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第一話

わちき、母親になる




「はぁ、はぁ、はぁ……走れぇ!」


「死にたくなかったら走れぇ!」


「頼むから走ってくれぇ!」


 くらい地下道でこだまする叫び。悲願のそれはともには届かず、彼は血を流すばかりだ。

 地下水が上がって、あたりがビシャビシャになると、その水たまりを蹴ってこちらに向かってくる敵陣がうかがえた。

「ゴボァ! 早く行け!」

 髭ズラでいかにも堅苦しい考え方をしていそうな男性が、白髪の青年に抱えられて床で横たわっていながらも、つよく、心強く叫んだ。


「いたぞ! 早く追え!」


 敵陣が迫っていた。

 白髪の青年は震える。怖くて、それでも助けたくて、それでもやっぱり運べなくて。

 自分が憎かったのかもしれない。

 今ここにいる理由がまさにそうだった。

 白髪の青年は『わちき』という。

 彼はこの世界にくるまでただの人間だったという。しかし、ある時から髪の毛が白く染まり始め、異形の人間として扱われていた。

 ただ髪の毛が白いだけ。それだけで人は人を人としてみなかったのだ。

 そんな彼がここにいるのは、虐げられて居場所を探しに旅に出たから、そう言わざるおえなかった。

 どこもかしこもくだらぬ偏見ばかり、訪ねる場所では白髪というだけではなく、西洋人であること、背が高いこと、顔が際立って美しいこと、全てが偏見の目にさらされた。

 普通に生きる。これだけを求めていたのにもかかわらずだ。

 なんたる仕打ちか、それは今、そしてこれからお前がしようとしていることだ。

 青年はついにこの世界を変えようと試みた。

 世界には現状を変えるべきだと唱える人間がいた。彼らはくだらない優劣や運の良さをひけらかすような人間が、この世で成功すべきではないと唱え、それがいかにも魅力的に見えた。

 わちきはゆっくりと惹かれていき、彼らと目的をともにする。

 例外があるとすれば、そんな彼らの中にも偏見があり、わちきはしばしば失望していたことだ。

 その度にわちきの考えをはなし、協賛され、彼の人気は上がっていった。

 だが、そんなことはどうでもいい。


「何をぼさっとしている! 早く行け!」


 考えにふけっていたところを髭ズラの彼に呼び戻される。

 わちきと彼、レオナードはとある国の城に潜入していた。偏見によって生み出された思想は、奴隷を生み、今の社会がある。

 お前がそうだと気がついていないだけかもしれない。

 彼らはそれを救いだそうとしていた。


 結論から言うと、作戦は成功した。


 政府の悪事を暴き、良き思想の政治家を斡旋し、苦しんでいた人々に幸せを与えたのだ。

 だが、それが掌握主義者にはいささか窮屈に感じたのだろう。

 すかさずクーデターが起きた。さすがだ、君たち人間のクズさ加減には感服するよ。

 それでも、わちきたちは諦めなかった。

 生きる、その素晴らしさを教えたかった。

 未来に生きる人間に、もう少しだけ幸せになってほしい。

 その思いを胸に、彼、レオナードを助けようとしていた。


「レオナード! お願いだから立ってくれ! 走ってくれ! 一緒に、生き延びるんだよ! こんなところで俺たちが負けてちゃダメなんだ! 俺たちが音手本になって立派に成功しなきゃダメなんだよ!」


 レオナードは血を流すばかりだ。彼はすでに肺に弾丸を受けている。逃げるだけでも必死だが、彼を抱えて走る体力はわちきに残されていなかった。

 レオナードは角ばったその顔をわちきに擦り付ける。

「すまん、俺はもうここまでだ……頼む、逃げてくれ」

 息も絶え絶えか、それとも血みどろか、わちきを説得することも彼にはもはやできかねる。

 わちきは彼を引きずった。

 死んでも離すものかと。

「逃げるぞ、レオナード」

 しかし、わちきにはその体力はなかった。

 背後には銃を持つ衛兵たち、射殺の許可はもらっているだろう。

 この世を滑る王たちの邪魔とあれば、皆の幸せを説く声などというくだらない人間を、金で雇った無能たちに裁きを与えろと命令する。

 お前らのような無能たちは、それに気づかず追いつかず。

 世界を沈めていることにすら気がつかない。

 陽気なものだなお前たちは。


「俺はお前をと逃げるぞレオナード!」


 だが、それだけの体力はわちきにない。

 残念と言わざるおえないが、わちきにはもう本当にそれだけの体力が残っていないのだ。本当に残念だ。

 ゴリゴリと髭ズラの彼を引きずっては進むが、背後には愚かな人間の人をたやすく殺す判断。

 きっとこの物語にすら軽蔑を表し、たやすく努力とやらを否定するのだろう。


 そう、くだらないとね。


 でも、それは間違いだ。聖書に書かれている煉獄で何度焼かれても、仏教で唱えられている地獄が人をどれだけ裁いても、君たち人間が間違っていることは、君の判断が間違っていることは、なにも変わらない。

 名も轟いていないお前になぜわかるのだ、人一人の惨劇を。

 お前は結局、過ちを犯すのだ。頭が悪いから。

 差別を繰り返し、ただ酔っているのだ。私のように。

 だからこそ、この物語が生まれるのだから。


「あと少しで出口なんだ! 俺の足よ! 俺の体よ! 体力があると、そい売ってくれ! 頼む頼む頼む! 頼む!」


 それでも、わちきにはその体力がなか——











「鬱陶しいよ。もう黙ってくれ。俺がやると決めたのだから、お願いだから黙っていてくれ」









 では、地獄を見るといい。



















——ああ神様、本当にいらっしゃるのならば、彼を許し給え——













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