百八つ物語 GYATAI THE GRANDSHELL/最終END構成
★☆竹下通り
午後2時過ぎ、
あの日中絶した女は、新しい男友だちと竹下通りをぶらぶら歩いていた。
原宿駅までは、あと4~5分程の地点だった。
「ねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇ、あれ欲しいあれ、ねぇねぇ…」
きらきら輝くアクセサリー店の店先で、彼女ははしゃいだ。
彼女は、また妊娠していた。
親にもらった金は、服とアクセサリーですべて消えてしまったし、コンビニのバイトも三日以上続いたためしは無かった。
今は、中絶の費用をどう捻出するか、金づるの彼氏に対して必死に芝居をしているところだった。
妙な格好をした子供達が何人か、原宿駅のほうから歩いてきた。
この暑いのに、ポンチョを羽織って、麦わら帽子を目深にかぶっている。
子供は3人いた。
何か重そうなものが入ったくたびれたリュックを背負っていた。
どうみても小学生程度にしか見えなかったが、歩く姿は堂々としたものだった。
彼女は、男に甘えるのを忘れて、すれ違いざまにその子供達を振り返った。
3人は、これからどこか行こうとしているようだった。
どこかのコスプレイベントにでも行くんだろう、と彼女は安直に考えていた。
3人の子の右側の子がまん中の子に話かけるのが少しだけ聞こえた。
「ねぇ、ふみな?どうする?」
「ん、あたし…どうし…」
“ふみな”と呼ばれた子の最後の言葉は、ほとんど聞き取れなかった。
え?
ふみな!?
2人前の彼氏とつき合ってた時、そいつがいってたことを思い出した。
“子供が生まれたら、芙美菜って名前をつけようね”って…
「ふみな?」
彼女は俯いたまま口に出して呟いた。
子供って、可愛いもんなんだな、と感じたことが、確かにあったことを思い出していた。
このコスプレ小学生が、自分の子供のはずが無いのは分かり切ったことなのに、何故か愛おしさが押さえきれなかった。
不思議でたまらなかった。
涙が溢れ出して、後から後から頬を伝わって流れていた。
止まらなくなっていた。
遥か過去の、十世代か、あるいは二十世代も前か、母と子の微かに風化せずに残っていた縁の記憶…あるいは、
記憶の遥か直下、時空の測りようのない彼方の座標点に、忘れられない思い出があったのかもしれない。
それは、確かめようのない微かなことだった。
しかし、どうしようもないことだった。
それを語ることは、次の出会いの縁を待つこと以上に、途方も無く儚く切ないことだった。
何かを祈って待ち続ける自分を受け入れることなどできなかったし、素直になるには、少し彼女のプライドも曲がっていた。
「何やってんだよ、おめぇ、ばかじゃねえの?」
彼氏がいぶかって振り返った。
茶髪と、耳に片方七つずつ、鼻に三つずつ、唇に五つも穴をあけたピアスは、彼の顔を妖怪じみたものにしていた。
彼女が、人間離れした彼の顔に見い出す脆い安らぎの向こうに、雑踏の彼方へゆっくりと消えていく子供達の姿がいつまでもぼんやりと漂っていた。
コスプレの小学生達は、明治通りの方へ向かって、通りの雑踏の中に見えなくなっていった。




