~うちわ~
これといった特徴も、これといった才能もなかった俺であるが、これまたこれといっていつもと変わらないように町を暇つぶしがてらにぶらついていたある日、不思議な男とであった。
男は、まだ秋といっても夏の名残十分な暑さであるのにもかかわらず、全身を包み込むような真っ黒なロングコートを着ていて、さらにそれとセットのように鼻先まで隠れるような真っ黒なツバの長い帽子をかぶっていた。
いかにもあやしげであり、何をとっても人並の枠を超えることのない俺はけして目を合わせることなく通り過ぎようとする。触らぬ神のなんとやらってやつ。
しかし、あろうことか、その男は俺に話しかけてきた。
「・・・ああ、そこの道行くあなた。少し私の話に耳を傾けてはくれませんか?」
「・・・俺?」
「はい。あなた様です」
正確にはその時初めて声のトーンから男だと分かったわけだが、今はどうでもいい。
男は自分のことを雇われ商人だと話した。とてもそうは見えないわけだが。
「それで?そんなあなたが俺になんの用ですか?」
「はい。他でもありません。あなた様に私が取り扱っている品をお受け取りいただきたいのです」
「いやあ・・・、俺金はないしそういうのはちょっと・・・」
「いえいえ。私はお買い上げいただくとは申しておりません。お受け取りくださいと申しているのです。」
その男は今日中にその商品をさばいてしまわなければならないのだが、どうしても売りきれないのだと話した。どうやらノルマ達成のためには手段を選んでいられないらしく、苦渋の選択として無料で、ということにしたらしい。
「まあ、タダでもらえるっていうのなら・・・」
無料という言葉につられてしまう俺。
「・・・ありがとうございます。・・・では、こちらがお渡しする品です」
そういうと男はどこからともなく、よく映画とかで札束が詰められているような銀色のアタッシュケースを持ち出すと、中からあるものを取り出した。
どんなものだろうと好奇心のままに期待したわけだったが、出てきたものは、持ち手の部分に黒い和紙がまかれているということ以外には、なんの変哲もない”うちわ”だった。
「・・・うちわ・・・ですか」
「はいそうです」
少し期待していただけに少し残念だった。まあ、うちわのようなものだからこそ、というのが無料にもなりうる所以なのだろうが。
「ただしこのうちわ、ただのうちわではございません」
「え?」
「これは、その使い手をこの世に有らざるものから守る、という代物でございます」
「・・・この世に有らざるもの?」
「はい。例えるならば・・・霊・・・などでしょうか」
・・・なんかすごく胡散臭いことをいいだした。やっぱり関わっちゃいけない部類の人だったのかもしれない。
「・・・まあ、信じられないでしょうが、それをどう活かすかはあなた次第です。上手く、・・・上手く用いれば必ずやあなたに莫大な利益をもたらすでしょう・・・」
そういうと男はあっという間にスッと人ごみに紛れていき見えなくなってしまった。あとには茫然と立ち尽くす俺とその怪しげなうちわが残された。・・・なんだったんだいったい・・・。
その時はただ怪しいと思っただけだったが、それから数日のうちにあの男の言っていた意味を俺は理解した。
例のうちわを手にしている間、俺には人には見えないものが見えるようになった。・・・そうあの男の言ったように霊が見えるようになったのだ。
霊ってやつはわかりやすい。いかにもって感じに紫色で、煙のようにもやもやとした形をしていて、その辺りをふらふらとしていたり、人の背後にくっつくようにして漂っていたりする。
それが見えるってだけでもすごいのだが、そのうちわにはさらに重要な一つの力があった。・・・霊を消すことができるのだ。目視している霊の方に向けてそのうちわを扇げば、またたく間にその霊は身をよじって苦しむかのようにうごめくと消えてしまうのだ。
俺はそのうちわをすぐに商売の道具として用いることを考えた。霊能力者としての仕事だ。
うちわの能力の効果は本物であり、最初は小さな広告から始めたその仕事はわずか数年のうちに大きな評判を呼び、さらにはテレビ出演なんかもしたりして、依頼はひっきりなしに止むことなく、あっという間に俺は一財産を築いた。あの日まで平凡の極みにあった俺の人生は180度変化を遂げた。
・・・しかしいいことはそう長くは続かなかった。月日が経つにつれてなんだか身の回りで異様なことばかり起きるようになった。事故や事件に巻き込まれそうになる回数はどんどん増えて、最近では外出するのも護衛なしにはままならない。さらには家の中にいてもそうだ。寝ている最中の金縛りなんてかわいいもので、時には息ができなくなり、病院に担ぎ込まれることもあった。
・・・やがて俺は肉体、精神ともにすっかりやつれていった。
それがピークに達した頃だった。
いつものように寝室にはいりうちわで霊がいないことを確認した後、恐る恐る眠りについたときだった。
・・・!?
金縛りだった。それに息もできない。
死ぬ!死んでしまう!!だ・・・誰か・・・
そう目を見開いて必至にもがき苦しんでいると、うちわを持っているわけでもないのに、どこからともなく部屋の中に大量の悪霊がなだれ込んでくるのを俺は感じた。あっという間に部屋は霊でいっぱいになりそれぞれが憎しみや蔑みの表情を浮かべて俺をただじっとみていた。
(こいつらの・・・仕業・・・?)
薄れゆく意識の中で俺はぼんやりとそう思いながら、彼らに必至に助けを乞うた。
(お願いだ!助けてくれ!まだ死にたくない!死にたくない!!)
(愚かな男だ・・・)
必至に助けを求めるなか、俺はそんな声を聞いた。
(まさか自分で自分の守護霊を消してしまう奴がいようとは・・・)
・・・その時になって俺はすべてを悟った。
俺が手にしたのは霊を打ち消す異能のうちわ。扇いだ霊を消してしまう。・・・守護霊は人の絶対の守り神。仕事がらすっかり詳しくなったが、守護霊というものは決まって人の背後にいる・・・。
・・・背後で見えなかったとはいえ、何回自分の方を扇いだかな・・・。
(・・・さあ、われらの苦しみをぞんぶんに・・・)
それも彼にはもう聞こえていなかった。