天使の輪
小学校五年生のときのクラス替えで、一人の男の子に目を奪われた。
やたら綺麗な男の子。やや茶色がかった、襟足で揃えた光沢ある、天使の輪が浮かび上がった髪に惹かれた。私は自分の初恋に気付いた。
小学生なりに、徐々に彼と距離を縮めようと私は頑張る。
「く、久留米くん。職員室まで荷物運ぶの手伝ってくれないかな?」
久留米くんは私の言葉ににっこり微笑んだ。髪が太陽の光を弾く。
「いいよ。それだけの量運ぶのキツイだろ。玉城は女の子なんだから」
そうして一緒に職員室まで荷物を運ぶ。久留米くんは荷物のほとんどを持ってくれた。優しい。ますます私は惹かれていく。
それからも何かと用事を見つけては、久留米くんに話しかけた。
「この算数の問題教えてくれない?」
「面白い本を探しているんだ。オススメないかな?」
「クラスでやる演劇の役に自信が持てないから、意見ちょうだい」
私が久留米くんに絡むと、彼はいつも微笑んで応えてくれる。
久留米くんは綺麗だけれど、自分の魅力を知らないようだ。時折、ものすごい寝癖のまま登校してくる。後ろの席で眺めていた私は、誰にも気取られないように、くすりと笑ってしまった。折角の美しい髪の毛。もったいない。
段々と久留米くんに友達扱いしてもらえるようになったが、私より彼に近しい女の子がいる。五年生になるより早く私と仲良くしていた女の子だ。
可愛らしくて頭の良い清水さん。清水さんはやっぱり久留米くんが好きなのだろうか。清水さん相手では、私は敵わない。
しかし、頭の良い清水さんは六年生のとき、国立中学に合格して、公立中学へ行く私達と進路が別になった。私はこっそり胸を撫で下ろした。
中学へ進学してからも、私は久留米くんへ纏わりついた。
八クラスもあるのに、ずっと同じクラスだった偶然に感謝する。
「玉城としゃべっていると楽しい」
「この間貸してくれたミステリー、面白かった」
「良い友達だなあと思っている」
……友達以上の関係になりたい気持ちは贅沢だろうか。
中学三年のときの修学旅行の班分けで、無理矢理久留米くんと同じ班になった。行先は京都。私は京都へ行ったことがない。久留米くんが班長になってくれた。
「二条城が見てみたいなあ」
私の下心に気付かない久留米くんは、無邪気に希望を述べる。
「いいんじゃないかな。私も見てみたいよ、二条城」
京都へ行く途中の新幹線で、班の五人でトランプしている私達をカメラマンさんが撮影してくれた。絶対この写真はあとで買おう。
京都では、久留米くんがリーダーシップを発揮して、スムーズに神社仏閣などをめぐることが出来た。久留米くんはすごいなあ。
彼の希望の二条城の二の丸御殿で、たまたま二人きりになった。久留米くんは目を輝かせてあちこち見て回っている。
「勅使の間も大広間も意匠が素晴らしいね。来た甲斐あったな」
「そうだね。狩野探幽が描いたの綺麗だね」
華麗で鮮やかな狩野探幽の襖絵より、久留米くんが綺麗だと思ってしまうが、それは口に出さない。また、天使の輪が跳ねた。彼の後ろで髪を見ながらにやにやしている私を、他の観光客は奇妙に思っていないだろうか。
やがて高校受験が間近となった。久留米くんは私より頭が良い。彼の受験予定の高校は私の学力では無理だ。
せめて、同じ路線の高校へ通いたい。不純な動機で受験校を選んだ。
無事、私達は高校へ合格した。お互いに祝い合う。
「合格おめでとう!」
「玉城もよく勉強頑張っていたよな。おめでとう」
高校が決まったら、あとは中学卒業するだけ。もう毎日天使の輪が見られない。
卒業式の後、思い切って久留米くんを公園に呼び出した。
「どうしたんだ、玉城?」
久留米くんの質問に、俯いていた私は顔を上げた。黙って一分間天使の輪を見つめる。久留米くんは何も言わず、私を見つめ返していた。
「……小学五年から好きでした。第二ボタンください!」
勇気を振り絞った精一杯の告白。気の利いたことなんて言えない。直球勝負で挑んでみた。
久留米くんは、ひどく驚いた表情をしていた。ひたすら私を見つめ続けている。少し間を置いて、彼は静かに答えた。
「玉城は、良い友達だと思っていた。ごめん。友達以上には思えない。好きな子がいるんだ」
「好きな、子?」
私は呆然とした。彼の言う「好きな子」は一人しか思い浮かばない。
「……もしかして、清水さん?」
久留米くんは無言で頷いた。私は泣き笑いになった。清水さんに敵わないと思ったのは事実だったのだ。……仕方ないなあ。
「わかった。ごめんね、久留米くん。真剣に答えてくれてありがとう」
そうして、私は久留米くんに背を向けた。諦めた。吹っ切れた。……そう感じるのには少し早いかな?
取り敢えず、心機一転定番で髪を切ってみようか。
ロングにしていた髪をショートカットにして、高校へ通い始めた。元々人見知りしない性格だ。すぐに友達も沢山出来た。楽しい高校生活。ショートカットの髪の毛は、洗った後乾かすのが楽だ。
楽しい高校生活……無理にそう思おうとしているかも。どうだろう。
真新しいセーラー服でラッシュの朝の電車に乗っていたら、真新しいブレザー姿の久留米くんと目が合った。彼は私の髪を見て、目を見開いていた。私の髪なんて気にしなくて良いのに。久留米くんの光沢ある髪が今でも好きだ。
時々、修学旅行の写真を見る。トランプしている私達。久留米くんの髪が光っていて綺麗だ。
久留米くんが初恋で良かった。綺麗な綺麗な優しい男の子。清水さんには負けてしまったけれど。次の恋は、誰にも負けないようにしよう。
まだ私の青春は終わってはいないのだから。
こんにちは、チャーコと申します。
初めてハッピーエンド以外の話に挑戦してみました。
ハッピーエンド以外も書いてみたかったのです。