表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/3

第一話その2

 二章 わちき、母親になる。


      1


 クタクタになって歩いてたどり着いたのは、もう朝になった巨大な洋館。

 ボロボロのズタズタだったが、こんな場所でも雨宿りにはちょうど良かった。

 どうやら人も住んでないようだし、今だけはこの場所のベッドに戦友を休めさせてもらおう。


「レオナード、気がついたか?」


 髭ズラが泥だらけになって見るかけもない彼を、手ぬぐいで綺麗に拭いてやった。彼が衛兵をやっていた頃のミリタリーのジャケットとズボンが泥まみれで、戦火帰りを知らせていた。

 わちきは白いスーツを着ていたが、レオナードと逃げる際に泥で汚れ、今はタンクトップとデニムのパンツの格好だ。

 わちきが楽しそうにしているのは、一時の安心を得て気でも触れたのか。

 こんな場所、すぐにでも見つかるというのに。

 レオナードは申し訳なさそうに。

「ありがとう、本当は死にたくなかったんだ」

 覚悟もその程度か、死にゆく男はもっと果敢であると考えていた。

 ただの過ちならば、今のお前のようだ。

 わちきはせっせと医療箱を漁って処置を続ける。

 レオナードは疑問を持った。

「どこにあった、その救急箱?」

「ああ、この部屋の隅に。最近まで誰かいたのかもしれないな。だが、こんなに古びた洋館に住んでる奴はいないだろ」

「そうか……」

 すると、わちきはレオナードの前に立ち、ピンセットとメスを持つ。


「麻酔はない、弾丸を取り出すから耐えてくれ」


「頼む」

 レオナードは目をつむり、数十分の激痛に耐えたのだった。


     2


「がはぁあ! はぁ、はぁ、はぁ」

「取れたぞ」

 このような寂れた洋館で、ろくに除菌もしてない器具を使って処置をして、タダで済むとでも思っているのか。それとも、少しでも長く生きようとする悪あがきか。

 どちらにしろ、お前らは神様にへりくだっても恵みを目の前で垂らされ走らされる可哀想な馬にすぎない。

 それが良馬ならまだ競馬に使える。だがどうだ? お前らはお尋ね者だ。

 わちき、レオナード。そしてお前だよお前。

 今まで犯してきた罪をみすみす見逃すとでも?

 この場所にいるのだから、きちんと自覚してもらおうか、君こそ弾丸を麻酔なしで取り除かれるべきなのだと。


「ちぃ、訳のわからないことを言ってんじゃねぇよ」


 わちきが頭を振って何かを振り払おうとしていた。

 レオナードが気の毒そうに、

「まだ、お前の頭の中には妖精の声とやらが聞こえるのか?」

「その通りだ。変な拍子で俺たちや誰かの責任を責め倒している。面倒だ全くもって」

 しかし、それは運命もが定めた試練。罪を犯してもない人間が、孤独に家で引きこもるより、今お前らが死にたくなった方が幾分か気が晴れるというものだ。

 悪魔のこだまより、絶望のカルマの方が幾分かましか? もはや、人間に生きてる価値などないというのに、あくまで自由を主張し、戯言を唱えるのなら、今まで君たちのやってきたことを償うつもりもなく、その主張すら蹴っ飛ばすなら、やはり君達は愚かしい。

