羯諦 百八つ物語 GYATAI THE GRANDSHELL
Date: 2009年9月17日 19:42:49:JST
羯諦 百八つ物語 GYATAI THE GRANDSHELL
頻賀を肩にとまらせた少年。
歳のころは、15~6才?
頻賀とは、小人である。
服を着て言葉を喋り、人間と同等以上の知能を持ち、人間にはない能力で、人間の旅に、気まぐれで付き合う。
彼の肩にとまっているのは『楼蘭』という名前の女性の頻賀だった。
少年は、台地の縁を歩いている。
彼は、もう4ヶ月以上も一人旅をしている。
身長140センチほどの小さい体躯。
顔は精悍そのものだった。
少年の辿ってきた道程は、すでに100kを越えていた。
10才の子供とは思えない体力だ。
いくつかの集積所や集落で、水や食料、弾薬を仕入れてはひたすら先を急ぐ。
顔が見えなくなるくらいの大きな麦わら帽子、強い日ざしをさけるためのポンチョ、コンパス、地図、
小さな躯には不釣り合いに大きいショットガン。
右手首には狩猟用の、それも子供の体格に合わせて小型化された木製のボーガンをつけていた。
10センチほどの矢は、一度に五発まで装填でき、
30メートル以内の小動物は3/4以上の確立で仕留めることができる。
赤茶けた岩石。
むき出しの地面…照り返し!
むっとする熱!まとわりつく空気…
全く雲の無い空。
太陽。
少年は、あの空に輝くものが太陽というものであることは知っていたが、
この世界は、ここから10万キロ離れたところでも、今現在立っているところの延長にあり、
昼と夜は、《この世界独特の摂理》によってくり返され、空の太陽もその摂理に従うそれなりのものでしかないということは、あまり知らなかった。
少年は、いくつか前の集積所で手に入れた自動巻きの腕時計をしていたので、
時間は把握できていたが、
三日間ほど太陽が沈まなかったことや、
見ている間に太陽が二つに分裂したこともあった。
そもそもなぜそうなのか、知る暇ができるほど余裕のある生活を少年はしたこともなかったが…
小さな手帳と鉛筆が、今は少年にとって一番大事なものである。
少年は、四ヶ月より前の記憶が、あまりはっきりしていない。
平仮名はちゃんと書けるし、漢字だって少しは知ってる。だから、
曖昧な記憶の部分を少しでもはっきりさせておこうと、少年はこまめに日記をつけていた。
視界がひらけた。
足下数メートル先から崖。
左手から右手へ向かって、遥か先まで
赤ちゃけた
起伏の激しい岩石の連続。
《らるがと》の集落を出てから、
すでに十数キロは
歩いていた。
地図を広げてみた。
次の集積地『しがつぇ』は、右手の彼方のはずだった。
遠雷のような音!
「?」
確かに響いてる?…
「なんだろね、ろーらん…」
「ん~」
頻賀も同じ方向を注視。
そして鼻をひくひくさせた。
遠雷の音源?音がいきなり拡大!
