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異世界での邂逅

    -1-


 この世界には時の経過を決める基準がない。夜と昼の一日がない。時を刻む時計もない。健太の腕時計も止まっている。

 ドゥンヌの世界にも時間の概念はあったが、この世界に来てからどのくらい経過したのか分からなかった。

 時間に縛られるのが当たり前な世界に生きて来た健太には、時間が判然としないこの世界は苦痛であった。だから大まかではあるが、感覚的に一日が経過したと思ったら、いつも持っている手帳に、正の字を書いて記録することにした。


 健太達は、出口を求めて歩き始めたが、周囲への警戒は怠らなかった。ドゥンヌは敵からの急襲を避ける為に。健太は敵に会った時に、戦闘ではなく、話し合いへの先手を打つ為に。

 健太には考えが有った。以前と同様に何の手段も持たず、闇雲に歩いても意味がない。この世界にいる他の人間に会って、情報を集め出口を探す。

 他の人間もこの世界に迷い込んだ。だから俺達と同様に自分の世界に帰りたい筈だ。利が一致する。仲間になれる。仲間は多い方が良い。早く敵に会いたいと健太は思った。

 二人の脳が危険信号をキャッチした。慎重に辺りを見回した。健太はドゥンヌを見た。

ー誰だか分からない奴とテレパシーが出来るか?ー

ーやったことがない、分からないー

 健太はスピーカーみたいなものかと思い、音量を上げるように、強く思い、脳波を発信してみた。

ー誰かいるか? 俺達は敵じゃない、姿を見せろー

 辺りを見回した。何の反応もない。何度も発信した。

 危険信号が複数になった。しばらくして、突然岩陰から二人の人間が出現して、こぶし大の石を投げ付けて来た。野球であったら、140キロ台の速球だ。

 格闘家の健太と戦士のドゥンヌの反応は早い。難なく速球をかわした二人は攻撃に転じた。とても話し合いの出来る状況ではない。

 右側の敵には健太が、左側の敵にはドゥンヌが対した。

 健太の相手の身長は健太より少し小さい程度、身長的には互角であったが横が太い。

 健太は突進した。相手も突進して来た。両者とも勢いを落とさない。そのまま衝突すると見えた瞬間、健太は右に体を変化させた。体当たりして健太にダメージを与えて優位に立とうして満身の力を込めていた相手は、対象を失い勢い余って健太に背を向けた。健太はその一瞬を逃さず、強烈な蹴りを後頭部に打ち込んだ。相手は前のめりに倒れ、顔面をしたたか打って気絶した。

 ドゥンヌの相手の身長も、もう一人の相手の身長と変わらず、大人と子供との戦闘のようだったが、ドゥンヌの素早さが遥かに勝った。

 獰猛な猛獣のような身のこなしと、獲物を捕らえる狡猾さを持ち、戦闘能力の高いドゥンヌは精強な戦士だった。武器を持ってはいないが、鋭い爪と歯が武器の役目を果たして余りある。

 健太とは逆にドゥンヌは逃げるように、後ろに走り出した。相手は逃すものかとドゥンヌを追った。

 ドゥンヌは自分の能力の半分程度の速度で走った。相手はドゥンヌの背後に迫った。横に長い楕円状の石を右手に持っている。打撃用の武器だ。

 相手が石をドゥンヌの後頭部に打ち下ろそうとした。その時、ドゥンヌの頭が相手の視界から消えた。

 ドゥンヌは素早く身を沈め、横這いになり相手の足を刈った。全速力で走って来た相手はダイブするように、勢いよく前へ飛んで全身を地面に強く打ち、苦痛に呻いた。

 ドゥンヌは相手の持っていた石を掴み取り、相手の頭を強打した。鈍い音を残して相手は絶命した。健太と違い、殺し合いの戦闘に慣れたドゥンヌに容赦はない。

 健太は倒した男を観察していた。

 赤味がかった膚。体当たりをしようとしたのが理解出来るような、どっしりとした体形をしている。あまり敏捷そうではない。頭も体も手足も横に大きく、眼、鼻、口も大振りで、全体的に大らかさを感じた。

