レオと法螺吹き
「あのおじいさん、首狩りだったんだね」
さっきまで黙っていたライが俺を見上げるのが分かった。
さっき買った野いちごを2つくれてやると、嬉しそうに食べた。
「首にね、皮膚が裂かれた痕があったから」
おじいさんの首には、右から喉仏にかけて何かに裂かれた痕があった。
竜は『首には首を』『身体には身体を』と、まるでハンムラビ法典の様に、自分が狙われた部位に仕返しをする攻撃方法を備えている。
つまり、かつて『首狩り』であったおじいさんは一度、竜に首を裂かれた事があるのだろう。
「おじいさんもタフな人だったんだね」
「まぁ、そうだね」
俺は竜頭が欲しい。即ち、『竜頭狩り』という事だ。
『首狩り』は、頭と胴はいらない。
『胴狩り』は、胴だけでいい。
『足狩り』は、『羽狩り』は、『尻尾狩り』は━━━━━━と、こんなふうにみんな欲しい部位が違う。
この世に大切なのは頭。
けれどその他の部位だって大層価値があり、羽一枚なら、2年は遊んで暮らせるんだ。
つまり、今回の竜を狙ってるのは、俺だけじゃないって事。
それと────
竜は自分がどの部位を誰に差し出すかを決めたあと、
「消えるんだもんなぁ……」
ライがポツリと、俺の言葉を代弁した。
そうなのだ。竜は差し出す部位と人を決めたあと、その他の部位を消して死んでしまうのだ。
つまり、1匹の竜から取れる部位は一部だけ。
という事は、先人は多大なる功績を狩ったのだ。
だって例えば、水を司る竜の首が取れなければ、この世に水は無かったし、誰かの金=世界の破滅とも言えるセオリーをギリギリで守ってくれていたんだ。
水がある、昼がある、夜がある、陸がある、海がある、風がある……人類に足りないものはまだまだ沢山あるのだけれど、逆にこれまで繁栄してこれた事は充分な利益と言えるだろう。
それから俺達は寄り道せずに宿に帰り、適当に食事をすませて、ライは疲れた羽を大きく伸ばして枕元に丸まった。
俺はそんなライの隣に座り、武器の調子を調える。
ちょうど月明かりが入り、ランプがいらないほどだ。
太腿のホルスターに二丁拳銃をしまい、ライの頭を撫でてからまた部屋を出た。
「いってらっしゃぁ〜ぃ」
「欠伸混じりに言うぐらいなら寝てなよ」
俺はもう一度おばあさんに挨拶をして宿を出た。
時刻は7時。帰ってくる時に賑わうパブがあったから、何かしら聞けるかもしれない。
そう思って俺は外に出たのだ。
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「ねぇお兄さん達、あの山の竜の噂とか知らない?」
パブは白熱電球やら何やらで煌々と存在感を出し、楽しい雰囲気が店の外にまでテーブルを用意させる程だった。
俺はカウンターの店主にオレンジジュースを貰い、男達で賑わう、適当なテーブルにいる、適当な人達に声をかけた。
4、5人の若い30代ぐらいのお兄さん達で、みんなお酒は入っているらしく顔もほんのり赤かった。
「なんだ嬢ちゃん」
「どうした嬢ちゃん」
「何か用かい嬢ちゃん」
「…………。」
ガシッ
「おわっ!?」
「……なんだ坊ちゃん」
「……どうした坊ちゃん」
「……何か用かい坊ちゃん」
「俺が男だと分かればいいんです」
俺がお兄さん達に何を触らせたかは、人の考え方によるけど、心做しかお兄さん達の顔の赤みが冷めている事だけは伝えよう。
「で、竜の噂?だったか」
そう言いながら、俺の座る場所を自然に作ってくれたこのお兄さん達はきっといい人達だ。
俺は遠慮無く座らせてもらい、オレンジジュースを一口飲んでからみんなに声かける。
「俺は近々山に入る者です。山や竜に関して何かお話を伺えないかと」
「山ねぇ、しかし何でそんなとこに。坊ちゃん旅人だろう?」
「旅人だから、ですよ」
お兄さん達は少しきょとんと顔を見合わせながらまた俺に顔を戻した。