さらに大きくなり、断崖の下から、いきなり巨大な人形が舞い上がった。
「ギャタイだぁっ!」
頻賀が絶叫した。
20センチほどしかない体格のわりには大きな声だった。
少年は口をぽかんとあけたままだった。
【ギャタイ】
頻賀が叫んだ20メートル以上の(見るからに)巨人女性の型をしたそれは、
空気を切り裂く轟音とともに一気に
100メートル以上もの高度まで到達するほどの跳躍をし終えて、
子供の視界はるか先の凹地に降下していった。
その背中にある殻羽が開き、羽衣を思わせるような
『光の粒子』
が吐き出され、降下の物理的なベクトルはゆるゆると減少していった。
機体がゆっくりと地面に接近するにつれて、どこからともなく、心地よい楽の音が響いてきた。
ギャタイの歌だ。
それは、弦と笛の落ち着いた和音。
光の粒子はよりいっそう濃く機体にまとわりつく…
関節部に布を巻き付けた女性型の巨大な人形はゆっくりと着地した。
相棒が叫ぶ。
「急いで、」
「うん!」
「あのギャタイから、ものすごく良いにおいがする」
頻賀の嗅覚は完璧だった。
だから頼りになる。
良いにおいがする、
ということは
あそこには良いものがある、ということだ。
それは、子供が長い旅で培った体験則だった。
わずかの間、
直立姿勢のまま、
ギャタイは静止していた。
真っ青な空
ギャタイの表面は褐色の木目が浮き出した霊木の強化積層装甲である。
殻羽の上には、機体身長の1/2ほどの長剣が装着されていた。
そのまま、連続動作を続けるように一旦立ち膝になり、機体は前に屈み始め、
ついで、腰の後ろにある円筒状の関節部が回転して、上半身がゆっくりと後ろへ曲がり始めた。
子供は走り続けた。
崖の歩けそうなところを直感的にさがし、四足獣のようなすばしこさで飛び下りていく。
小さな相棒は、音もなく子供の進路をトレースするような軌跡で空中を移動した。
「はぁ、はぁ、はぁ、 …」
崖を降りて平地に出る。
砂漠だ。
視野の中にめざすものはあったが、結構距離があった。
サクサクサクサクサク…
ギャタイは、目の前に躯を二つおりにして聳えていた。
“すっげぇ”
という感嘆詞だけで、まさやの頭の中が埋め尽くされていた。
ギャタイの楽の音…
雲ひとつない青空。
ハッチ(二つ折りになった胴体の中の小部屋の一部)が開いていた。
出てきたのは女だった。
息をのむほど美しい…
澄んだ黒眼がちの瞳は、見つめるだけで浄化していくものをもっていた。
通話用インカムをつけて、パイロット用のベストをつけてはいたが、
髪飾りや羽衣は現世のものではないように見えた。
しかし!
まさやが《大人の女》を見たのはこれが《始めて》だったから、
比較して判断のしようもなかった。
女は、軽やかに少年の方へ歩いてきた。
「ねぇ、お名前…」
女は少年を覗き込むようにして屈んだ。
「まさやくんでしょ?」
「うん」
“何で知ってんだろ…”
女はギャタイを指差した。
そして、少し声をひそめ、
悪戯っぽい笑顔を浮かべて言った。
「これ、あなたにあげるわ」
「ええ~~~~」
「うわ、うわ~~~~」
子供と小さなな連れは、お互いに抱き締めあって声を出すやら、声にならないやら、訳のわからない悲鳴をあげ続けた。
「あたしはもう帰ります」
「へ?」
女の姿は、軽々と空中に浮いた。地上10センチくらい?
そして、なんと!
足の下のほうから…!!
消え始めた!
「きみは字、読めるわよね」
女は、優しく確認するように尋ねた。
ふわっと浮き上がった女は、膝まで霞んで、膝から下があった所に向こう側の地面が見えていた!