 この男の個性か、この男の世界の人間の特徴かは分からないが、攻撃的な殺人者には見えない。

 ドゥンヌも戦闘を終え健太のいる所へ戻って来た。

 健太はドゥンヌを見て思った。ドゥンヌも自分を殺そうとした。だが、それは自分を守る為。戦士には殺し合いは普通のことだが、享楽的に殺人をしているのではない。

 倒した相手もそうだったのではないかと思った。そうであったら、説得出来る可能性がある。

ーケンタの倒した男と俺の倒した男、違う世界の人間、背は同じくらいだが、細くて色が黄色いー

ー俺達のように違う世界の人間で仲間か?ー

ーそうだろうー

 しばらくして男が眼を開け上体を起こした。きょとんとして周囲を見回し、健太達に気付き怪訝そうな顔をして、座ったまま後退りした。

 健太は男を見て思念を発した。同時にドゥンヌをイメージして。

ー俺の言葉を感じるかー

 男は不思議そうに健太を見ている。健太はドゥンヌを見た。

ーこいつはテレパシーが出来ないようだー

ー出来る、出来なければこの世界で生きられないー

ーだが不思議そうな顔をしているー

ーどうしてか分からない、ケンタの時と同じ、やってみようー

 ドゥンヌは健太の時と同様な脳波を男に送った。

 男はドゥンヌを見詰めた。

ー思い出した、声出さない、心と心の会話ー

 ドゥンヌは健太に男からのイメージを転送した。健太は脳ではなく、心のイメージに文学的センスを感じた。

ーあんた、俺が誰か教えて、俺何も思い出せないー

 男の困惑の気持ちが伝わって来る。

 健太はドゥンヌを見た。

ー俺がこいつの頭を強く蹴ったから、記憶喪失になったようだー

 記憶喪失のイメージが伝わるか気になったが、ドゥンヌの世界にも記憶喪失は有った。

ー嘘ではないのか?ー

ーテレパシーでは嘘をつけない。気持ちが伝わってしまうー

ーテレパシーがうまくなって気持ちをコントロール出来る奴もいるー

ーそんな男に思えないー

ーお前がそう思う、それでいいー

 健太は男を見た。

ー俺達はお前を助ける、その内に思い出せるだろうー

ーお前達は何者?ー

ーこの世界は危険だ、他の人間はみんな敵、会えば殺される、お前は一人でいたら死ぬだけだ、俺達はお前の味方、一緒にいれば安全だー

 男は頷いた。

ー名前がないと不便だ、思い出すまで、お前の名前はワスレにしようー

 ドゥンヌを見た。ドゥンヌは頷いた。

〈忘れ〉、健太は自分が忘れない名前を思い付いた。語感も覚えやすい。健太しか意味を知らないから、健太に男を馬鹿にしたと言う意識は生じない。

 岩山の上から健太達の戦闘の一部始終を見ていた者がいた。その者は岩山から下りて来て、ゆったりと歩き健太達の視界に現われた。

 現われたのは黒豹のような動物。膚が黒光りして美しく、健太の知る黒豹よりかなり大きい。

 健太はドゥンヌを見た。

ー人間以外の生き物もいるのか?ー

ー初めて見たー

 健太達は新たな敵の、それもとても勝てそうもない敵の出現に恐怖に襲われ、どうしたら危機を逃れられるか必死に考えた。

 走って逃げても追いつかれて食われる。武器は石しかない。三人で立ち向かっても勝てるかどうかおぼつかない。絶体絶命。健太は死を覚悟した。この世とあの世の境にある空間世界にいるにも関わらず、健太の思う死は、この世での死の感覚だった。

 10メートル程に近付いて来た黒豹は、そこで立ち止まり、身構える健太達に悠然として対峙した。だが、黒豹からは殺気や攻撃的なイメージは伝わって来ない。

ーお前達を攻撃しない、安心しろー

 黒豹からの言葉が来た。三人は同時に受信したと確信していた。そう思える程、黒豹が送るイメージのパワーが強かった。音量が大きいと言うより、重低音に身体が共鳴して振動するような感覚だった。浮かぶ言葉は、自分の脳がイメージを変換して言葉にする前に、イメージが勝手に変換されて三人それぞれの世界の言葉が表示された、自動翻訳機を見ているようだった。

 健太は二人を同時に見た。

ー来たよなー

 二人は頷いた。

ー動物が話す、信じられない、この世界、不思議が当たり前、何でも信じるよ、知能があって、猛獣で、この脳力のパワー、かなう訳がない、殺されて食われる、もうどうとでもなれだー

 健太はやけっぱちになってその場に座り込んだ。他の二人も同調して座り込んだ。

 健太達は思いもしない、黒豹からの強いイメージ波動を受けた。その、突然耳元で大声で怒鳴られたような感覚が、驚きと混乱を生み、その言葉を見ただけで、意味まで理解していなかった。

ー俺の言葉が伝わらなかったか、お前達を殺しもしなければ、食いもしないー

黒豹に健太達の動揺は察知され、次の言葉は、パワーは変わらなかったが、物柔らかな優しいイメージに包まれていた。

圧倒的な力の差を実感し、黒豹の醸し出す、単なる動物とは思えない神秘的な雰囲気が健太に畏怖心を生じさせ、次に感じた黒豹の優しさのイメージから、畏怖は畏敬へと変わって行った。

 健太は畏敬の眼差しで黒豹を見た。

ーあなたは私を見ていないのに、私の言葉が分かるのですか?ー

ー言葉にしなくても、お前の思うことはすべて分かる、私の力はお前と比較にならない程強い、お前の世界で言うと超高性能の通信機と安物の通信機の差だ、パワーも違えば感度も違うー

ー私の世界が分かるのですか?ー

ー私は何でも分かるー

ーあなたの言葉は凄く強い、この二人にも伝わっています、あなたの力が強いからですか?ー

ーお前の世界で大声を出して話すようなものだ、お前の脳力パワーを強くすればお前にも出来る、お前は他の世界の生き物と違う、我々はイメージで会話をしている、お前の私を上に思う気持ちを今まで感じたことはない、お前の住む世界にある気持ちか?ー

ーそうです、私達の世界の人間は年齢とか立場で序列が決まります、イメージが伝わるか分かりませんが、私の住む日本と言う国は口で話す言葉にも、尊敬を表す言葉がありますー

ー今まで感じたことがないイメージだ、絶対的存在の私に、他の世界の生き物は恐怖の気持しか感じさせなかった、お前の気持はとても気持が良いー

ーあなたはご自分で絶対的存在と言われましたが、あなたは神ですかー

ー違う、お前の世界の神のイメージ、そんな大きな存在ではないー

ー私は神以外の絶対的存在を知りませんー

ー私はこの世界をなくしたい、他の生き物を助け、仲間になろうとする生き物をこの世界で初めて見た、お前のような生き物を探していた、私に協力しろ、成功したら教えてやるー

