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百八つ物語 GYATAI THE GRANDSHELL  作者: つぐはら ふみ
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蔭基(かげもと)ダコ 百八つ物語 Gatay the grandshell !

蔭基(かげもと)ダコ 百八つ物語 Gatay the grandshell !




東京湾に臨む漁場、沙汰湘東区(さたしょうとうく)大字猿浜田さるはまだ沖合数キロ。

今は初冬だ。


雉山牙鋤(きじやまきばすけ:猫/父)雉山猫太郎(きじやまみょうたろう:猫/息子)が昼前に仕掛けた網を引き揚げている。

五トンにも満たない小さな船だが、沙汰湘東区沿岸の波の静かな一帯では主力船である。

網の中の魚が銀鱗を煌めかせて暴れている。


「まぁまぁだね、オヤジ」


猫太郎が網を巻き上げる電動滑車を操作しながら、今日の"上がり"の感想を口にした。


彼は大きな猫耳を覆う毛糸の帽子を被っている。

それなりにイケメンだ。

高校を出てからは、ずっと父親の漁を手伝っている。

週末は合コンなんかにも行ったりしてるが、そろそろ嫁が欲しいな、と思う年頃だ。


「あぁ、最近はアジの水揚げがイマイチだが、まぁこんなもんだろ。」

「親父?」

「おぅ」

「あれ?タコか?」


息子の猫太郎が、もがいている網の中の魚の中に長くのたうつものを見つけた。


「手繰り寄せてみろ!」

「うん」


捕まえた!でかい!…確かにタコだ。

それにしても変なタコである。

頭からたくさんの藻が生えており、まるで見た目、“落ち武者”タコだ。

のたくる触手はイキが良い。

猫太郎は唾を飲み込んだ。


“こいつを刺身にして一杯やりてぇ!”


と、いきなり?????


『ぷ、ぷしゅ、…そ、(それがし)は、まつもとごんだゆうかげもとであ~る…』


タコの出水管が、人間の口のように動いた。


「なんだぁ?」

「どうした猫太郎?」

「タコが(わめ)いてる。」

「ほんとか!?」

「オヤジ、これもしかして、あれじゃねぇか?」


猫太郎は思いだした!


「何だ?」

「寄合所の回覧板にあったさぁ、東京大學のエラい先生が欲しがってるって言う喋るタコ!」


あった!そんな張り紙が。

さっき船を出す前にメシを食っていた時に確かに見た事を思い出していた。

確かにそれは、また喋った!


『重ねて申す!(それがし)は、松本権太由蔭基(まつもとごんだゆうかげもと)である…』

????????

『…美しい女を持て、(それがし)が吟味してつかわす』


タコの発する声は甲高いジジイである。


「ぎゃはははっ『吟味してつかわす』なんてバカじゃねーの?」


息子は刺身にして食ってしまいたい、という熱い願望が、訳のわからない甲高いジジイの声で喋るその気配で見事に打ち砕かれて、若干腹がたっていた。

タコのくせに生意気な…


猫太郎と父親は、れっきとした東京市民であり、"猫"である。

顔は、ほとんど猫だ。しかし人間である。

"猫としての属性を強く持ちそれが姿形に現れた人間"ともいえる。

沙汰湘東区の区長は"犬"だし、隣合う六つの区のうち、人間の区長は三人だけだ。


『人間』という言葉がちゃんとあり、『人間』という漢字も通用するが、その定義は、想像もつかないものだ。

だから、喋るタコがいても、単純に学術研究以上のものには成り得ず、間違っても、物見高いテレビネタになることは無い。

ここでは、それが当たり前のことだからだ。


ぷしゅー


「わ、コノヤロっ、墨吹いた!」


猫太郎の顔はだんだら真っ黒だ。


「おぉ、だいじょうぶか、はやく生け簀に放りこんじまえ」

「いや、だめだよ、親父、こいつ捕まえてもっていけば協力金くれるっていうからさ。」

「そうか、じゃ、そっちのあいてる水槽にぶちこんどくか。」

「うん…わ、ぅあ、くそ、からみつきやがって…」

『その方ら、某をなんと心得る!』

「うるせぇ、タコのくせに威張ってるんじゃねぇよ、この野郎!」 

息子の膝蹴りが、軟体動物の身体に炸裂した!






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