「!?」
「動かし方はね」
「ちょ、ちょっと待って!」
「ちゃあんと書いて中に置いてあるからね」
女の姿は、腰のあたりまで消えていた。
「bye」
最後に首の下まで消えて、遠離っていく。
やがて、顔の笑顔だけが残って、それも空気に滲んで見えなくなった。少年は相棒に振り向いた。
「何なんだよ、これは!?」
「オレに聞くな~~~~」
到底、このままでは済まされないものがある。
しかし、自称旅行家の女の頻賀は、背の高い年下の連れの表情など完全に眼中に無い。
含むところがあるような表情をしながら、腕を組んで子供の肩の当たりに浮いていた。
ずっと、消えたあたりを見つめている。
地面に対して、頻賀の姿勢は、擂り粉木のようにゆっくり揺動していた。
「へぇ、あいつ地蔵界の精霊だよ、」
まだ感動さめやらぬらしい。小さな汚い両手で顔をごしごしと擦った。
「おれ、始めて見たわ。」
「いったい何なんだこれは、ええ!?」
子供は、答えの無い疑問が爆発し、肩のあたりに浮いていた小さな相棒をわしづかみにして怒鳴った。
「おれには言えん」
頻賀は知っていることを伝えられないもどかしさを感じているようだった。
「おれ、まだ寂しい思いしたくないもん。」
子供は聞き返した
「何でさ?」
「お導きなんだよ、あの精霊は、前世で会った人のメッセージを運んでくれるのさ、」
「…」
頻賀は泣き出した。
よっぽど言ってはいけないことを言ってしまったのかもしれない。
「おれは頻賀だからな、これ以上は言えないんだ、」
「…」
「許してくれよ」
「…」
「ごめん、ほんとに許してくれよ」
頻賀は、浮かんだまま、俯いて涙を流していた。
少年は、少し落ち着いた。
「どうすんだよ、これ、」
いくら小さい相棒とはいえ、ろーらんは、自分よりずっと姉さんなんだ…少年は、何だか悪いことをしたような気分になっていた。
「今日はここで泊まるかぁ?」
「うん」
静止姿勢のギャタイをバックに、少年は火を起こした。
まだ、少年の頭はパニック状態を脱してはいなかった。
「ねえ、」
「ん?」
「ギャタイって、何?」
たき火の火がはぜた。
豆が煮える。
皿に盛りつける。
ろーらんの皿にも一粒。
旅行家の頻賀が、得意になって話を切り出した。
「ギャタイっていうのはね…」
ギャタイ、と呼ばれるものはかなり昔からあったらしい。
ろーらんが知っている古文書では1500年以上前の物もあった。
人形をしたもの、凧のように空に浮かんで飛行するもの、車輪が付いていて地面を早く走るもの、
船のように大きなもの等があり、形は様々だった。
どれも外側の部分は木で出来ていた。
木といっても唯の木ではなく、霊木を削り出した合板を何層にも重ねて作る。
古くは、頻賀が天界と呼んでいた阿須ヶ乃宮の宮大工が作り始めたものだったらしい…
モニター類が液晶を使用してあるのも、かなり歴史は古く、そもそもこの世界で始めて液晶が実用化されてすでに300年はたっていた。
液晶以外の内装品で頻賀の工房で作られたものは多い。
ギャタイに搭載されている大容量・高速の電子計算機を識相と呼び、その中心となる演算処理の回路を識相核と呼ぶ。
電力によって起動するが、演算処理の過程では、霊力の影響もうけて、その処理結果は大きく変動する。
当然ながら動かすには慣れも必要だった。
「ギャタイとは、漢字でこう書く。」
やおら、ろーらんは舞い上がり、
木切れを持って砂地に線を引き始めた。
「羯諦」
「すごいや、ろーらん、ぼく、そんな難しい字書けないよ、いったいどこで覚えたの?」
「どこでって、そりゃ、おまえ…」
ろーらんは、答えに詰まって、ふわふわ浮かんだまま赤くなった。
【「羯諦」:瑠】
それから数日かけて、子供はギャタイのコクピットに潜り込んだまま、必死で操作法を読みふけった。
『羯諦操作方法』
読めない漢字にはすべて振り仮名がふってある。
その振り仮名がまた手書きなのである。
サイズはだいたいB4サイズほどの横型。
左端に穴をあけて金箔押しの紐でとじてあった。
これは面白い。
これなら、今まで歩いてきたよりも何十倍も早くすすめる。
何よりも少年が不思議に思ったのは、
何で、ぼく一人のためにこんな手のこんだことをしてくれるんだ、
そもそもこんな手のこんだことをしてくれる人は、どこの誰なんだ、
ということだ…
