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幼馴染から――

作者: いせゆも

「ねえ夏蜜。夏休みになったらどこ行こっかあ」

「その前に、まずは課題をやらないといけないのはわかってるわよね?」

「うう……困難の先に待ち受けている幸福を思い描くくらいいいじゃないかあ……」

 しゅんとうなだれる景色。その動作は、いかにもわざとらし……くはなかった。これが景色という男の素なのである。

「もう。ちゃんとここの訳、覚えたの?」

「う、うん。多分」

「それじゃあやってみなさい」

 すらー、っとまだ少年のような、しかしこれできちんと声変わりをしている声で、景色は暗唱していく。ところどころ引っかかったりはしているが、その場合はきちんと英文を読んで答えられている。

「よし、合格ね」

「なんか、卑怯くさいなあ……これって本当に生徒の力になってるのかな。こういう教育が、僕たちがゆとりって言われる原因なんだよ」

「ゆとり教育を批判するなら、より少ない労力で学年一位をキープしてる私を抜いてからにしなさいな」

「夏蜜に適うはずないじゃないか」

「じゃあゆとりをやるだけやってからよ」

 しぶしぶ、といった体裁で机に向かう。

「ふわ……ちょっと眠いから、昼寝していいかしら」

 などと夏蜜は確認こそ取りはしたが、すでにベッドに横になっている。そこは景色のベッドなのだが、かって知ったるなんとやら。もう十年近くこうして横になっていれば、遠慮心も湧かない

「うん。もうお昼寝の時間なんだね」

「子供扱いするのはやめてよ」

「保育園の頃から変わらないよね、夏蜜の眠くなる時間って」

「ここを乗り切れば夜まで持つのに、なんでかしらねえ。おかげで六時間目とか、どの授業でも眠ってるわよ」

 言葉こそはきはきしているが、夏蜜のその目はとろんとしていた。

「ちゃんと勉強してるからさ。安心して眠りなよ」

「私が死ぬみたいに言わないでちょうだい」

 そう返答した頃には、もう夏蜜の目は閉じられていた。すっかりと「男」のものになった、しかしそれは確かに景色の匂いに包まれながら。


 そんな休日を過ごしたことを昼休みに友達と話すと、怪訝な顔をされた。

「……本当にさ、天野とつきあってないの?」

「なんど言わせるのよ。景色とはただの幼なじみよ。別に兄弟と置き換えてもらっても構わないわ」

「いや、そこは『お母さん』と息子っしょ、って突っ込みはおいといて。……くっそお、あんなイケメンをどうして放置しておく!?」

「なんでかしらねえ」

 そんなもの、夏蜜が聞きたい。

「強いて言うなら、そうねえ……別に致しちゃうだけが男女じゃないでしょ」

「こら! ナッツみたいな真面目キャラがそんなこと言っちゃいかん!」

 怒られはしたが、改めるつもりはない。遠回しな表現はするが、その意味するところは意外に過激。それが夏蜜の言動の常だった。

「なになに? また夏蜜がやらかした?」

 ぴょん、と夏蜜の背後から抱きつく景色。夏蜜がゆったりと引き剥がそうとするが、「うー、こうしてたいよー」と抵抗する。はあ、とため息を一つ吐いて、「甘えん坊なんだから、景色は」とその姿勢に甘んじた。

「あんたと付き合ってるのか付き合ってないのかって話よ」

「またそんな話題? みんな、よく飽きないね」

「そういう景色だって、よくもまあ、ジャムパンばかり食べるわよね。それと同じなんじゃないの?」

「それならちょっと共感するかもねえ」

 もきゅもきゅと、購買で買ったジャムパンを食べながら言う。その顔はいかにも幸せそうで、女なら見ているこちらが朗らかになってしまう破壊力があった。

「まったく。お弁当くらい作ってあげるのに。そうやってすぐ甘いもの食べようとするんだから。ちゃんと栄養のあるもの食べなさい」

「いやあ、夏蜜に悪いよ」

「一人分作るのも二人分作るのも一緒よ」

 そんな二人の自然体なやりとりに、友達は「…………」と無言になる。

「ん、どうしたの?」

「やっぱ夫婦じゃん! 何度もそんな突っ込みがあったけど夫婦じゃん!」

 夏蜜と景色が顔を見合わせる。

「ねえ。私たちって、付き合ってるの?」

「ううん、僕は付き合ってないと思う」

「私も。まあどっちでもいいけど」

「だよね。どっちでもいいよね」

「うがー!」

 友達が吠えた。彼氏いない歴イコールの悲しみの雄叫びである。

「いい加減にせい! お前らのどっちかが別の恋人作る展開とか見たらこっちがへこむわい!」

「そう言われても」

「でも夏蜜が好きな人できたんなら、その人と付き合ってほしいな。夏蜜ってしっかりしてるから、そんな夏蜜が好きになるのは立派な人だろうしね」

「私も同じ気持ちよ。景色って頼らされたくなるっていうか、世話したくなるから、好きになる女性なんて優しい女性に決まってるわ。それなら安心して託せるし」

「ええい相思相愛め!」

 

 部活もなければ、二人で帰る。どうせ家は隣同士。小学生の一時期は意識していたりして、敬遠していたこともあった。だがその波を越えたら、今度は壁もなくなった。

「ねえ景色。私たちって、付き合った方がいいのかしら」

「なんで? 今のままでいいじゃん」

「ほら、いつまでも違う違うって否定するのも面倒じゃない」

「…………。そうだね、よし、付き合うことにしてみようか」

 どうせ昔から、結婚するのは相手はお互いに決めている。

 まだもうちょっと。

 こんな関係を続けたいと思う、夏蜜と景色であった。

「で、付き合うって、なにをすればいいんだろ」

「さあ。とりあえず、いつも通りでいいんじゃないかしら」

「そっかー、いつも通りでいっかー」

 ……前途多難では、あるにせよ。

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