表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/6

ドラゴンの困惑

 その日もいつものように気まぐれに人間の土地を飛んでいた。


 ある場所からすごくいい匂いがするまでは、ただ、人間たちの土地の上を暇つぶしに飛んでいただけだったのに。



 彼の名は、人間から言えばすごく読みにくい名前なので、大抵はウィルフレッドもしくはウィルと名乗っている。


 たまに人間に紛れて、冒険者という職について人間たちと遊んだりしてみた。


 退屈しのぎというべきか。


 ドラゴンにとって、人間たちは弱きものである。ある意味、愛でるもの、守るべき愛玩物という扱いもする。


 ただ、通常の大人のドラゴンたちはあまり人間とかかわりあいたくない。


 こうやって人間の土地に来て人間のふりして遊ぶのは、ウィルのようなまだ三百歳にも満たない若輩者ぐらいなものだ。


 ドラゴンにとっては、それは重要事項の一つでもある。ドラゴン族の定めとも言われている。


 なぜなら、ドラゴン族には女性が極端に少なすぎるのだ。それで愛でるものを探しに300歳以下のドラゴンは人間世界に行くことが認められている。



 過去においてはドラゴンと人間は寄り添うものだった。その関係を壊したのは人間の方だった。ドラゴンに愛でられるものを争って人間は争いを繰り返し、ドラゴンの気持ちなど関係なしに自分たちを選べと声高に叫ぶものまで出てきた。


 その争いの果てにドラゴンたちまで傷つけられ、争いを望まないドラゴン族は人間たちが来ない場所に新しい国を作った。一緒に付き従うドラゴンの眷属となった人間たちと共に。


 だが、相変わらず、ドラゴン族に女性は極端に少ない。ドラゴン族が滅びないように300歳以下のドラゴンは自分の愛でるものを探しに人間に変化して人間に混ざるのだ。



 彼は愛でるものを必要としない。望めば、ドラゴンの女性が得られる立場だったからだ。それでも300歳以下のドラゴンの特権とばかりに人間のふりをして人間たちの中に混ざりこんだ。



 いい匂いの元は一人の少女だった。かつてドラゴンに愛でられたものの末裔。

 

 実のところ、驚いた。ものすごく驚いた。


 ドラゴンたちは人間と袂を分かつことになった時、おのれの愛でられるものや眷属となった人間たちはすべてドラゴンの国に引き取られたことになっている。なので、今のドラゴンの国にはもちろん人間もいる。


 こんな人間の暮らしにくい場所で、かつての愛でられるものの子孫が未だに存在しているなど聞いたことはない。なぜ、ドラゴンの国に引き取られなかったのが不思議でならないが、詳しいことはわからなかった。ドラゴンにとっては短い時間でも、人間にとってはかなりの時間が過ぎているせいで、ただ、彼らはいつかドラゴンが現れる日まで、愛でられるものの末裔を守ってきたという。


 軽蔑すべきは、ドラゴンの心をないがしろにした人間たちであり、ドラゴンたちを敬愛する人間たちにはドラゴン族は優しい。



 人間たちですら忘れ果てたような場所にひっそりと暮らしていた彼らのほとんどは普通の人間だったが、その少女だけは違っていた。彼女がいなくなれば、彼らはやっとあの人間として住みにくい場所を離れられることになる。


 彼らごと眷属にして、ドラゴンの国に引き取ろうかとも思ったが、彼らは違った。ごく普通の人間として人間の地で暮らすことを望んでいた。ベルという少女以外にもう愛でられしものの血縁はなく、守るべき存在がなければ、彼らはごく普通の人間として町で暮らすこともできるらしい。


 ベルという名前の少女を無理やり彼らから押し付けられる格好になって、ウィルはいったんドラゴンの国に戻る羽目になった。


 彼女からいい匂いがしている。それはウィルの心に変化をもたらしつつある。


 もちろん、家族や周囲の者から猛反対をされた。それは当然だった。当然だったが、ベルを手放すことはウィルにはもうできなかった。愛でるものとはよく言ったものだ。出会いはどうであれ、ウィルの愛でるものがベルになったのは確かなのだから。



 ドラゴンの国から飛び出して、人間の国で暮らすことに決めたのは、ベルの成長を待つしかないからだ。まだ幼い少女を愛でるものにはできない。



 冒険者ギルドから仕事をもらった。ある商人キャラバンの護衛。そこには女性たちもいるから、安心してベルを預けることにした。人間の大きな街で一緒に暮らすことも考えたが、ドラゴンの国からの追手が来るのが目に見えている。なら、旅に出ようと思った。旅に出ていろいろな国を回るうちに、ベルの教育とベルの愛を得ようと思っている。


 今はまだ兄として接しているがいつかはベルを愛でるものにするのは、ウイルの重要事項の一つでもある。


 それまではドラゴンの国からの追手から逃げ続けるしかない。捕まったら、ベルとは引き離さるし。二度とベルと会うこともできなくなる。彼女の成長を見守りつつ、自分の愛でるものとして彼女を育てていく。彼女がウィルの愛でるものとなってしまえば、二度と離されることはない。それもまた、ドラゴンの国の掟だったのだから。

ドラゴンのウィル側から見た事情です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