FILE.0-a それは他愛もない問いかけ Dead
「聞いてもいいかい?」
「……何?」
「――なぜキミは『生きて』いるんだ?」
ソプラノ調の優しげな声は、僕の目の前から聞こえてきていた。
黒革張りの高価な椅子に深く腰掛けた少女は、ニヤニヤと笑ったまま唐突に僕に訊ねてきた。僕はその少女が浮かべる意地の悪い笑みに顔をしかめる――ということはなく、無表情のまま聞き返した。
「……なぜって?」
「だってそうだろう? この世は喩えて言うなら〝地獄の釜〟のようなものさ。人間達が持つ醜い欲望とドス黒い権力。それに愚かな暴力と金への執着がそこかしこに息づき渦巻いている。……そう、私には分からないんだよ。こんな人間の欲望と権力と愚かさがぐつぐつと煮えたそんな釜の中で、どうしてキミはそんなにも『生』にしがみついているんだい?」
真向かいに座る少女の笑みは崩れない。「分からないから訊ねる。道理だろう?」とただ僕がどう返すのかを愉しんでいる――そんな目だった。彼女は特別何をするわけでもなく、胸元のポケットから小さなケースを取り出し、そこから一本の真新しい煙草を摘み上げた。
その煙草が少女の細い指に弄ばれ、くるくると踊り出す。部屋の中に響き渡るカチコチと時を刻む音がメトロノームのようにリズムをとっていた。
「……さぁ、どうしてだろうね」
疑問をぶつけられた僕は、ふとそんな事を漏らしながら、少女が弄んでいる煙草のように、ただぐるぐると思考を巡らせた。
まるで僕の隣で「あなた間違えていますよ」とでも言われているような、そんな感覚に近い。
「……それじゃあ、なぜキミは生きているの?」
考えがまとまらない僕は、同じ質問を目の前の少女に投げかけた。
瞬間、少女はニタリと歯を見せ、「くっくっ……」と笑いそうになるのを必死で押し殺す。
何がそんなにおかしいのだろう? 僕は彼女が笑うようなことは何一つ言っていないのに。
首をかしげる僕に、少女は泰然と煙草に火をつけ、ゆっくりと煙を吐き出す。煙草の先から漏れる紫がかった煙をぼうっと見つめながら、その少女は「当然だろう?」とでも言うかのように言い捨てた。
「なぜ? なぜだって? それは――」
黒革の椅子に腰かけた少女――いや、死神のイルは、
「人間ほど《醜く》《愚か》で――そして《面白い》生き物はいないからさ」
まるで歌うように、目の前に座る少女は僕に答えを返していた。