ー絶対的存在ならば、この世界をなくすことなど簡単でしょうー

ー私の姿は見えているだけだ。お前が霊と思うイメージに似ている、この世界に直接に力を及ぼせないー

 幽体離脱した時の自分を思い出した。

ーあなたは霊になる前は黒豹だったのですか?ー

ーお前と違い私は肉体を持たない霊体だ、肉体のような姿を持たないとお前達生き物は私の存在が理解出来ない、だから姿を持って現れた、お前の世界での黒豹と呼ぶ生き物に似ているが、これは私の創作だ、黒光りして、しなやかな姿、美しい、お前が霊になっても肉体と同じ姿なのは、それがお前の決められた姿だからだー

ー何の力もない私が役に立つのですかー

ー他の生き物はお前のような気持にならない、欲を与えなければ動かない、欲で動かしても、もっと強い欲が有ればそっちへ行く、お前は裏切りたくない欲がある、他の生き物を助けたい欲が有る、お前の欲は心が気持ち良くなる欲だ、自分の為の欲しかない生き物にお前の欲を教えてやる、そこの二人がお前の仲間になったように、他の生き物がお前の思う仲間になる、大きな力だー

ー仰せのままに従いますー

 他の二人にとって畏敬の気持は初めての感覚だったが、健太の気持に染まった。

 黒豹は無条件に従う思念が伝わる三人を理解し難かった。心の中に欲が見えない。有り得ないことに思えた。

ーうまく行ったら元の世界に帰してやるー

 健太はドゥンヌとワスレに自分の気持を伝えようと思い二人を見た。二人は期待に眼を輝かせて黒豹を見ている。二人も健太を見た。黒豹を畏敬する強い気持ちが伝わって来る。健太は思った。黒豹を通じて健太の気持が二人に伝わっていたのだと。


    -2-


ー何をすれば良いのでしょうか?ー

 健太は黒豹の指示を仰いだ。

 黒豹の表情は変わらないが、訝しむ気持ちが伝わって来る。

ーお前は何も考えないで私に従うのか、この世界を消滅させたい理由を知りたくないのかー

ー私はあなたに会って、全ての能力が圧倒的に違う神のような存在を知りました、私のような小さな人間が何を考えても無駄です、神に従うのは当然ですー

ー私はお前の世界の神ではない、今までお前のような従順な生き物に会ったことはない、言うことを聞いても、心の中では従わない、心を持っていたらそれが当然、考えるから生き物なのだー

ー考えるから従うのですー

ーお前は不思議な生き物だ、お前の世界はそのように創られたのだろう、考えるを力のある者に委ねる、正しい一つだろうー

 黒豹は体を反転させ、来た方向に歩き始めた。三人はそれが指示だと思い後に従った。

 低い岩山が連なり、木も緑もない殺伐たる光景が変化なく続く、道なき道を進んだ。

 暫く歩くと百メートル程先に、きょろきょろと辺りを見回し不安げに立っている人間を見付け、岩陰に隠れた。

 この世界で今まで見た人間と違い、ひょろっとして、膚は褐色だ。

 黒豹の言葉が来た。

ーこの世界に引き摺り込まれたばかりの人間だ、殺せー

 いきなり殺せと言われて健太は反発した。

ーさっきの言葉と違います、仲間にしないで殺すのですかー

ー私に従順に従うのではないのか?ー

ー時と場合によりますー

ーお前が罪悪感を感じるから、都合のいい忠誠心だな、これも欲かー

 健太は答えられなかった。

ーこの男は凄く怯えている、お前が仲間にしようとしても拒絶する、すぐに邪悪な奴の手下が来て捕らえられて、邪悪な奴に食われる、どうせ殺される、邪悪な奴に食わせてはならないー

ー邪悪な奴とは誰ですかー

ー邪悪な奴が、この世界を消滅させたい理由だー

ー分かるように教えて下さいー

ー何も考えずに従うのではなかったのか? 知りたいのが当たり前の気持か、教えてやるー

 健太が申し訳なさそうに頭を下げた時、男のいる方からどかどかと人の走る足音が聞こえた。

 四人程の人間が男の前に現われ、取り囲んで男を担ぎ上げ走り去った。一瞬の出来事だった。

ー捕られてしまったー

 皆は黒豹の独り言を感じた。

ーぐずぐずして男を捕られてしまった、理由を教えなかった私の責任だ、教えるー

 黒豹から教えられた理由は非現実的で、にわかに信じ難い内容であったが、健太は全てを信じた。今の自分のいる状況が非現実そのものだから。

 健太は頭を整理する為、又備忘録として、内容と自分の思いをまとめて手帳に書いた。

 健太はこの世界と、消滅させる理由のおおよそを理解した。書き終わって、死後の世界、霊魂の概念を持たぬドゥンヌが理解出来たのか気になった。理解したとは思えない。ワスレがどうかは分からないが。

