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祈りの銃と異界の娘  作者: 白玉蓮


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9/18

紫煙の闇市、白衣の裁き

◆ 庁からの依頼


苦手意識が強かった聖務庁にも、少しずつ慣れてきた頃。

教会に、新たな依頼が届いた。


――「町で流通する違法ポーションの取引を調査せよ」。


封蝋の押された書状を見下ろし、アベルさんが黒衣の裾を整えながら苦笑する。


「また厄介な仕事ですねぇ」


「違法ポーション……」


言葉にした瞬間、喉の奥が少し渇いた。


アベルさんは淡々と説明を続ける。


「違法ポーションは“信仰の薬”とも呼ばれています。

神に近づくと謳っていますが、実際はただの中毒剤ですよ」


「麻薬みたいなもの……ですか? そんなものが出回ってるんですね……」


「人々の不安や不満を埋めるために、いろんなものが蔓延りますからね。

庁も押さえが利かなくなっているのでしょう」


「神様が沈黙したから?」


私がぽつりと訊くと、アベルさんはほんの一拍だけ間を置いた。


――いつもそばで見守ってくれていた存在が、いなくなった。

不安になる気持ちは分かる。

でもそれは“信仰”というより、“依存”に近いんじゃないだろうか。


「国民の不安に付け込む闇取引は増えています」


アベルさんの声は柔らかいのに、どこか冷たい。


「今回の件もその一端にすぎません。

庁は部署ごとに分担して、裏組織を壊滅させる計画のようです」


「……そんな物騒な任務に、素人の私まで駆り出されるんですか?」


「私と“ニコイチ”扱いなんですよ」


冗談めいた言い方なのに、笑えない。

私は唇を噛む。


――厄介になっている身だから、文句は言えない。

けれど町民の依頼とはわけが違う。せめて護身用の何かがほしい。


その願いは、まだ“後で”叶うことになる。




◆ ヴァルティス旧市街


日が暮れるのを待ち、私たちはヴァルティスの旧市街へ向かった。

石畳の裏路地。陽が傾くにつれて、町の気配が露骨に変わっていく。


酒の匂い。血の匂い。香辛料の湿った熱。

笑い声の奥に、刃物みたいな視線が混じっている。


(……治安、悪いな。長居したくない)


私は反射で、アベルさんの黒衣をつまむ。

離れたら、二度と戻れない気がした。


「怖いなら、後ろを歩いていていいですよ」


「この辺、すごく治安悪そうですね」


「ええ。神が支配している国でも、善人ばかりではありませんし……

皆が平等というわけでもないですからね」


「なるほど……どこの世界でも悪は蔓延る、ですね」


「“やんちゃ”もいいですが、法を犯してはいけませんよ」


「アベルさんがそれを言うんですね」


私が睨むと、彼は平然と返す。


「おや? 私は法は犯していませんよ。……まあ、限りなくグレーですが」


「グレーゾーン……」


思わず吹き出すと、アベルさんは苦笑しながら歩幅を落とした。

――私が逸れないように。



◆ 闇市にて


依頼書に記された場所へ辿り着くと、そこは薄暗い倉庫だった。

床には割れた瓶。紫色の液体が染み、鼻を突く刺激臭が漂っている。


思わず口元を押さえると、アベルさんが小さく手を上げて私を制した。


「……止まって」


視線の先では男たちが数人、取引の真っ最中だった。

長机の上に並ぶ無数の小瓶――違法ポーション。

光に透けると、まるで中身が“生きている”みたいに揺らめいている。


「ああ、いましたね」


「うわ……闇取引、ど真ん中ですね……」


「証拠を押さえるのが任務です。――記録開始」


アベルさんが懐から取り出したのは、小さな懐中時計のような魔導具。

淡い光が点滅し、録画魔法が作動する。


(すご……カメラじゃん……)


