第4話 修業編
エリナ視点
小鳥のさえずりと、微かな薪の弾ける音で目が覚めた。
昨日の激戦(といっても、私はただ気絶しただけだけど)が嘘のように、体は軽い。
「あ、起きた? 寝坊助さんだね」
声のした方を見ると、ユイさんがベランダのような場所で、朝日を浴びながら自分の背丈ほどもある大きな杖を弄んでいた。
彼女の周りには、見たこともない複雑な魔法陣がいくつも浮かんでは消え、まるで光の粒が踊っているみたいだ。
「ユイさん、それは……?」
「ん? ああ、これ? 修行の準備。ほら、さっさと支度して。今日は最高の『魔法日和』だよ!」
ユイさんはいたずらっぽく笑うと、ひらりと高い手すりから飛び降りた。その動きはどこまでも軽快で、空元気というよりは、新しい「おもちゃ」を見つけた子供のような無邪気さに見えた。
「まずは魔法の基礎……というか、あんたの凝り固まった『呪文信仰』をぶち壊すところから始めるからね」
そう言って連れて行かれたのは、森の中でもひときわ開けた、巨大な猪たちが群生するエリアだった。
「あの?魔法の修行をするんですよね?なんで魔物に襲われないといけないんですか!?」
「いくら魔法を教えても実戦でイメージできなかったら意味ないからね!敵に襲われた状況でも魔法を放てるようになるための特訓だよ!」
「先に魔法を教えてくださいよ!」
「えー、もう教えたじゃん! 『シュバババッ』ってやって『フワッ』だよ! こんなに分かりやすい説明、他にないでしょ?」
「ないですよ! 世界中探してもユイさんだけです!」
突進してくる猪の風圧が頬をかすめる。
怖い。逃げ出したい。でも、ユイさんは助けてくれない。
彼女は「死にそうになったら治してあげる」と言った。……つまり、死なない程度ならボロボロになっても放置されるってことだ!
「……やるしかないんだ。お母さんのために……ここで止まるわけにはいかない……!」
私は泥にまみれた手で、ユイさんがドラゴンに放った魔法をイメージして魔力を集めてみた。
大爆発が起こった時、とてつもない風切り音が鳴った。
つまりシュバババとは風切り音のこと!
風切り音を鳴らすためには…そうか、回転だ!魔力を回転させるんだ!
私は魔力を回転させた。とてつもなく回転させた。どんどん回転が早くなっていく。
「シュバババッ!」という音が鳴った時、私は回転させた魔力を目の前の猪に向けて放った。するとその魔力は猪に一直線に飛んでいき、猪に当たると
ドカァァァン!
という音と共に魔力が「フワッ」と広がるのが分かった。
次々と膝をつき、眠りにつく猪たち。
「……やった。やったぁぁ!!」
私は泥だらけの顔で、遠くの木の上にいるユイさんに向かって、ちぎれるほど大きく手を振った。
「ユイさん! 見てましたか!? できましたよ!!」
ユイ視点
「あはは! やるじゃんエリナ! さすが私の弟子だねーっ!」
私は木の上で立ち上がり、いつものように、いつもの私で、声を張り上げて手を振り返した。
泥だらけで笑う彼女が眩しくて、網膜の裏がちりりと焼けるような感覚がする。
「…………すごいね、エリナは。そんなに、真っ直ぐで……」
唇が勝手に動いて、自分でも知らない言葉がこぼれ落ちた。
「……私、いつからあんな風に、何かに必死になるのをやめちゃったんだろ」
その瞬間、胸の奥に冷たい隙間風が吹いたような、得体の知れない「不快感」が私を襲った。
なにこれ。今の、何?
私は慌てて、その思考を頭の隅に追いやって鍵をかける。
1000年も生きてきた最強の私が、たかだか人間の小娘を羨むなんて、あるはずがない。あってはいけない。
私は、いつだって退屈を楽しんでいる、余裕たっぷりの師匠のはずだ。
「……っ、あー、もう! 眩しすぎて変なこと考えちゃったじゃない! 却下却下、今のなし!」
自分が何を呟いたのかさえ、もう思い出さないことに決めた。
私はいつもの「空元気」という鎧をさらにきつく締め直して、笑顔の仮面を完璧に貼り付ける。
「おーい! 成功おめでとう! 今日の晩ご飯は特大の猪肉パーティーだよーっ!」
駆け出した私の心には、もう「寂しさ」なんてひとかけらも残っていない。
……そう、思い込ませることに成功したまま、私は彼女のもとへ跳ねるように駆け寄った。