 確認すべきだと思った健太は二人を見た。

イメージを送ろうとして、黒豹の名前を聞いていないことに気付いた。黒豹に聞いた。

ー私に名はない、私の姿をイメージすれば良い、その為に姿を創ったー

 健太は黒豹の名前を思う代わりに姿を思った。イメージに自然に黒豹様と名前が貼り付いた。

ー黒豹様の話、分かったか? 死んだら何もなくなる世界にいるドゥンヌには分りにくいよね。俺はこう感じたー

 健太は備忘録の内容の一部を見て、まず、確認用に黒豹の説明をイメージして送り、次に自分の思いを送った。

ーこの世界は生き物の霊魂を食らう為、邪悪な強大霊魂が作った世界、お前達も食われる為にこの世界に引き摺り込まれたー

ー黒豹様のイメージの邪悪と言う言葉から、許せないイメージが伝わって来るー

 次に霊魂の部分を送った。

ー霊魂は磁力、重力等と同様に固有、不変な力、エネルギーを持ち、宇宙空間に普遍的に存在する意識であり、持つエネルギー量により格、能力が決まるー

ー黒豹様は言葉を霊魂と変換して下さったが、イメージの霊魂の形は難しくて良く分からない、人間には肉体の中に霊魂が入っていて、死は肉体の消滅で、死ぬと霊魂は肉体から抜け出て生きる、その霊魂を強大霊魂が吸収しようとしている、黒豹様も強大霊魂も我々と桁違いのランクだと思う。黒豹様と強大霊魂の差は教えてくれなかったー

 ドゥンヌの思念が来た。

ー俺に身体と心がある、心がケンタの言葉の霊魂だと思う、黒豹からの強烈なイメージが頭に浮かび理解出来た、ケンタの言葉の宇宙空間のイメージが分からないー

 ワスレの思念も来た。

ー俺の世界にも霊魂の言葉がある、だが、黒豹の話は大き過ぎて良く分からないー

 健太は再度、備忘録を見て補足した。

ー宇宙空間には無数の空間が並行的に存在していて、互いに不可侵で、空間的に接触しても次元が違うから接触していないと同一である、それぞれに生き物が存在し、人間系、動物系それぞれ形態的、基本機能的に同一であるー

 二人は難しそうな表情をしている。

ー黒豹様からの言葉とイメージで何となく分かる、だが自分の概念を超えたイメージもあり、対応する言葉が見付からない、適切ではない言葉も有るから、全てが正しいとは言えない、否、良く分からない、幾重にも重なる無限の空間=宇宙、知っている言葉で言うとこうなるが、自分のイメージ力の限界を遥かに超えているイメージ、理解不能、理解不能でも全てを受け入れるー

 二人は変わらず、難しそうな表情をしている。理解出来ていない自分の説明が理解される訳が無い。

ー俺はこう感じた、俺も良く分からない、俺達が今いるこの世界も理解不能、だけど俺達はここにいる、それは間違いのない事実、事実だから考えずにそうだと思い込む、全てが真実だと信じる、俺の世界の言葉、宇宙空間のイメージは、果てしなく限りなく広がる空間があって、そこに塵みたいに小さい俺のいる世界が浮かんでいるイメージ、俺の世界だけじゃなくて、そこには違う世界が別々にたくさんあって似た人間・動物が生きている、俺達がいた世界はその中の一つ、俺達はそれぞれの世界があるのを知らない、知ることも出来ない、俺達も霊魂だけど、もっと格上な黒豹様のような霊魂は、それぞれの世界の壁に関係なく、宇宙の何処にも存在する、俺の能力ではこれ以上の説明は出来ないー

 ドゥンヌがケンタを見て頷いた。

ー分からないが分かった、ケンタの説明が真実、そう思い込むー

ー黒豹様を助けて、邪悪な奴をやっつけて、元の世界に戻ろうー

 健太は目的を明確にして二人を鼓舞した。

 

 黒豹はかすかな脳波でも感知出来る為、人間が何処にいるか把握している。強大霊魂も当然に人間の所在位置を知り、この世界に引き摺り込んだら時を置かず、支配している人間を急行させその人間を捕獲する。捕獲されずに生きていられる人間は、捕獲する側の人間か、捕獲する人間に勝った戦闘能力の高い人間である。

 黒豹は三人を引き連れ、ある地点に向かった。その場所に到着すると黒豹は立ち止まった。

 殺気とは正反対な、和やかで楽しい気分が伝わって来るのを健太は感じた。伝わると言うより、辺りの空気がそんな色に染まっているような感覚だった。何故か健太も染まったように、和やかな気分になった。ドゥンヌとワスレを見た。二人もそんな表情をしていた。

 前方に四人の人間の姿が見えた。二人はワスレと同じような体つきをしていて人種的に似ている。同じ世界の人間か。後の二人のうち一人は痩身で手足が長く顔が小さい。もう一人は、身長は少し低い。女っぽい感じはあまりないが、肥満ではない程度のふくよかな体形から、健太は女ではないかと思った。それぞれの世界に似たような人間が生きている。性別も同じ筈だ。

 黒豹が健太の思念に反応した。

ーそうだ、種類が女だ、邪悪な奴は霊魂のエネルギーがより大きい生き物を引き摺り込む、女は他の生き物が持っていない力を持っている、他の生き物の気分を動かす力だ、元の世界では、それ程力は強くなかったが、教えたように、この世界は生き物のパワーが強化されている、女の力が他の生き物の心に直接作用して、気分を動かす、他の三人は女を捕らえようとして、気分を動かされ女の守護者になったー

ー気分を支配されるのはまずいですよー

ーあいつは清い生き物、気分はいつも楽しく生きること、他の生き物の気分も楽しくする、これから大いにお前の力になるー

 何を教えられたか覚えていないとドゥンヌがイメージを送って来た。健太は以前と同様に、備忘録を見て、そのままの内容を二人に送った。

ー強大霊魂は空間の狭間に存在していたこの空間を利用してこの世界を作った、それぞれの空間に裂け目を作り、それぞれの世界から生き物の霊魂を引き摺り込む、肉体が死んでいない状態の霊魂を選び、肉体から霊魂が離脱しそれぞれの世界から離れた瞬間にこの世界に引き摺り込む、まだ肉体とのつながりがある為この世界で肉体を形成できる、肉体のない浮遊する霊魂は食えないー