「それなら、彼奴に聞きゃいいさ」
「彼奴……?」
別のお兄さんが俺の横までやって来て、フロアの一角を指さした。
そこには何人かの人が集まり、一人の男を囲むようにしている。
男はお兄さん達と同じぐらいの背格好で、ブラウンの髪をウェーブさせていた。
足を酒樽の上でどんと組み、傍から見れば『偉い人or行儀の悪い人』である。
けれどこのパブの場合、前者が正解であると言える。
「あの人が何か知ってるの?」
「彼奴首狩りなんだよ。」
首狩り……。
今日はやけにその単語を聞く。いい事なのか、悪い事なのか……。
「…………。」
俺は人を掻き分けて、その人の前に立った。
「あ?ガキがこんなとこに何だ?」
「お兄さん、首狩りって聞いたんだけど」
微笑みながらそう言うと、お兄さんは自慢げに足を組み替えた。
どうやら自分の噂でも聞きつけたファンか何かとでも思っているようだ。
「お!!よく知ってんなぁ?首狩りのドレイト様とは俺の事よ!!」
ドレイトと言った男は上機嫌に片手の樽ジョッキを煽った。
「お兄さん山に入った事あるの?」
「あぁ、あるぜぇ?」
その『山に入った事』が凄い事かのように周りの目がキラキラとした。
そこまで難しい山とは聞いていないのだけれど。
「じゃあ、その山の竜の首はとったの?」
「あぁ、勿論!!」
…………。
カランッ
「っ……ハッ……ァ」
「お兄さん、嘘は言わない方が身のためだよ。」
どよっ
周りが一気にざわついた。
そして視線は俺と、俺の手のナイフが当てられたドレイトの首元に注がれていた。
「な、なんだお前っ……」
「本当は竜の首なんて狩った事ないんでしょ。それに、竜の話をするなら礼儀を尽くさなきゃ駄目だよ。竜は俺達よりも高いところにいるんだから」
「お、俺はほんとにっ……!あ、あ…あの水売りのジジイよりも俺はっ……!!!!!!」
まだ開くその口を縫い付けてしまいたい。
そもそも、こういう男を竜がやすやすと首を差し出すわけがないと、きちんと、今、確信した。
「あのおじいさんとあんたは大違いだ。あの人は、礼節を弁えて、負けたけれども立派な勲章を持ち帰り、それすらも話さずにひたすらに生きている。それに比べ────」
俺は冷たい感情を込めて、ドレイトを見下ろした。
彼の目がおののくのがわかった。
「嘘を吐いて英雄気取りでのうのうと生きている。ドレイトさん、恥ずかしくないのかい?」
周りが噂し始めている。
『ドレイトは竜の首を取っていない?』
『嘘だった?』
『ただの威勢?』
『大口叩いてやってないとか』
「み、みんな、違う……このガキがっ……俺はっ……」
俺は彼からナイフを離して、一緒に呆気に取られていたカウンターの店主にオレンジジュースの代金を置いてパブを出た。
数メートル歩いたところで、後ろから怒号やら何やら響いてくる。
恐らく、彼を慕っていた者や、凄いと持ち上げていた者達が激怒していのだろう。
俺も、あのおじいさんが笑いものにされるのは、何だか嫌だったなぁ。
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ギギギッ
「……レオ、早かったね」
「機嫌が悪くなってね」
瞼を閉じたままのライの横に俺はどっかり腰を下ろした。
ジャケットの内側からさっきのナイフを取り出して、絹で出来た布で当てがった部分を拭く。
「あれ、珍しい。誰かに刃を向けたの?」
「とんだ法螺吹きがいてね」
ライは片目を開けてこちらを見た。
珍しいと言われても、使わせた相手が悪い。
俺は悪くない……と、思う……。
「情報収集はやっぱり明日だ。今日は寝よう」
「僕もまだ眠い……」
俺はジャケットをたたみ、ホルスターと拳銃をベッド横のテーブルに置いて、布団に潜った。
明日は、ちゃんとした情報があるといいなぁ……。