永遠など許されない事を知らずに。彼との永遠を、当たり前のように思っていました。
早羅さんの独白に聴き入っている間に、時計の針がどれくらい進んだのかは分からない。
けれど、室内を覆う闇に煌めく星屑たちは、時間の経過に寄り添いながら、プラネタリウムみたいに、わずかずつ動いていたし、その軌跡も夜空の回転を正確に模していたのだろう、独白が終わった後には、その配置は随分と様変わりしていた。
何より、昼食から始まったこの店のコースは、ティータイムに移って、さらにディナーに突入し、さらにそのディナーも、締めの紅茶とお茶菓子といった感じになっていた。
ここまでの給仕は、全て、狂濡奇さんがしてくれた。
彼女は耳が良いのだろうか、早羅さんの話が切れ目まで続く間は、つまり彼が独白を続けるためにグラスの水を口に含むまでの間は、厨房で野菜などを刻んでいた。
そして、彼の話の内容がどうだろうと、いつの間にか、わたしたちのテーブルの傍に佇んでいて、繊維の滑らかなテーブルクロスの白に、皿を戻すのだった。
これを読む人は、いや、そこは皿を置く、だろうと思うかもしれない。わたしも、日本語としてそちらの方が、正しいと思う。けれど、狂濡奇さんは、皿を戻した。その戻し方は、音楽みたいだった。予定調和と言っても良いのかもしれない。
テーブルの上に、あるべきだったものが、戻されて、完全が実現される。
彼女の皿の置き方は、そんな錯覚をわたしに与えた。
父が、時代をときめく企業の代表だけあって、わたしは、東京の近郊に越してきてから、何度か、味もお値段も上等と言われるお店に、連れて行かれた。
とても美味しい。そして、学芸会のような演劇的熱意を、どういうお店の空間からも、感じたものだ。
給仕のお姉さんやおじ様方は、手品を披露するみたいに、皿を覆う銀色の盆を取って、薫る香草と焼かれた脂の混ざった匂いに、父も母も、瞳が光を帯びるのだ。
それは水みたいに。
わたしは、なんというか、そういう表情を早羅さんの前でするのが恥ずかしくて、うつむきがちになるのだけれど、狂濡奇さんの給仕の前では、そんな抵抗も一切無駄なのである。
ただ皿を運び、置く、という行為に、ここまで意味を加える事ができるのは、彼女くらいではないのだろうか。
皿はわたしの前に戻る。
それは予定調和的な完全を帯びる。
その完全に対して抱く気持ちは、食欲ではない。美に対してため息する感覚に近い。
置き方一つで、テーブルという空間を、ここまで変える事ができるのは、彼女くらいではないだろうか。
少なくとも、わたしは無理だ。いや、もう本当に、狂濡奇さんに弟子入りして、メイド服になって、早羅さんに給仕したいと思ったくらいだ。
それは、上質な小説を読むと小説が書きたくなるような、そんな感覚に近い。
こんな感じで、狂濡奇さんは、大小さまざまな皿を、わたしと早羅さんの前に戻して、その皿の上の成り立ちを説明した。
彼女の声は、衣裳部屋の時と同じく、とても穏やかで落ち着いていたけれど、その語り口に、何故か引き込まれる。
とても静かな、オペラみたいだ。
彼女の口上に耳を傾けながら、この人の天職は歌手かもしれない、と思ったりした。
皿の置き方もそうなのだけれど、説明も、耳を傾けていると、何か現実を離れているような浮遊感を覚える。
彼女の控えめながらも弾力にあふれているだろう唇と整然とした歯の隙間から出た音は、言葉となるのみでなく、不可視の粒子となって、皿の上の料理たちに、物語と光を与えるのだ。
兎のテリーヌも、山菜と蜂の子のサラダも、猪のスープも、熊の掌の炭焼きも、岩清水の水菓子も、彼女の与える祝福に、その光沢を増した。
もちろん味も、美味この上ない。
こういう表現は俗すぎるし、つまり失礼だと思うのだけれど、ミシュランに審査して欲しいと素直に思った。