ー幽体離脱した自分に何故肉体が有るのかが理解出来た、余計なことと思ったが肉体が有るのに空腹にならない理由を聞いた、肉体を形成するには、生き物として生きるエネルギーが必要である、この空間がエネルギー体その物であり、光となり、食物で摂取するエネルギーと同質のエネルギーとなり、体内に浸透し、直接細胞に供給される、脳も同様であり空腹感覚は不要になる、このエネルギーの密度が高い為、脳力、筋力が強化される、だからテレパシーが可能となり、キックも一発で決まった、我々の世界がそうだったら、どれだけ人間の苦しみを減らせたかと思ったら、人間は生きる為に存在する、食うことが生きることだ、そう創られたと黒豹様に人間の悲しい宿命を教えられたー

 ドゥンヌがニヤッとして健太を見た。

ーケンタの気持は分かるー

 黒豹の言葉が来た。

ー復習は終わったか、あいつと仲間になって来いー

 健太達は四人に近付いた。四人が気付いた瞬間、辺りを覆っていた和やかな楽しい雰囲気は一変した。

 守護者達は女を背にして殺気を放って来る。

(ちょっと待てよ、楽しい気分じゃないのかよ)

 健太は戸惑って二人を見た。

ー話が違うけど、どうするー

ー戦うしかないー

 ドゥンヌが返す。ワスレも頷いた。

ー愚か者め、楽しい気分にならずに近付いたな、女がお前達を不審に思って楽しい気分が切れた、楽しい気分を強く思えー

ー最初に指示して下さいよ、あ~、楽しいー

 思うのが遅かった。守護者達は石の武器を持って襲い掛かって来た。争いはないと思っていたから、ドゥンヌが奪った石の武器も持って来ていない。

 ワスレが自分の世界の言葉で何やら叫んだ。

「&&&&####$#&&%%」

二人が走りを止めワスレを見た。残る一人は攻撃をやめず健太に殴り掛かった。

 健太はワスレの叫びに気を取られて一瞬の対応が遅れ、殴打が頭をかすめた。かろうじて殴打をかわした健太の体制が崩れた。相手はその隙を突いて顔面に蹴りを入れて来た。可成りの戦闘能力を持っている。

 つま先が頬をかすって血が滲んだ。この痛みが健太の闘争心に火を付けた。動きが格段に速くなった。蹴りの連続攻撃に対して巧みに上体を動かしてかわし、蹴りが止まった瞬間を逃さず顔面に逆襲の蹴りを入れた。そのスピードは相手の比ではない。相手は健太の蹴りを受け昏倒した。

 健太が激しい戦いをしているのを気にもせず、ワスレは走りを止めた二人に近寄り話し掛けた。話し終わったワスレは健太とドゥンヌを見た。

ーこいつらを見て、俺の世界のことを思い出した、こいつらは俺の世界の人間、元の世界に戻りたい気持ちは同じ、仲間になると言ったー

 健太は微笑んで頷いた。

ーワスレの仲間がいて良かったー

 女を見た。不安そうな表情でこちら見ている。健太は優しい気持ちと相手を思う気持ちを心に満たして、女に近付いた。

ー俺達は敵ではない、あなたを助けに来たー

 女の表情が見る見る明るくなり、嬉しげな気分が伝わって来る。疑う気持ちを持たぬ女。そんな人間がいるものかと思いつつ、『あいつは清い生き物』、黒豹の言葉が思い出され、信じねばならないと健太は思った。

ー俺達と仲間になって元の世界へ帰ろうー

ー本当に帰れるのか? 帰りたいー

ーあなたは他人を楽しい気持ちにさせられるのか?ー

ーみんな私と同じように楽しく生きて欲しいー

ーこんな変な世界に来て、楽しい気分でいられる?ー

ー楽しい気分でいなければ、辛すぎてこんな世界で生きていられないー

 その通りだが、こんな状況に置かれて楽しい気分になれるこの女は、人の心を動かす力以上に、凄い能力を持っていると健太は思った。

ー誰でも楽しい気分にさせられる?ー

ー私の世界で、側にいる人がみんな私と同じような気持になると感じた、気を失って、気が付いたらこの世界で、何にも分からなくて、凄く怖くて、怖い気持ちでいたらもっと怖くなると思って、楽しい気持ちになるよう強く思って楽しい気持ちになれて、気持ちが楽になって、これからどうしたら良いか考えて立っていたらスンフウダが現われて、スンフウダはあの人ー

 女はワスレの隣に立っている男を指差した。

ー優しい気持ちが伝わって来て、頭に言葉が浮かんだ、初めての体験だった、頭で話すやりかたスンフウダが教えてくれた、私を見て凄くゆったりした楽な気持ちになった、この世界に来て初めてだ、こんな気分を忘れていた、私のお蔭だ、こうスンフウダが言ってくれた、私はスンフウダの役に立ててとても嬉しかった、もっと楽しい気持ちになってもらいたくて、スンフウダを見てそう思ったら、こんな楽しい気分初めてだと言って喜んでくれたー

 女はその時を思い出したのか、嬉し涙を指でぬぐった。

ー私を捕まえに来た、後二人来る、俺と同じように楽しい気分にしてやってくれと頼まれた、後の二人も同じようにした、二人もとても喜んでくれた、長く話してごめんなさい、あなたも私と同じ気持ちになれるー

