第2話 始まり セイの場合-1
今年の夏は例年よりも長く暑いようだ。高く昇った太陽の強烈な日差しがジリジリと肌を焼く。
今日はいつもの門番の仕事ではなく、王都の街中を巡回警備している。
巡回警備は基本、交代で任に着くのだが、これほど暑い日となるとかなりの重労働。なので、ベテランの騎士たちはなんだかんだと理由をつけて比較的日陰での仕事が多い門番をやりたがり、結果、私たち若い騎士にそのお鉢が回ってくる。
まぁ、これも精神修養の一つだと思ってやり切るしかないな。
それにしても、なんて凶悪な日差しだ、暑さで参ってしまいそうだ。騎士たちも夏用の制服を着用し、仕事に当たっているがあまり意味はなさそうだ、すでに服は汗でぐっしょりと濡れてしまっている。ぺとりと張り付く服が気持ちが悪いが、騎士たる者そうそう制服を着崩すわけにもいかない。
そんなことを思いながら、重い足取りで歩いていると広場に出た。子供たちがわーわーと広場で水遊びをしている、涼しげで羨ましい限りだ。あまりの暑さに少し休憩をと、広場のベンチに腰を下ろす。
周りを走り回る子供たちに、木陰で談笑する母親たち、平和だ。平和過ぎると言ってもいい。私にとって未だに頭を悩ますあの事件は、既に多くの人々にとっては過ぎ去った出来事で微塵も気にするほどの事ではないのだろう。
その暢気さに無性にイライラすることもある。しかし、平和に人々が過ごしているというのはいいことなのだろう、そのはずである。そのことにイライラするなど王子としてはあるまじきことだ。自己嫌悪に襲われる。
「くそっ、悩んでいても仕方がない」
皆が平和に暮らしているということは騎士団の仕事が世の中の役に立っている証だ。そう思い込んで、更に騎士の仕事に邁進するしかないではないか。
勢いつけて立ち上がる。そうすると、広場向うの方から呼ぶ声、
「おーい、セイ王子! サボりかっ、なんてな。もう昼になるし、飯でも食いに行こうぜ」
同僚のサックが近寄ってくる。サックは私と同じ警備隊所属の騎士である。年齢は私より少し年上だが、同時期に騎士団に入った。比較的年齢が近く、他の騎士よりも友達のようなざっくばらんな接し方をしてくるのでこちらとしてもあまり身構えずに付き合え、気が楽な存在だ。
こんなところにいるということは彼も先輩騎士に巡回警備の仕事を押し付けられたのだろう。
「ああ、もうそんな時間か。いいけど、どこにする。詰所の近くまで戻る?」
「いいや、ちょっと巷で噂になってる飯屋が近くにあるから。そこに行こうぜ」
「噂って、どんな噂なのさ」
尋ねてみると、
「いや、なーに。最近、可愛い娘がそこで働きだしたらしいんだ。だからどんな娘か見に行こうってな」
なんだそんなことか。サックはいつもどこからか、どこそこに可愛い女の子がいるという噂を聞きつけて来ては確かめに行っているようだ。声をかける勇気もないのに。そういえば、ヨークの噂を持ってきたのも彼だった。
「しょうがない。お腹もすいたし、近いならそこへ行こうか」
「よしっ。なかなか話が分かるじゃないの。じゃあ、行こうぜ。あっちだ」
大通りに向かって一緒に歩きだす。大通りに出て少し南下すると、目的地についたらしい。
「おっ、ここだ、ここだ。こんちはー、二人だけど大丈夫?」
サックは混みつつある店内に入っていく。サックの言う噂が本当だからか、それとも単純に料理が旨いからか、結構な客入りである。キョロキョロと店内を見渡していると、
「おーい、セイ。こっちこっち」
サックが奥のカウンターから手招きをする。混む店内を苦労しつつ移動する。
「結構、繁盛してるみたいだな、この店」
「まぁ、元々料理が旨いってここ辺じゃ有名らしいからな。それに可愛い女の子がいるってなったらお前、そりゃあねぇ。おっ、噂をしたら、あの子だよ」
サックの視線の先を見る。
ふむ、確かに可愛いかもしれない。しかしなんだろう、この胸のざわつく感じは。目を凝らして見る、誰かに似ているようなそんな気がする。まるで喉に何かが引っかかっているみたいな心持だ。
「おいっ! なに、じっと見つめてんだよ」
肘でつつかれる。
「えっ! あっ、いや、なんでも」
不意に言われハッとする、思いのほか、じっと見つめてしまっていたようだ。
「可愛い子に夢中なんて、王子様も男の子だな」
ニヤニヤと笑いつつ言ので、
「そんなんじゃないよ! ちょっと知り合いに似てたから」
と言い訳をするが。
「へぇー、へぇー、そうですか。まぁ、そういうことにしとこうかね」
あまり信じてないなコイツ。後でちゃんと口止めしておかなければ。そんなことを考えていると、『ドンッ』と大きな音、
「注文は? なんにするんだいっ」
小柄な女性がこちらを睨めつける様にして水を置いている。かなりの迫力に二人ともあっけにとられていたが、
「早くしなっ、こっちは忙しいんだよ」
とせかされる。
「はっ、はい。えーと」
とあせっていると、
「もうっ、おかみさん。そんなに睨んじゃだめ、お客さん困ってるじゃない。私が注文とるから」
先程の女の子だ。
「ふんっ」
と女性が奥の方へ入っていき、
「ごめんなさいね、おかみさん別に怒ってるわけじゃないんですよ。でっ、注文何にしましょう」
と謝りつつ、にこやかに接客する。なんだ、いい子じゃないか。なにがあんなにざわつかせたのだろう。
「えーと、じゃぁ……」
サックと共にいくつかの料理を注文し、待つ。
しばらくすると、先程の女店主がにらみを利かせながら料理を運んでくる。カウンターに置かれた料理は、なるほど確かにおいしそうだ。
「いただきます」
と手を合わせ、料理に手を付け始める。これならこの混み様も納得だな。時間もあまりないことだしと手早く食べているのに、横を見るとまだほとんど手を付けていない、どうしたんだとサックの様子を窺うと、
「ハァー、やっぱり可愛いなぁ」
と溜息をつきつつ、女の子を見つめている。こっちのことをからかっていたくせに自分はどうなんだか。
「おいっ、サック。あんまり長居は出来ないぞ。早く食べないと」
と今度はこっちが肘でつつく、
「んっ? ああっ、そうだな」
夢から醒めてしまったというような表情で料理を食べ始める。まったく、しっかりしてくれよ。騎士の仕事を頑張らなければ、と意気込もうとしている時にあまり気の抜けるような事をしないでほしいものだ。
一通り食べ終わり、ひとごこち着く、
「じゃあ、そろそろ行こうか」
テーブルに代金を置き立ち上がる。
「ありがとうございました」
と女の子の元気な声が響き、もう一度顔を見る。
うーん、やっぱりどっかで見たことがあるような。一体、どこだろう。