「ばれないようにするさぁ、ばれたらまた売ればいいわよ」
さらに続ける。
「あんな奴ら金を運んで来なけりゃ養いやしないっての」
さらに続く。
「だいたい、買う方も買う方かねぇ。子どもくらいストリートでいくらでも拾ってこれるのに、やっぱりきちんと育てられているところじゃないと買いたくないってい言うんだよ。バカだねぇ」
さらに続く。
「国も偉そうなもんさ。子どもをなんだと思ってるんだろうね。私に食い物にされてるとも知らず、増税増税、せめて育児をする過程に減税でもしてやったら子どもも増えるだろうに。そうじゃないから捨てる親が出る、拾った私がいて、買うバカがいる。最高のビジネスじゃないか。フィン、早くタマゴを探してくるんだ、金の卵をね」
そうやって言い放つと高らかと笑って見せた。
その時、女の後ろから嗚咽が聞こえる。誰かが泣いているのだ。
「おやぁ?」
女がそう言うとフィンをアゴで使って後ろのクローゼットを開けさせた。
そこにはやはりタマゴが息を潜めていたが、女の本性を知って嗚咽をあげながら泣いてしまっていた。
フィンが彼を捕まえて女の前に持ってくると、女は高らかと笑う。
「聞いてたのかい、そりゃ良かった。送別会の手間が省ける」
「あはははは、元気でやるんだよ」
「きっとお前の新しい親はお前を大切にしてくれるさ」
「二千万で売れてくれてありがとうね」
「あははははははは」
あ、こいつは悪い奴だ。
そう誰かがつぶやいた。
ボキッ!
その時、女の首視界が90度回転し、崩れ落ちた。
後ろにはわちきがいた。冷静に、憤怒とため息を繰り返し、ひたすら落ち着こうとしている。
タマゴも目を見張った。目の前で女がたった今殺されてしまったのだ。
唖然としていると、フィンが低い声で悲鳴を上げた。
「母さん!」
すると、彼の後ろからレオナードが毛並みのいい茶色の羽の根を刃にそれをフィンの首元へと近づけると、
「少し黙れ、その子どもを下ろせ」
フィンも仕方なくタマゴを降ろすが目の前の自体が理解できていない。
「なぜこんなことを……」
わちきは悪びれる様子もなく、
「すまん、条件反射だ」
「ふざけるな! おまえが何をしたかわかっているのか!?」
「おまえらが子供を売っていたことはわかってるが?」
勇ましい男は厄介な相手を敵に回した。
このことを警察に話せば確実に法に触れるだろう。
ならば黙るしかないが、彼は許せない。
それに、決定的なことがあった。
「この孤児院に住む子供達の面倒を誰が見ていたと思っている! 彼女がいなければ経営は破綻するぞ! おまえは粉の孤児院を潰したんだ! わかるか!?」
レオナードはとあることをひらめく。
「わちき、いいことを思いついたんだが」
「それわちきも考えていたところだよ」
彼らはひっそりと笑った。
4
天井は寂れ、カーテンは黒く、床は地理だらけ。
この孤児院は清潔感がまるでない。どちらかというと刑務所のようだった。
レオナードはフィンを連れてその場所にいる。
ここは孤児院の自由スペースだ。
食事を始め、あらゆることを行う。もちろん、異例の自体があればこのばで報告がある。
レオナードはミリタリー服についた泥を必要最小限だけ払い落すと、髭だらけの顔を前に出して、その場を伺った。
「だれ?」「髭だ〜!」「おっさんかよ」
たくさんの声がするが、基本的に子供。皆、地理だらけのこの場所の地べたに座り込んで、レオナードの発言を待つ。
レオナードはじっくりと眺め、子供一人一人の顔を覚えると、こういった。
「みなさん、この孤児院の院長が急な転勤でしばらく帰ってこれなくなってしまいました〜。しばらくの間は私たちが面倒を見るから、我慢してね?」
髭ズラのおっさんにしては優しくつぶやいた。
それが逆にキモくもあり、滑稽でもある。
子供達はその髭に数秒だけ見とれると、今の話などどうでもいいように隣同士で雑談を始めた。
ゲラゲラと笑い、次のご飯の話をする。
フィンはレオナードを睨んではいたが、こうするほかなかった。
彼は子供を売りたくはなかったし、この子供達を大切にしていたからだ。
院長のやり方には散々怯えていたし、さからエバ返り討ちにあっていただろう。
だからこそ、彼らが院長を殺した時は少々焦ったが、フィンはその後心のどこかでこの孤児院を立て直す決意を固めていた。
幸い、レオナードとわちきが手伝ってくれるという。かなり不審人物ではあるが、このご時世では頼らざるおえないだろう。
すると、一番背の高い角刈りの男の子が不服そうに、
「別にいいけど、レオナード(おっさん)はだれなんだよ? お前のことなんか信用できないんだよ」
これは手厳しい。
だが、孤児院は色んな境遇の人間がいる。信用という言葉は常人より重大だ。