 この女の能力は意図的に他人の気分を思うように動かせるのではなく、女の気分に他人を感化させられる能力であると健太は思った。

ー俺を同じ気持ちにしてくれー

 女は健太を見詰めた。健太の心の中から何とも言いようのない気分が湧き上がって来た。強制感もなく、何が楽しいでもなく、確かに楽しく心が弾む良い気分だった。これは癖になると健太は思った。

 女が補足した。

ー一回そんな気分になると、いつでも自分でそんな気分になれる、スンフウダが言ったー

ーこの二人も同じ気持ちにしてくれー

 健太がドゥンヌとワスレを見た。女はまずドゥンヌを、次にワスレを見詰めた。二人は満面に笑みを浮かべ、自分の世界の言葉で何か叫んで肩をたたき合い、健太に同じようなイメージを送って来た。

ー何、この気分、嬉しい、楽しい、ケンタ、この女凄いよー

 健太は倒れている男に近寄り抱き起した。男は戦意を喪失し、女の放つ雰囲気に感化され穏やかな気持ちになっていた。

 健太は男の脇を支え、ワスレと同じ世界の他の二人の男の側へ歩み寄り、男達に脳波を送って、男達を黒豹に会わせてから、この世界に来た後の経緯を聞いた。

 三人とも事故などの様々な状況で気を失う事態に巻き込まれ、気が付いたら見たこともない所にいた。どうしようか考えていた時、急に怖い気持ちになって、膝が震えて立っていられなくなって、しゃがみ込んで前を見たら、大きくて、ぞっとするような恐ろしい怪物が眼の前に現われた。

 頭の中に言葉が浮かんで、食われたくなければ命令に従えと言われ、恐ろしくて逆らえず、命令に従って、場所を指示されこの世界に来たばかりの人間を捕まえて、怪物の所へ運んで、目の前で殺した。

 自分みたいな人間は三十人くらいいる。これまで殺した人間の数は数えられないくらい多い。捕まえようとして殺された人間も多い。この女に会って、楽しい良い気分にさせて貰って、殺し合う気分になりたくないと強く思った。怪物が恐くなくなった。

 三人とも同じようなことを言った。送られてきたイメージから怪物の姿は浮かばなかったが、健太の心に恐怖心を生じさせる程、三人の恐怖のイメージは強烈だった。

 三人と女は、この世界も、怪物の正体も、自分達が使役された目的も知らないので、建太達と同様に黒豹がそれぞれの世界の言葉で事実を教え、ドゥンヌとワスレと同様に健太が補足した。<KBR

 黒豹からの教示でまだ二人に理解度を確認していないことがあったので、同時に全員にと思い健太は、皆に伝わるよう、大声で話す感じで圧を高めて脳波を送った。

ーみんな、この黒豹様のお話理解出来たかな、俺の感想を送るから、言いたいことがあったら言ってくれー

ー肉体を持ち生き物として存在している霊魂は、その存在する、世界・個体を流動させる為、肉体の消滅である殺害は許されているが、自身が霊魂であることを知らない、肉体を持たぬ霊魂は自らが霊魂として存在していると知り、生き物に対して絶対的存在であると認識している、

絶対的存在の霊魂であっても、同じ霊魂である生き物を直接的に力で支配することは出来ない、であるから、この世界の強大霊魂は強烈な恐怖イメージでこの世界に引き摺り込んだ生き物たちを支配し、霊魂を食らう為に引き摺り込んだ生き物を拉致させ、肉体を殺させ、霊魂が離脱した瞬間に霊魂を食らう、食らうとは霊魂のエネルギーを取り込み、自分の意識と同化させることであり、取り込まれた意識は個性を失い、強大霊魂はエネルギーを増加させ、さらに強大化し格が上がる、

離脱した瞬間の霊魂の存在が曖昧な時でしか、同化は出来ない、これが強大霊魂がこの世界を作った目的である、

霊魂にも欲が有る、霊魂は絶対正義の存在ではない、そもそも宇宙に正義の基準などない、正義は時には悪であり、悪は時には正義であるー

 皆に脳波は伝わっていた。<KBR>皆、難しそうな顔をして健太を見ている。

 黒豹からの教示は言葉であったので理解出来たが、正義、悪の概念のイメージは難しく、皆に理解して貰えなくても仕方がないと健太は思った。

ーこの辺の真理が理解出来ない。我々の世界では殺人は人の人生を理不尽に奪うことであり、絶対的な悪であるが、生きることが悪であり、死ぬことが正である世界もあると言う、逆転している、理解不能ー

ー強大霊魂の行為は宇宙の秩序を甚だしく乱すものであり、許してはならない、私は宇宙の秩序を保つ使命を与えられた霊魂、お前達人間が私に協力して強大霊魂を分裂させ矮小化してこの世界を消滅させるー

ー具体的やり方は教えてくれなかった、だがこの世界消滅の意味は理解した、宇宙の創造主は誰か、最大の疑問を聞いた、何の答えもなかった、分からないと言うイメージしか伝わって来なかったー

 ドゥンヌが健太を見た。

ー俺の世界で正しいことは、ケンタの世界では正しくないのかー

ー俺は、みんなが嬉しく、楽しく、気持ちよく生きられることが正しく、悲しく、辛く、苦しくなることが悪だと思う、この基順はどこの世界でも変わらないと思うー

ー黒豹が、ケンタの欲は心が気持ち良くなる欲だって言った、俺はケンタと仲間になって少し気持ち良かった、この女にいい気分にして貰って思い出した、俺の世界でも仲間が有った、助け合いが有った、この世界に来て生き残るのにいっぱいで、忘れてしまっていたー