つまり、わたしごときの舌の上で留まるに終わるべきではない、味なのだ。
それは皿から切り分けられて、前歯で噛み、奥歯で解け、爆発する旨みに脳が痺れ、喉を過ぎると、満ち足りた余韻と共に、欠けた存在、先ほどまで舌の上にあったもの、失われた物に対する希求を覚えるのである。
いわゆるジビエと分類される料理なのに、全く臭みがない。
力強さと、自然特有の繊細さの両立に、その調和に圧倒されるのみである。
後日、早羅さんにそのことを話すと、彼は困ったようにして、笑った。
狂濡奇さんの店は、店名のない料理店なのだそうだ。
移動料理店というか、特殊任務に合わせて、ごくたまに出現する店らしい。
出す料理もその日に合わせて様々で、和食に中華に、もちろん正統派フレンチから、果ては屋台のラーメンまで、何でも客に合わせて作る。
この話を聴いて、とあるテレビ番組でアイドルのお兄さんたちも、そんな事をしていたなあ、と思ったりした。
わたしは、アイドルな彼らのビストロが、いつまで続くのか知らないし、その終わりを見る事もないのだろうと思う。
早羅さんの説明から考えると、狂濡奇さんたちは、わたしにぴったり合った料理を出してくれたことになる。
そしてそれは間違いではない。
何故なら、わたしは料理を口に運ぶたびに、爆発、または沁み渡る滋味に震えながらも、どこかで、懐かしさを感じていたからだ。
それは、海を見たことの無かった人が、初めて潮の匂いに包まれた時に感じる、郷愁に通じるものがあるかもしれない。
とても遠いけれど、根元、意識や無意識を越えた根源に、根ざすものに触れた感覚。それはどこなのだろう?
と、考えたい欲求が、頭のどこかを、食事中、ずっと引っ掻いていたのだけれど、狂濡奇さんの説明で、その疑問は解けた。
彼女は、本日の食材は全て、私達の村で収穫されたものです、と、にこやかに、誇らしげに話した。
わたしは、海を感じるように村を感じる人間らしい、と、照明の空間にまばゆく照らされる彼女を見上げながら、とても納得した。
それから、誇りがあるから、このメイド服さんはこんなに美しいのかとも、思った。
蛍の闇でお会いした時は、池袋のカフェのお姉さんくらいの、つまり量産的な、せいぜい雑誌モデル的な美しか感じなかった彼女は、皿を運ぶたびに、仕事をする人特有の美しさを帯びるのだ。
そして、わたしは、正直嫉妬する。
こう書くと、お前は早羅さんの話のどこを聴いてるんだ、と罵声が飛んでくるかもしれない。
それは、甘んじて受けるしかない批判である。
何故なら、彼の独白は、わたしを守る防人になった経緯であり、狼男さんである親友を殺した話だから。つまり、とても重い。
しかしである。いや、だからこそ、と言ったほうがいいのかもしれない。
食材の優れと誇りを、その表情だけで雄弁に語る、狂濡奇さんと、しわしわのお婆さんが、リンクしない。
彼女が14歳とか16歳の頃は、わたしの生まれる前で、つまり今から、22年とか20年前であり、その頃に包帯だらけのミイラ顔だったと言われても、ああ、そういう人がいたのだなあ、と思うことはできるけれど、目の前の狂濡奇さんだとは、どうしても思えない。
なんか、太平洋に臨む岸辺で、この波の果てにアメリカ大陸があるよ、と言われてるみたいだ。
わたしには波しか見えない。
けれど、店内が星空の闇だったせいか、それとも、室内のBGMが、ディナーの始まりと共に、虫の音に変わっていたせいか、早羅さんの独白には、そこにいるような、臨場感があった。
脳内には、噛月さんとの対決で、飛ぶように枝を駆ける早羅さんのしなやかな肉体が、細かに再生されたし、全裸のシーンでは、頬と下腹部に、熱を覚えたりした。
さすがに恥ずかしいのである。
でも、これは恋する身を思って許して欲しいのだけれど、重要なのは、狂濡奇さんだった。