レオナードは髭を整えると、
「私は、国の役員だ。過去にはエクレツェアという場所で衛兵を務めていた経験もある。だが、だからと言って衛兵のような厳しい教育をする気はない。安心してくれ」
もちろん、この国の役員ではない。
だが、衛兵の話は本当だ。
彼はエクレツェアという場所で赤羽のレオナードと呼ばれていた。
フィンはその経歴に審議を問いたかったが、それが審議に関わらず厄介だということがわかっている。
男の子もそれを聞くと同じように思い、息を潜めた。
レオナードは質問を返す。
「君の名前は?」
「亮太」
ふつうか。
レオナードは首をかしげた。
「和名だな。ここは西洋的なイメージだったが」
フィンが補足する。
「ここは移民の国でもありますから」
いつの間にか敬語になっていた。
フィンが皆に伝える。
「報告は以上だ。みんな、今日の支度を進めるように」
はーい、と返事が出ると、子供達は皆どこかへと向かっていった。
レオナードが尋ねる。
「フィン、子供は何をしに行くんだ?」
「あいつらはこれから路上で物を売ったり、魔力を使った芸をしたりして稼ぐんだよ。それがこの孤児院のルールだ」
「は? そんなことで満足のいく収入があるのか?」
「いや、ほとんどは子供を売った金で経営していた。それをお前らが殺してしまったんだ。引き継ぐというのならば話は別だが、警察には届け出るからな」
「脅迫か」
「そうだ」
「わかった」
立場が逆転していたことにレオナードは感心していた。
それはよくよく考えれば、フィンがわちき達を警察に引き渡さないことを理由にしばらくの間だけでも身を隠す交渉を、逆手に取っただけの話だ。
だが、それができるのならなぜあんな院長に経営を任せていたのかいささか疑問であるが、レオナードはそれどころではなかった。
「ぐあ、傷が痛む」
「休んでいてくれ」
「ああ、用があったら」
そう言って彼が引っ込もうとしたその時、大きな声が聞こえた。
「国の衛兵です! 誰かいませんか!」
はーい、と言って子供の誰かが出てしまった。
フィンは気まずそうに、
「すまん、用ができた」
「わかってる」
レオナードは座っていた椅子から傷をかばいつつ立ち上がった。
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「何かようですか?」
フィンがいつも通りの様子で衛兵を迎えた。
衛兵は優しそうに微笑みながら彼にたずねる。
「最近お尋ね者がこの近辺に逃げてきたとの情報がありまして、心当たりありませんでしたか?」
「いいえ、誰も見てませんよ。な、みんな」
孤児院の男の子女の子が皆頷いてうんうん言っていると、亮太が冷静に、
「確かさっきのおっちゃんも国の役員だったよな?」
衛兵は食いつく。
「役員とは誰のことですか? ここは山のふもとですから、役員が来るとは思えないんですが」
フィンは急にたじろいだ。
「それは、あの、あれですよ。ゴリラです」
馬鹿すぎるだろ。
「怪しいですねぇ。中を見させてもらいますよ」
衛兵はずかずかと中に入っていった。
「ちょ、待ってください!」フィンは押し合いへし合いに持ち込んだが、勇ましい割には簡単に押し返されてしまった「ぐあぁ」
それに亮太がびっくりして駆け寄る。
レオナードもそれを見ていた。
「なんだあれ? よろよろじゃないか」
しかし、近づいてきた衛兵にビビって傷を隠しながら物陰に隠れる。
「わちきはまだ帰ってないはずだが、テレパシーでも使ってみるか」
レオナードは元衛兵だけあって魔法が使える。
テレパシーは遠くにいる仲間と脳波で直接連絡を取り合うことができる通信系の魔法だ。
テレパシー、発動。
わちきはその頃、孤児院の裏から帰ってきたところだ。
(わちき、今どこにいる)
「あ? レオナード。今孤児院の裏口だ」
(国の衛兵が俺たちを探して孤児院の中に押し入った。身を隠せ)
「って、言われても。そんな急に鬼ごっこできないだろ」
わちきは廃れた孤児院の錆びた廊下を進み、左に曲がったその時、
「あの男の反応は怪しかった。絶対にここにいるはず」
同じタイミングで角を曲がってきた衛兵と激突した。
互いに顔面をぶつけて尻餅をつく。
「あっ」
「あっ」
衛兵は手配書を確認する。
目の前のわちきを確認する。
また、手配書を確認した。
すると目を見開いて、
「お尋ね者ダァ!」
しかし、すでにわちきはいない。
「どこいった!」
通路の奥にわちきの白い毛が通った。
「待ちなさい!」
一方わちきは走る走る走る。肩をぶつけてターンして、つば好きかけてはジャンプする。
バタンバタンと荷物を蹴っ飛ばし、最後には倉庫の中に飛び込んだ。
(見つかったのか?!)