ー強大霊魂が支配するのに邪魔だから、忘れさせられていたんじゃないかなー

ーケンタはなんで忘れなかったのかー

ー分からないー

 黒豹からの言葉が来た。

ーお前達はこの世界に引き摺り込まれたと言ったが、ケンタは紛れ込んだ、だから元の世界と変わらないー

ー知っておられたのですか、だったらなんで私が特別のように言われたのですか?ー

ー気持ち良く私に従いたくなるだろうー

(神の如き存在が人の心をもてあそぶのか)

 健太は少しムッとした。

ー私は神ではないー

(何でもお見通しなのが神なのです)

 健太はイメージを発せず心の中で思った。黒豹に対しては同じことだ。


    -3-


 健太の送ったイメージを全て理解してはいなかったが、元の世界に帰りたいと思う願望が四人の心を決めた。これで仲間は七人になった。七人は黒豹の後に従い黙々と歩いた。黒豹からは付いて来いとのイメージだけが伝わって来る。健太が一日くらい経過したかと思った時、黒豹は立ち止まった。

 先を見ると山羊のような動物が物憂げに座っている。健太の知る山羊より全体的に少し大きい。

 黒豹は振り向いて健太を見た。言葉は皆に伝わっているが、健太を皆のリーダーと決め、黒豹は健太と会話をする形を取る。

ーあいつはお前の世界にいる生き物、お前の世界の言葉で言う動物に似ているが、違う世界の生き物だ、お前の世界の動物は霊魂の力が弱く支配されている、あいつの霊魂の力はお前と変わらない、姿が違うだけだ、手の代わりに、霊魂の力で物体を動かす、お前の手のように、そう創られたー

ー私の世界では超能力と言い、本当に有るのか分からない特別な能力ですー

ーこの世界は生き物のパワーが強化されている、お前と違う能力を持つ生き物、仲間にすれば大いに役に立つ、あいつと仲間になって来い、絶対戦うな、お前はあいつに近付けない、戦ったら殺されるー

ー脅さないで下さい、山羊は優しく戦闘的でない筈ですー

ーお前の世界の動物とは違う、気難しい奴だ、和やかなイメージを送っておいてやるー

 健太は満面笑みを浮かべ、目一杯友好的な、優しいイメージを心に満たし、山羊に近付いた。他の六人も同様にして従った。女の力が皆の気分と相まって、より和やかな気分を醸し出していた。

 山羊は健太達に気付き、立ち上がった。生き残って来た余裕か、威嚇的なイメージは発して来ない。

ー止まれ、お前達、みんな優しい気分伝わって来る、俺もそんな気分になりそうだ、お前達は何者だー

 健太が表情を崩さず山羊を見詰めた。

ー俺達はあんたと同じ、敵と戦い生き残った人間だ、あんたの味方だー

ー敵を殺して来た人間、優しい気分持つのおかしい、これまで殺す気分感じて来た、だから戦って殺した、俺が持つのは殺す気分、優しい気分は忘れていた、お前は優しい気分作って、俺の殺す気分なくして俺を殺す、俺に勝てないから俺を騙す、お前は俺を殺せないー

 突然、風の塊のような眼に見えぬ力が健太の顔を襲った。戦闘能力が格段に向上している健太は、感覚的に力を感じ、危うくその力を避けた。

 健太のすぐ後ろに立っていたドゥンヌ他の二人にも力は発せられ、三人は顔を殴打されたように、同時にその場に倒れた。残りの三人は目に見えぬ力に怯え、その場に身を伏せた。

 健太は倒れた三人を見て躊躇せず、パワー全開で山羊目掛けて突進した。健太の突進して来る凄まじい形相を見て一瞬たじろいだ山羊であったが、気力を奮い起こし健太に両手突きの力を発した。

 一瞬のひるみが力を弱めた。山羊まで数メートルで胸に力を受けた健太は押され二、三歩後退したが、圧力に耐え、体を翻し、一回転させて力の先を外し、山羊に抱き付いた。

 健太は渾身の力を込めて山羊の首を絞め、気絶させようとした。山羊も負けずに見えぬ力で健太の首を絞める。パワーアップしている二人の力は強い。どちらかが絞殺される状況になった時、黒豹の大喝が二人の頭に響いた。