だって、彼女は、わたしの知らない早羅さんに、大切に思われていたのだ。
羨ましい。
その時の彼女になりたい。いや、狼男さんと付き合いたいとかではない。
ただ純粋に、早羅さんに想われて、永い時間を共有したい。
いや、贅沢なのは分かっている。けれど、やはり羨ましいものは羨ましい。
それに、である。狂濡奇さんは、噛月さんと付き合っていても、もしかしたら、早羅さんに揺れていたのかもしれない。
包帯が解けた時に、彼を殺さなかったのは、彼に揺れていたからかも知れないのだ。
……と、まあこんな感じで、わたしは彼の深刻な独白に、まばゆいメイド服さんに嫉妬しながら、耳を傾けていたのだけれど、最後に大いに裏切られた。
そう、防人になった事を、謝られてしまったのである。
そんな、深刻に謝られても困る。
そりゃ、花華さんの殺気には、死にかけたけれど、それはそれだ。
それも含めて、早羅さんとの思い出である。
そして、これも恋する身ゆえのことか、彼との思い出は、どんな、そう、無数の黒い宝玉よりも輝かしい、大切な物なのだ。
だからこそ、傷つく。
これは、わたしのわがままかも知れないけれど、いい事も悪い事も含めて、共通の時間を、わたしが想うくらいに、大切に想って欲しいのだ。
これがわたしが、寂しい、と思った理由である。
しかし、さすがに、こういう寂しさをぶつけるのは恥ずかしいので、わたしは怒る事にして、その意思表示として、できるだけ大人っぽく、せめて、テーブルクロスの向かいの、形の良い早羅さんのおでこに釣り合うように、顔をしかめて、言った。
「謝ってくれなくても、いいと思う。村ってそういうものだろうし。それより、ね。早羅さん」
「何だい」
「器様について、話してくれるって約束、果たしてない。これは怒りたい」
実際は怒っていなかった。何度も書くけれど、寂しかっただけだ。黒い宝石の海のせいで、わたしが、村にとって貴重な何かであることは、分かっていた。
器様とはつまり、その海を宿す者なのだろう。
そして、おそらく厳しい運命が待っている。
けれど、わたしは、早羅さんがいてくれれば、いいのだ。
これまでもそうだったし、これからも、そうであってくれれば、贅沢は言わない。
だからこの時、彼に、説明と、それから、これからもよろしく、みたいな夫婦的な何かを期待していた。
肝は据わっていたはずだ。
だけど、彼は長い沈黙で答えた。
その沈黙は、何故かわたしをざわつかせた。
……あまりにも長く感じたので、わたしは、いや、話すのがきついなら、今度でいいかも、と。声をテーブルの向こうの彼に。届かせようとした、時。
「器様は。ばば様の器である方、という意味だ。つまり、紗愛ちゃん。君にはいずれ、ばば様という、予言と命名の因果が発現する。僕は防人で」
彼はそう言って、言葉をそこで切ってから、
「ばば様、が、君に、発現するまで、君をお守りするのが、僕、の、役目、だ。」
と。彼は、砂を噛むように、言葉を噛みながらそう続けた。
この時、わたしの思考は目まぐるしくなり、その激しさから、むしろ痙攣と硬直に近い、真っ白加減に陥った。
「ばば様に仕えるのって、たしか、助役さんだよね」
混乱する思考と裏腹に、このセンテンスは、わたしの口からすらすらと出る。
それは、他人が出した言葉みたいに滑らかで、感情の抑揚に欠けていた。
「うん。今の助役は、境間君だ。ばば様が発現したら、君の補佐は、彼がする」
「やだ」
「嫌がる必要はないよ。君にばば様が発現した時点で、君は眠る。とても安らかで、覚めることの無い眠りだ。その眠りの中で、君の中から、僕という存在は消える」
……わたしの肝は据わっていたはずだった。
が、全然だった。
だって、それは、彼が。早羅さんが、わたしといてくれる、という前提の上での、覚悟だったからだ。
そして、あろうことか、わたしは。
……彼を、忘れる、のか?