いつか会ったら礼を言わなきゃな、とは思っていたが、今は操作法のおもしろさでそれどころではなかった。
このギャタイの名称は 瑠 という。
操作法の最初のページには、このギャタイの性能説明があった。
『瑠』
推奨出力値:
臨界出力値:
全高24メートル
全備重量
最大歩行速度110キロ
パイロット2
ペイロード8500キロ
識層核
識層核演算臨界定数
続いて操作法の本題が始まる。
・操縦室:機体は、2名の乗員を以て運転されるが、1名はあくまで補助であることを心得ておくがよい…
・搭乗法:『我、今、この法理を聴聞することを得たり。願わくは、我が実践道の奥義として解し奉らん。某』上記の奏上文を鍵盤より打ち込むがよい。さすればギャタイの識相核は、汝の存在を認め、全駆動式の起動をもって汝に応えるであろう…
「『某』って、なんて読むの?」
「なにがし、だよ」
「なにがしって何?」
「まさやのことを指していってるのさ。」
頻賀は、傍らにふわふわ浮きながら丁寧に答えていった。
「ふーん…」
・降機法:まず全駆動式終了の印が現れたことを確認するがよい。この終了の印が出現するをもって機体の待機保全式が起動し、機体は、自己点検状態に入る。然るのちに画面下の『降機』の釦を押すがよい。さすれば、機体は降機の姿勢になり汝は外に出ることが出来るであろう…
・識層核:この機体『瑠』は13645の機体駆動式をもち、どの駆動式を、いつ、どこで、どのように実行するかを判断するのが識相核であるので、覚えておくがよい。識相核は、それぞれ第1から第3までの記憶巣と前記憶巣、待機記憶巣の3種合計9基の記憶巣を持ち、その中心には霊子結晶演算素子が組み込まれていることを忘れてはならない…
・操舵輪:ギャタイの操作は、すべてこの操舵輪一つで行われる。
・殻羽根:ギャタイは、大気中にみなぎる大いなる慈悲の御力を宝玉よりとりこんで駆動するが、その時に大きな役割を果たすのがこれである。殻羽根によって取り込まれた力は大きく二つに変換され、一つは電力に、もう一つは、機体外部に対して重力の遮断や制御等を行う力場として出力されることを覚えておくがよい…
・手:指の先には、掴んだ物の硬さや、霊的質量を測る壜があるので注意するがよい。この壜によって測られた数値は、識相核の第一前記憶巣に書き込 まれて駆動式を実行する時の参考となるので、忘れてはならない…
・頭部:動力循環機構として使用される宝玉あり。これは太陽の霊力をうけて機体内部の蓄電池に常に電力を供給するものであるから、汚れなどが つかないようにきれいにしておくがよい…
・自動安定:機体は、頭部に設置された傾斜計により、常時傾きを計測しておる。
この傾きは、駆動式を実行する際の基本計算を行うために極めて重要な数値である。
故に、操作法向上のためには、常にこの関係を頭に入れて実践するがよい…
そして最後のページに、
ギャタイ とは信仰である。
ギャタイ とは、救いであり、生の姿そのものである…
「?」
少年は、頼りになる相棒に、目いっぱい眉をしかめて振り向いた。
「ねぇ~~、信仰って何?」
「人の幸せを祈ることさ。」
相棒は、にっこり笑って頷いた。
頻賀は、この少年とギャタイを駆って旅をするこの何十万キロにも及ぶ地平のことを、巡礼の地とも呼ぶ言い方があることを、いつか教える機会があるんだ ろうな、と、なんとなく思った。
出発の朝がきた。
少し風が強く、日ざしが強かった。
機体がたちあがった。
「いくよ、」
「よし」
頻賀は少年の肩ごしにつかまり、少年はゆっくりと操舵輪をひき起こした。
機体が音も無く立ち上がっていく。
いや、操縦室の中からは、微かな音は聞こえていた。
画面に写る前方の風景が広がっていく。
広大な岩石砂漠だった。
少年は、目を輝かせて快哉を叫んだ。
「よっしゃぁ!」
「やったぜまさや!
朝日が差し込んでいた。
風がさらに強くなってきた。
ギャタイが歩をすすめるにつれて、砂地の地面が砂埃を巻き上げていった。
頻賀は、画面脇にびら~~~~んと貼った地図の前に浮かびながら、確信をもって答えた。
「かりょ、の集積地ってどれくらいなんだ?」
「これなら近いよ、安心しな」
ギャタイ
少年は操舵輪を握ったまま、思い出したように呟いた。、
「前世って何だよ、わかんないよ、そんなもん…」