ーやめないか、大馬鹿どもー 

 頭に地震が起きたようなショックに二人の力が緩んだ。他の六人は音などしていないのに、耳を抑えた。 

ー愚か者ども、健太は仲間になりたいと強く思い、山羊に気持ちを発信しろ、健太と闘うお前は、お前の世界のことを思い出せ、優しさを、仲間を思い出せー

 健太は山羊を強く抱きしめ、身体から伝わるように、仲間になりたい気持ちを発した。

 黒豹を知らない山羊は、黒豹の叱咤に驚き、何処から来た言葉か不審に思ったが、静かにたたずむ黒豹と眼が合い、言葉の発信者を知った。

 黒豹の威厳ただよう姿と、言葉とともに送られて来た、心の芯まで響くイメージの強烈さに、山羊は黒豹を侵し難い、尊い存在と感じた。山羊に健太と同様な畏敬の念が生じた。

 山羊に健太の情が伝わった。山羊の安らいだ気分が健太に伝わった。二人は体を離して近寄る黒豹を迎えた。

 黒豹の力は人間の理解の範疇を越えている。黒豹は発する言葉を、それぞれの世界の言葉で全員に同時発信していた。受信も同様に全員に転送した。皆に公平であると示す為に。

 黒豹は山羊を見た。

ーお前は仲間になった、この世界のこと、他の皆のこと、これまでの経緯を知っておかねばならない、今から送るから理解しろー

 健太も黒豹からの言葉を受けた。

 山羊への発信が終わると、黒豹は少し高い岩の上に立ち、皆を見回した。皆も岩の下に集まった。

ー私を含め仲間は九人になったー

ー黒豹様は人ではありませんよねー

 健太が茶々を入れた。これまでの交わりで黒豹の情愛を知り、畏敬の念を持ちつつも、親しみをも感じてしまう健太であった。

ーケンタの世界の言葉では一頭かー

 黒豹にうまく切り返され、健太は顔を赤らめ詫びた。

ー申し訳ありません、余計なことを言いましたー

ーこれから我々仲間は、大きな目的を成し遂げる為、一体となって助け合って行かなければならない、その為には意思の疎通が重要になる、イメージを変換する会話では間違って伝わる危険性がある、よって共通の言葉を皆に授けよう、言葉は私に取って気持ちの良い建太の世界の言葉にした、これからは声を出して会話をしろ、その方が慣れていて楽だろう、共通語をイメージして送って会話をしても構わない、私と会話をしたい時は私をイメージして心に思えー

 皆は、頭に何か大きな塊のような物が浮かび、じわじわと染み込んで行くような感じがした。データが圧縮して送信され、解凍されるように。

 地球世界の日本語を学習もせず突然に、それも母語のようにマスターさせられた七人は、異様な感覚を持った。

「これがケンタの言葉か。急に分かっちゃって不思議な感じだ」

 ドゥンヌが試すように声に出して健太に言った。

 日本語を話すドゥンヌに健太は驚き、うらやましそうに言った。

「黒豹様の力は本当に凄いな。俺もドゥンヌの世界の言葉を話せるようになってみたい」

「元の世界に帰れたら二度と話さない言葉だ、必要ないよ。やっぱり口で話した方がいいな。心で話していると、心の中を全部見られているようで、いい気持しなかったんだよな」

「黒豹様には見られているけどな」 

「あの方は別だ」

 黒豹のことを思ったら黒豹から言葉が来た。返答ではなかった。

ーお互いまだ名前を知らぬ者がいるだろう、共通語で順番に声に出して名乗れー

 黒豹は初めに健太を見た。

「私は橘高健太と言います」

ー名前はそれぞれを識別する単なる記号だ、分かればそれで良い、お前の世界に姓名があるのは知っているが両方は長すぎる、好きな方にしろ、他の者も同じようにするようにー

「では、健太でお願いします」

 次にドゥンヌが名乗り、ワスレが名乗った。

「私はワスレです。私は自分の名前が思い出せないので、ケンタが付けてくれました」

 日本語を知っても、健太が安易に付けた名前の意味まで考えなかった。気立ての良い男だ。

 女がはにかみながら少し前に出た。

「私はトゥシャシュリです」

 発音の仕方が違うのか、聞き取りにくかった。健太がトゥシャシュリに聞いた。

「ごめん、覚えやすいようにシュリちゃんと呼んでいいかな?」

 トゥシャシュリは頷いた。

「有難う。みんな、これからはシュリちゃんって呼ぼう」

 次にシュリの守護者達がそれぞれ名乗った。

「私はスンフウダです」

「私はタラクラトリです」

「私はデュウディツンです」

 最後に山羊の番になった。山羊の知性が分かっていても見た目はどう見ても山羊だ。健太は山羊が喋れるのかどうか興味津々であった。

「私はシンジです」

 健太は心内で大受けしていた。

(山羊が喋った。名前がシンジって日本人じゃん。うける)

 健太に悪気はなかったが、心の中で秘かにはしゃいで思念の圧が高まり、イメージが発信されてしまった。テレパシーに不慣れな健太のミスだった。

 悪意はないが、シンジを侮辱するイメージだった。

 皆からの冷たい視線が健太に集中した。非難する思念を送って来る者もいた。健太は軽率な自分を恥じた。詫びようとする健太を制するようにシンジが言った。

「俺を馬鹿にしているのか。俺が話したら可笑しいか。俺の名前が日本人みたいなら可笑しいか。俺の世界ではお前のような生物は言葉もない下等生物だ。俺に取ってはお前が話しているのが可笑しいよ。黒豹様には従うが、これからお前は一切俺に関わるな。お前とは口もききたくない」

 建太はシンジの前に行き、深く頭を下げた。

「すみませんでした。馬鹿にしてなんかいない。シンジを本当の仲間と思っている。勘弁して下さい」

「それが日本語のお辞儀か。お前の世界ではお辞儀をすれば許されるのか。俺の世界は違う。俺達は誇り高い。お辞儀なんかで許せるか」

 健太は土下座をして、本心からの、シンジへの親愛の情と詫びる気持ちを強く思い、気持ちをシンジに送った。

 シンジの心は震えた。健太の真摯な気持ちが直接心に響き、シンジの健太に対する不快感は消し飛んだ。初めての感覚であった。

「ケンタ、俺の方が意固地になっていた。ごめん」

「シンジ、許してくれて有難う」

 建太はシンジに抱き付いた。健太には有り得ないオーバーアクションだったが、健太はそれ程追い詰められた気持ちになっていた。

 自分の心の中が開けっ広げになってしまう、怖さ・欠点。言葉では通じぬ自分の本心を伝えられる、有難さ・利点。

 テレパシーの欠点と利点を同時に知った健太であった。他の者たちも二人のやり取りを見て、この世界にいる間は注意しようと、肝に銘じた。


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