「見つかってない!」
嘘つけ!
だが衛兵も衛兵だけあって鍛えられた体を使いこなし跡を簡単に追ってきた。
わちきはドアを閉めてとうせんぼ。応戦するが、所詮は悪あがきだ。
「開けなさい!」
バンバンバン!
バンバンバン!!
バンバンバン!!!
ドアがきしみ始めた。
わちきは近くのモップでドアを完全に封鎖すると、辺りの荷物を漁り始める。
「なんかないかなんかないか! あれでもないこれでもないそれでもないどれでもない!」
ガチャガチャと音を立て続け、荷物を掘り投げ続けて、ようやく何かを手に取った。
『メイル・チェンジ』
そう書かれたボトルを見つた頃には、衛兵は拳銃で扉を破壊していた。
バン! と蹴破って中に突入、わちきに向けて銃を向けた。
「手を挙げなさい! お尋ね者!」
すでにわちきはボトルの中の液体を飲み干していた。
6
「そのまま膝をついて、ゆっくり、手を頭の後ろへ」
衛兵が慎重にわちきを拘束しようと試みる。
だが、この事態はわちきにとってなんでもなかった。
彼は衛兵ではあるが、わちきはそれを超えるほどの実力を持っている。
拘束されたふりをしてたやすく先守交代をすることも可能だ。
しかしそれも一人で追われている身であればの話。
この孤児院にレオナードの怪我が治るまで居座るには騒ぎを起こすわけにはいかない。
彼の別の居場所を探す体力は今のレオナードにはないかもしれないからだ。
それこそ、その道中でこんな目に合えば、わちき一人で彼を守りきることはできない。
それは仕方のないことだが、わちきは諦めないのだ。
「いやん、衛兵さん。そのお尋ね者はわちきのことかしら?」
先ほど聞いたわちきの男らしい声とは違う、何か妖艶な女性の声が聞こえた。
成熟しきった芳醇な女性。
例えるならば、熟れきったトマトか。
あるいは真紫の巨峰か。
ともあれ、声が甘かった。
しかし衛兵も仕事だ。お尋ね者とあれば女のようでも関係ない。第一、わちきは男だ。
そう思い直すと、衛兵はわちきの手をつかんで、頭の後ろに誘導する。
しかし、その時違和感を感じた。
「なんだ、これ? こんなに腕がプニプニだったか?」
衛兵は敵との交戦に備え、一目で敵の情報を細かく収集できる技術を習得している。それはメンタリストやマジシャンなど、時には営業と、様々な職業で必要とされる技術ではあるが、衛兵の彼のそれはまたひときわ特別だった。
身体の瞬時での識別。
目の前の人間がどれほど筋肉を備え、骨格のどこが強くどこが弱いか、丹田を観察すれば魔力の保有量も検出できるほどの性能を持つ。
そんな彼の目が、一瞬でもとらえたわちきの身体情報の中で、ここまでプニプニな腕を持つと判断できなかったと言うのだろうか?
本来ならありえない。
だが、本来じゃなくてもあり得る気がしない。
衛兵はそのわちきの魅力的でムチムチな腕を触ると、先ほど認識したデータとの違和感に思わず手を離してしまう。
銃を向け、警戒態勢だ。
「いったいどうなっている?」
わちきの足を見た。ムチムチだ。
腰を見た。ふくよかだ。
二の腕は、芳醇に膨らんでいる。
それはまるで、人生の中で最も女性的な時期の女性のようだった。
衛兵がわちきの胸を目撃した時、思わず言葉を失った。
「きょ、巨乳だ」
そう、わちきは女性になっていたのだ。白髪はそのまま、美しい、女性としてのせいが異常に際立った、芳醇な香りを放つ魅力的な体に。
衛兵は思わず後ずさり、ドアから逃げそうになった。
しかし、すんでのところで職務を思い出す。わちきはどこへ行ったのか?
