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第3話 始まり カイカの場合-1

「くそっ」

 苛立(いらだ)(まぎ)れに執務室の扉を力の限り開け放つと、『バンッ』と壁にぶつかった扉が大きな音を王城の廊下に響き渡らせる。まったく面倒なことになった。この国はこのままでは非常にまずいことになる。国家の危機といっても過言ではない。

 始まりは、一つの手紙であった。

 先日、周辺諸国に忍ばせ、諜報活動を行わせている部下の一人から危急の報せありと送られてきたものである。その内容とは、西方の隣国コザック王国に我が国進攻の準備可能性ありというものだった。しかし、元々コザック王国とは国家間の関係が良好とはいえず、国境付近でよく小競り合いが行われており、その時点ではそれほど大きな問題ではなかった。

 しかし、続いて報告されたことが事態を一変させた。その報告によると我が国から見てちょうど、コザック王国の反対、東方の小国ナガレ公国にも怪しい動きが確認されるというのだ。

 現在、この世界は五つの大国と十数の中小国家が同盟や小さな衝突を繰り返しながらバランスをとって存在している。

 我がインシュール王国とコザック王国は中規模国家の中でも上位の国力を誇っており、更に隣合っているという立地のためか、日頃から競争意識が強く争うことが多い。ナガレ公国はというと実に小規模な国家で、元々はインシュール王家の流れをくむナガレという貴族が君主を務める国である。そのためナガレ公国とは交流も深く、様々な資源や物資の交易も盛んであるのだが。


 そんな、ほぼ同盟国といってもよいナガレ公国に今回、なにやら我が国に敵対するような動きが見られるというのである。

 これは非常に困ったことだ、なぜならばこれまでナガレ公国は我が国がコザック王国に対するとき、背後をその他の国から守る壁のような役割を果たしており、これが無くなるということは背後を気にしながら戦争を行わなくてはならなくなる。更に言うならば、ナガレ公国が攻め入ってくることも考えなければ。

 こうなると、今回のコザック王国の進攻は国境付近のちょっとしたいざこざだけでは済まない可能性は大きく、一つ間違えれば、大きく国土を失うことになるやも知れない。

「ふーっ」

 深いため息が思わず漏れる。頭が痛い。

 タイミングから考えるに、コザック王国がナガレ公国に対して何かしらの工作を行ったのはまず間違いあるまい。

 くそっ、前回の騒ぎからようやく国内の政治が落ち着きを取り戻そうとしている時に面倒なことを。いやっ、この機会を狙ってのことか、おそらくインシュール王国内にも他国の諜報員はいるはずだ。

 苛ついているためか、どうにもいまいち考えがまとまらない。

 執務机の椅子にドカリと座り込み、天を仰ぐように仰け反る。そういえば、このことに関連してもう一つ私の頭を悩ませることがあるのだった。


 この急報を受け、私は父王に謁見し、事態の詳細を伝えた。継いで、こうなれば小国であるナガレ公国に先手を取って、一気に叩き戦意をなくさせるか、もしくは何がしかの取り込み工作をせねばと進言したのだが。どうにも反応が鈍い。なぜかと問うと、

「ハナハンナのことである」

 と一言。ハナハンナとはハナハンナ・インシュール、我が国の第二王妃の子、第二王女のことである。その第二王女は現在ナガレ公国の第二公子の下へ嫁いでいるのではあるが、結婚とはいってもこれは一種の人質の様なものとも言える。

 小国であるナガレ公国は資源・その他を我がインシュール王国に依存し、そのライフラインを握られている、更に保有する戦力の差も歴然としており、国力を維持するためには国家の地位の保障が必要であった。こちらとしても東方各国への盾が必要であり、その保障に代わり王家から人質を渡すことが昔から慣例として行われてきたのである。まあ、両国の関係は良好のまま推移してきたためこれも形骸化した慣習の一つになっていたのだけれど。

 ただ、今回の事態において彼女が人質として嫁に行っていることが非常に具合の悪いことになっている。私なんかはそれでも強引に攻め入ればと思う、別に昔から彼女と反りが合わず、折り合いが悪いとかそういうことは関係ない……はずである、いや本当に。事実、国家の非常時なのだから構ってはいられないのだが。

 しかし、父王の反応を見ると、どうにもそういうわけにはいかないようだ。それにはいくつかの理由がある。


 その理由の最も大きいものは、彼女の母親にある。彼女の母親である第二王妃は商人の家柄、それも大商人のである。そのため彼女の縁類には国内の有力商人たちが多くおり、それらの商人たちは王族やインシュール王国中央政治の大きな財源になっている。つまり、第二王妃は財政面において大きな権力を持ち、簡単に彼女を軽んずるわけにはいかないのだ。

 その上、この父王はハナハンナのことを溺愛しているということもある、第一王女の私が昔から今一つ可愛げのない娘であったためか、続いて生まれた、まさしくお姫さまという感じの可愛らしく愛嬌(あいきょう)のあるハナハンナは真綿でくるむかのように可愛がられ甘やかされ育った。まったく、いけすかない女だ。

 このため、強引にナガレ公国に攻め入って彼女の身に何かあるのも困りものだし、何かしらの工作を行う際に、一方的にこちらが不利な条件を飲まされてしまうのも、交渉が決裂して彼女に(るい)が及ぶのも、やはり困る。父王が困り果てたという顔をするのも、まぁ頷ける話と言えなくもない。

 ハナハンナは国内にいた時も親兄弟に甘やかされ、わがまま放題で周りに迷惑をかける面倒な奴だったが、隣国に嫁いでいった今でも頭を悩ませる厄介(やっかい)の種だ。いや、別に自分に可愛げがないことを(ひが)んでいるわけではないさ。


「フーム」

 どうすべきか、この日何回目かのため息交じりの(うめ)きを上げ、机に突っ伏す。すると、

「どうか致しましたか。カイカ様」

 顔を上げる、いつの間にかインジがそこに立っていた。

「どうもこうもないさ。コザックとナガレのことだよ」

 皮肉に笑いながら言う。

「その様子を見受けますと、やはり、王は難色を示されましたか」

「まあ、分かっていたことだが、どうしてもあいつには皆、甘い気がする」

 フンと鼻息荒く言う。

「ハナハンナ様も可愛いらしい方ですしね。それに第二王妃がいなければ王家の財政も潤沢とは言えませんし、致し方ないのかもしれません」

 お前の趣味は知らないよ。

「はぁー。しかし、コッザク方面のあの一帯は他国への牽制を行う上での重要地、容易に手放すわけにはいかない。世界の均衡が崩れてしまう」

 また、ため息が漏れるが、こんなことばかりしていてもしょうがない。とにかく先手を打たねばなるまい。

「インジ、使いを出してくれないか」

「はい、わかりました。で、誰にでしょう?」

「セイと、それにヨークにだ。至急と伝えろ」

「では、そのように」

 インジが執務室を(うやうや)しく出ていく。さて、忙しくなる。

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