第2話 始まり セイの場合-2
結局、その日の巡回警備中ずっと、食堂の女の子に対しての既視感が頭の隅に過り続け、悶々としたままだった。そんな状態ながら続けた巡回警備も夕暮れが近づき、取りあえず一区切りつけて、報告のため詰所に戻る事にした。
「ただいま戻りました」
挨拶をしつつ中に入る、
「おうっ、お疲れさん」
とゴート隊長がもうもうと煙を吐きながら返す。最近はまた、詰所の椅子に座り込み、パイプをくわえる姿を見るようになった。
騎士団内の噂では、結局、副団長の話は王国の政治方面から「なるべく早く決めてくれ」との圧力によりオウザの直属の部下が臨時で就くことになり、ゴートの粘り勝ちになったらしい。ただし、まだオウザはゴートの副団長就任を諦めてはいないようではあるが。一体何がそんなに気に入っているのだろうか、不思議である。
それにしても、今日はいやに詰所内が煙い、ゴートの方を見る。机の上の器には吸い殻がこんもりと積まれ、いつも眠そうな彼の眼はより細められて、珍しく渋い表情を浮かべている。何か問題でも起こったのだろうか。
「どうかしましたか、ゴート隊長。そんなに険しい顔をして」
何の気なしに尋ねると、
「うん? いやなにどうも最近、隊商とか商人の荷物の流通が少ないと思ってね」
書類を眺め、唸りつつ答える。
そうだっただろうか、毎日流れ作業のように繰り返される仕事をこなすのに精いっぱいでそこまで考えてはいなかった。ゴートから書類を受け取り見てみるが、言われてみれば確かにそうかもしれないなという程度の違いだ。
「それがどうかしましたか? それはそういうこともあるでしょう」
それほど深刻になるような事ではないようだが。
「そうなんだけどねぇ。まぁ、これは俺の個人的な経験から言うけどね、こんな暑い夏の年は普段よりむしろ、こういった流通は活発になるわけよ。みんな暑さに自棄になって買い物でもするのかね。それなのに減ってる、主に東の方面の物流が。なんだか嫌な予感がするなぁ、ボクぁ」
彼はパイプの煙を吐きながら肩をすくめる。
「そういうもんですか、隊長」
「そういうもんですよぉ、王子様。まぁでも、あんまり気にしてもしょうがない。何かあれば上の方で何とかしてくれるさ。俺たちは俺たちの仕事をするだけだから」
じゃあね、お疲れさんと詰所から出ていくゴートを見送る。
手渡された書類を見つめ直しつつ、隊長が言っていたことを確認する。今日の分だけでも結構な量だ、これらの詳細を一つ一つ覚えているのだろうか、隊長は。
書類と対しながらウンウンと唸っていると、
「ただいま戻りました。あれっ、セイだけ?」
サックが帰って来た。周りを見ると確かに誰もいない。
「隊長はさっき帰ったよ。それにしても、サックも遅かったね」
いつもなら私よりも先に帰ってきているのに珍しいことだ。
「ほらっ、セイと昼に行った食堂あるだろ。あそこで乱闘騒ぎがあったらしいんだけど、行ってみたらもう全部終わった後だったみたいでさ。当事者は誰もいねえでやんの。とんだ骨折り損だったよ、あの子にも会えなかったし」
最後に本音らしきものを漏らし、ぼやいている。
「それはお疲れさまでした」
笑いながら労う。すると、手に持った書類が目に留まったらしい。
「セイこそ、遅くまで書類仕事かい。熱心なことで」
と言うので、これは違うよと先刻の隊長との会話を説明し、書類を手渡す。
「ふーん、そんなもんかねぇ。まぁでも、あの隊長のことだ。間違いないんだろうよ」
パラパラと書類をめくりながら、私とあまり変わらない感想を述べる。やはり、それなりに騎士団内の隊長への信頼は厚いらしいな。
そんな会話をしていると、ふと外が目に入る。もう日も沈み、すっかり暗くなっている。
「お腹すいてきたな。夕飯でも食べて帰りますか」
サックを誘う。
「そうだなぁ、じゃあ行くか。どこ行く、ちょっと遠いけどオーバン食堂まで行くか」
とまだそんなこと言ってる。
「いやいや、近くのいつものところでいいでしょ。もう暗いし。それに、こんな時間じゃ、あの子もう働いてないでしょ?」
「それもそうか、じゃっ、行こう行こう」
と簡単に考えを変え、二人並んで警備隊がいつも使う店に向かって歩き出す。食事処に着き、料理を頼むと他愛もない話しつつ、食事を摂る。
食事も一通り終わるとサックが
「ちょっと酒でも飲んでくか」
と言い出したので、
「まだ十六だから駄目だよ」
と断る。この王都では十八歳より下の年齢では飲めない、規律を守らせるべき騎士が率先して法を破るわけにはいかない。
「さすが、王子さまはお堅いな、じゃあな」
サックはさっさと路地に消えていった。まったく彼も飲めるようになったばかりというのにお酒を飲み慣れているようだな。不良騎士め。
呆れながら、帰ろうと大通りを北上。騎士庁近くの路地を曲がり、家に入ろうとした時、
「セイ様」
急に呼び止められる。後ろには、いつもの姉上の使者。はぁ、まったく疲れてるというのに、
「なんだい。また呼び出しかな」
ぶすっとしつつ言う。
「はい、そのようでございます。至急、参上するようにと」
いつも無表情だな、この男は。何を考えているのかわからない。
「わかった。すぐ用意するよ」
「では、お待ちしております」
背後に気配を感じながら、部屋のある二階に上る。
夜に姉上からの呼び出しとは、あの時以来だ。どうせまた碌でもないことのはず。しかし、嫌な予感があっても行かざるを得ないのだ。
背中を流れる汗は、決して夜になっても引かない夏の暑さのせいではないだろう。