尋ねてみた。
「お尋ね者はどこに行ったんだ?」
「あら、そんな人ここにはいないわよ」
わちきが濃醇なミルクティーを思わせる声でそう答えると、ハリと水水しさの共存する足で立ち居上がり、芳醇な腕を頭の後ろに掲げたまま、衛兵に振り返った。
その姿はすなわちセクシーポーズで、男の衛兵を魅了してしまうことに時間はかからなかった。
「衛兵さん、わちきが本当にお尋ね者かしら?」
「い、いいえ!」
「じゃあ、ここにお尋ね者がいるのかしら?」
「そんなことありません!」
「じゃ、もういいわよね」
わちきは着ていたタンクトップが汗でぐっしょりとなり始めた。
お腹あたりの布を雑巾のように絞って、
「暑いわね……お仕事大変でしょ?」
結ぶとヘソを見せる。
来ていたジーパンが恵まれた腰回りを柔らかく包み込む。
しまいには前かがみになって、
「お・つ・か・れ・さ・ま」
谷間を見せた。
部屋中に充満する女性の甘酸っぱい匂いが、衛兵の判断力を確実に奪っていった。
彼は心地の良いまま、首が締められているような気持ちになって、そのまま目を閉じたのだ。
7
「大丈夫かわちきぃ!」
レオナードが傷を押して衛兵を後ろから首締めで気絶させた。
その時、思わず鼻を覆うような女性の匂いが。
「なんだ、この濃ゆい匂いは」
フィンも駆けつけたが、匂いに何か感づいていた
「まさか」
レオナードがわちきを見ると、彼は彼女になっていた。
「な、なんで女になっているんだ!」
「あ〜、これ飲んだ『メイル・チェンジ』性別を変える薬だ」
「なんでまたそんなものを」
「ばれそうだったからだよ、なんとかなったろ?」
「何もそんなムチムチにならんでもいいだろうに」
フィンは困ったように、
「衛兵さんをこんな目に合わしてタダで済むわけないだろ、どうするつもりだ」
わちきは早速ひらめく。
「よし、おっぱいでなんとかしよう」
もう好きにすればいい。
8
衛兵は夢を見ていた。豊満なマシュマロに包まれて相撲の練習をしている姿。
休憩にムチムチな大福を食べ。
今度は稽古でお餅に突進する。
ふんどし一丁ながら、いろいろなものを満たせて幸せだった。
「大丈夫ですか……?」
「うん、だいじょうぶむにゃむにゃ」
巨大な巨峰の上で弾む弾む。
重力がないこの世界で、優しいムチムチがからだを包んでいた。
「だいじょうぶですか……」
「はい、もっとください」
すると、甘い息がかかる。
彼の顔の横まで来ると、ゆっくりと囁いた。
「大丈夫ですか?」
「はい……」
そのまま夢見ごごちでいたが、ついに甘い息がじれったいように彼の耳に噛み付くのだった。
その時、衝撃がスパークする。
「いあでデデデデデデ! 耳噛まれたあ!」
「大丈夫かって聞いてんだよがこの変態男がぁあ!」
「わかりました大丈夫です大丈夫です! 耳を噛まないでお姉さん!」
わちきは衛兵の耳たぶから口を離した。
衛兵はしばらく悶絶していたが、辺りを見渡すと状況を振り返って、
「私は一体どうしていたんでしょうか?」
彼の周りには心配そうに見守る子供達。
フィンも困ったように眺めていた。
「衛兵さん、勝手に入ってもいいけど、人の家で勝手に気を失わないでくれないかな?」
「気を失っていた? なぜ?」
「それは……」
フィンが戸惑ったところで、女になったわちきが色仕掛けする。
「それは、いつも頑張って働いていたから、疲れが溜まっていたんじゃないでしょうか?」
「僕に疲れが溜まっていた?」
「はい、イ〜ッパイ、溜まっていたんですよ」
言い方やめい。
すると衛兵は急に恥ずかしくなって、
「ししししし、失礼致しました! ここは異常なしと報告させてもらいます!」
そう言い残すと凄まじい速さで孤児院を去っていった。
土煙だけ残した彼を見送ると、わちきは孤児院の庭を見渡す。
そこには木も花もなく、雑草が茂り地面は荒れた手入れなんて文字は存在しない世界。
よく今の土煙が起こったものだ。
わちきはフィンに尋ねた。
「こんなところで子供達を生活させているのか?」
「仕方ないだろ、髭ズラの奴にはさっき言ったが、子供達には各々ストリートで稼がせるほどこの孤児院は危うい。子を売ってなんとかしのいでいただけだ」
そう言われると、院長を殺したのも悪いような気がしてきた。
すると、フィンは気がつく。
「院長の遺体はどうしたんだ?」
「ああ、あれは埋めたよ。多分生きてるし」
「はぁ?」
9
ごんごんごん!
ごんごんごん!!
ごんごんごん!!!
「どうなってるんだい! ここはどこなんだい!」
暗く狭い場所で女、メリー院長は川沿いの土の下、棺桶の中でもがいていたのだった。
「私を助けなさい! 狼男」