「あ〜、うるさい。もう何言ってんのかわからんかったわ」

「そういう時は笑うといいと言ってただろ?」

 レオナードがわちきにそう言って口角を上げた。

「そうだな、面白おかしく、ふざけて笑えばいい」

 すると、カミソリを持ち出して、


 わちき  「では、今からあなたのち◯げを剃ります」

 レオナード「は?」


 わちきがシェーバーに刃を入れて電源を入れて迫ってくるので、髭ズラのレオナードは慌ててまくらを投げつけた。

「バカ! 電源を入れるな!」

「ははは、ふざけて笑えばいい」

「気をしっかり持て!」

 わちきが容赦なく、といかマジでレオナードにシェーバーを押し当てる姿は、さながら両思いの男性カップルだ。

 それだけでも君が悪いのに、わちきはさらにレオナードのズボンに手を突っ込み始めた。

「ぬほお! やめろ!」

「剃った毛は供養してやる」

 するな。


 ガチャ……


 わちき  「え?」

 レオナード「え?」


 部屋の扉が開いた。

 そこには小学生くらいの小さな男の子が、目の前の『公然猥褻罪の現行犯』を目撃。思いっきり人生のターニングポイントを迎えた。

「わぁあああ! 白髪のお兄さんと髭ズラのおっさんが互いのちんこの毛をそりあってるぅ!」

 そんな全部言わなくても……。

 レオナードはいろんな意味で顔面蒼白になりながらも、わちきを問いただす。

「誰もいないんじゃなかったのか!」

「インターフォン押したけど誰も出なかったよ!」

「その結果がこれかぁ! 油断しすぎだぁ!」

 子どもはあまりに衝撃映像に今にも泣き出しそうだ。

「ふ、ふぇん。……イカ臭いよぉ」

 言葉の破壊力抜群過ぎるだろ。

 そこに、勇んだ男の声が聞こえた。


「なにぃ! 白髪のお兄さんと髭ズラのおっさんがお互いのちんこの毛を自宅で栽培し合っているぅ? 今助けに行くからな!」


 めちゃくちゃ話がこじれてる。

 わちきとレオナードはすぐさま男の子を部屋に引き込み、朽ちて鍵もかからないドアを閉めた。

 ベッドの裏に回って息をひそめる。

 数秒後、勇ましい足音とともに魅力のある低い声の持ち主が走ってきた。

「タマゴ! どこだタマゴ! 大丈夫か!」

 彼はあちこちの部屋を回って男の子を探し始めた。

 どうやらこの男の子はタマゴというらしい。

「大変だあ! 不審者を中に入れたと知れたら、またメリーが怒っちゃうよ!」

 勇ましいにしてはか弱いセリフ。

 わちきはタマゴの口を手でふさぎながらも、ずっこけそうになった。

 レオナードはわちきに文句を囁いた。

「めちゃくちゃ人がいるじゃないか」

「知らなかったんだよ、こんなぼろっちい場所に人がいるとは思わなんだ」

「それにしても今聞こえただけでもこの屋敷にタマゴ(こいつ)を含めて三人いることがわかったぞ。早々にここを立ち去ろう」

 二人が作戦を練っている間、慌てて隠れたため舞い散ったちりぼこりがタマゴの花をくすぐった。


「へっくしょい!」


 まさかの鼻水攻撃。

 わちきの手には鼻水がべっとり付いて、テカテカになっていた。


 わちき  「うわ! 鼻水付いた! レオナードで拭かないと!」

 レオナード「鼻水を俺で拭うな!」

 鼻水を拭う。

 レオナード「ぎゃああぁあ!」

 なにこの始承転結。


 走行している間に男の足音は離れていった。

 わちきが気を抜いてタマゴを離すと、小さい彼も一丁前に苦情を入れた。

「ブハァ! なにするんだよ!」

「お前こそ急に騒ぐなよ。びっくりするだろ」

「鼻水で溺れじぬところだったんだぞ!」

 それはお前のせい。

 レオナードはそんなタマゴに申し訳なさそうに、

「すまんかった、俺が少し怪我をしてしまってな。回復までここに居たかったんだが、住んでいる人間がいるのなら話は別だ。今すぐここを出て行く。……ウグゥ……!」

 そう言って彼は立ち上がったが、やはり傷が痛んだ。

 わちきが寄り添って、

「まだ動くな! 今動いたら命に関わる! 命に関わる! そう! 命に関わるんだ!」

 クルッ! とタマゴを眺めた。


 タマゴ    「そんなこと言われても知らないよ! 病院いけよ!」

 わちき    「病院なんて言葉は俺の辞書にはない!」

 タマゴ    「しらねぇよ! 怪我してんのはお前じゃねぇだろ!」

 わちき    「こいつ生意気だ! なんとか言ってやれレオナード!」

 レオナード  「グハァ!」

 わちき・タマゴ「「レオナードぉおおお!」」

 仲良いなお前ら。


 しかし、レオナードが瀕死なのは事実だ。

 わちきは彼を背負ってベッドに寝かせなおした。

「今度はきちんと傷を塞ぐからな! 安心しろ!」

 タマゴも冷や汗をかいて、

「いったいなにがあったんだよ! お前らお尋ね者か?」

「いいからそこの包帯取れ! 目の前で人が死ぬことになるぞ!」

「う……わかったよ!」

 それからしばらく処置が続いた。

 血が滴る? 包帯が赤くなる? 君たちはそれ以上のことを人類にしてきたというのに、なぜ今更目の前の惨事に驚いている?

 君は罵った回数を数えているのか?

 その一言が常にここのから血液を流しながらだと知っているのか?

 その暴言が己の脳に与える影響は?

 考えたこともないのだろう。一言、それだけで不快になる言葉を、なぜこうも連ねることができるのか。君たちには到底理解不能かもしれない。

 たしかに、今私も少しだけ暴言に飽きているよ。

 なぜ、そんなことを君たちに言わなければならないのか。そんなことを言って君たちが成長して、それで何か変わるのならなば、いいのだがねぇ。

 感じたことはないか?

 目の前の事実を覆すにしても、周りの人間がお前を認めている必要がある。

 認められるのは大変なことだ。

 しかし、本来は簡単であるはずのそれが、お前らは大衆の名において否定していることがあるのではないのか?

 それが間違いだと気付いていながら、どうして変えない?

 変えようとしない?

 つまるところ、不届きなのだよ、私にとってはね。







——ああ、神様。私たちを責める彼を許し給え——

——彼は、本当はいい人間なのです——

——人を愛し、人を傷つけないからこそ、人を傷つける人間を許せなかっただけなのです——

——彼を救いたまえ——


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