息を殺して見守っていた、そのとき。

背後から、低い声が響いた。


「誰だ!」


――マズい。

見張りが気配を察知した。


「逃げろ! 庁の神父だ!」


男たちが一斉に動く。


「チッ……面倒くさいですね」


アベルさんが即座に銃を構えた。

魔法銃エリュシオンの聖句が淡く光り、空気が鋭く引き締まる。


「抵抗はやめて投降しなさい! もうすぐ庁の兵が来ます!」


「うるせぇ! やっちまえ!」


最悪だ。

丸腰の私に、男たちが一斉に襲いかかってくる。


アベルさんが私を庇いながら応戦する。

けれど人数差がある。しかも――狭い。


私は分かっていた。

自分が足手まといだって。


「アベルさん! 私、離れますね! その方が戦いやすいですよね!」


「だめです。背後にも仲間がいます。危険です!」


そう言われた瞬間、横から怒鳴り声が飛んだ。


「ごちゃごちゃうるせー!」


男が振り上げた刃が木箱に突き刺さり、瓶が割れた。

紫色の液体が散り、同時に煙が立ち上る。


甘ったるくて、吐き気のする匂い。


「……マズいですね」


アベルさんの声が鋭くなる。


紫煙を吸い込んだ男たちの目が、みるみる赤く染まっていく。


「狂化型の薬です!」


瞬間――男たちの動きが変わった。


獣。

人間の理性が抜け落ち、ただの暴力がそこに残っている。


「危ない!」


アベルさんが前に出るより早く――


私の胸に、熱が走った。


「……え……?」


刃が、私を切り裂いた。


痛み。熱。

息が抜ける。視界が歪む。

床の冷たさが、急に遠くなる。


血の匂いが鼻を刺し、音が遠ざかった。


「リコ!」


アベルさんの声。

崩れ落ちた私を抱きとめる腕が震えていた。


刃が再び振り上げられる――その刹那。


「そこまでです」


低く澄んだ声が、空気を断ち切った。


月光を背に、白い法衣と武装集団が現れる。


――異端審問局副局長、マタイ・クロイス。

そしてその背後に、白銀の鎧を纏う巨躯。


異端審問局局長。

グラディウス・ヴァン・アーデン。


一度の銃声。

乾いた音のあと、男が崩れ落ちた。


「生かしておく理由はありません」


マタイの声は驚くほど穏やかだった。


「犯人は――神の名のもとに、死を」


「この場の者をすべて捕らえろ。強化済みの者は排除だ」


グラディウス局長が低く命じ、騎士たちが一斉に動く。

闇が白に制圧されていく。


「グラディウス」


「アベル。主がいながら女すら守れぬとは、貧弱になったものだな」


局長はアベルを見下ろし、冷たい視線を送った。


アベルは何も言わない。

唇を噛むだけだった。


「嫌味の応酬は庁に戻ってからにしてください」


マタイが二人の間に割って入り、騎士団へ指示を飛ばす。


「今は彼女の治療が先でしょう?」


アベルは気を失ったリコを抱き上げ、マタイの後に続いた。




◆ 白い病室


――目を覚ますと、白い天井だった。


カーテン越しの光が柔らかく揺れている。

薬品の匂いがかすかに漂っていた。


「……ここ、どこ……?」


「聖務庁の医療区画です」


白衣の神父が、安堵の笑みを浮かべる。


「傷は深かったですが、致命傷は免れました。

治療の大半は……あなた自身の“癒し”の力によるものですよ」


「癒し……? 私、自分の怪我を治したってことですか?」


え? いつからそんなチート体質に?

私は胸の包帯に手を当てた。まだかすかに痛む。


「アベルさんは……?」


神父が少し困ったように笑う。


「廊下で寝ておられます。三日ほど、一度も帰らずに」


「えっ……三日も?」


その瞬間、カーテンが揺れた。


そこに立っていたのは、疲れきったアベルさんだった。

目の下に濃い隈。髪も乱れている。

それでも声だけは、いつも通り優しかった。


「……目が覚めたんですね。良かった」


胸がきゅっとなる。


「ごめんなさい……私、足手まといで」

「謝らないでください。守れなかったのは、私の落ち度です」

「アベルさんが無事なら、それで良かったです」

「何言ってるんですか。ここは怒るところですよ」

「そんな……疲れてボロボロのアベルさん見たら、怒れませんよ」


私は小さく笑って、続けた。


「……心配してくれて、ありがとうございます」


アベルさんは泣きそうに笑い、私の手を握った。

その手が冷えているのが分かった。


「私はもう大丈夫ですから。教会に戻って、休んで。ご飯もちゃんと食べてくださいね」


――気づけば、母親みたいなことを言っていた。

アベルさんは少し目を伏せて、息を吐く。


「……そうですね。リコさんに心配させてしまいますね」


「また明日、来ます」


アベルさんは安心したように笑い、病室を後にした。


その背中が、少し小さく見えた。



◆ 翌日・午後


傷の治りは順調だった。

包帯の交換を終え、体力を戻すためベランダで日光浴をしていると、背後から声がした。


「そんな薄着では風邪をひきますよ」


柔らかな声。

振り向くと白い法衣――マタイさん。


「マタイさん……」


「具合はいかがです?」


花束を抱えた手が、机の上に置かれる。

香りがふわりと広がって、少しだけ心が落ち着く。


「もう大丈夫です。ご心配をおかけしました」


「それは良かった。実は、あなたに会いたいという者がいまして」


「私に……?」


マタイさんの背後から、白銀の鎧を纏う大柄な男性が現れた。

思わず見上げる。


整った顔立ち。鋭い金の瞳。

近づくだけで、空気が硬くなる。


「異端審問局長、グラディウス・ヴァン・アーデンだ」


部屋の空気が一瞬で張り詰めた。

周囲の医療神父たちは凍りつき、マタイさんが穏やかに笑う。


「ああ、皆さん、お気になさらず。お仕事に戻ってください」


神父たちは一礼し退室。

残ったのは三人だけ。


私は喉を鳴らし、言葉を探した。


「異端審問局長……」


局長は私を見下ろし、まるで判決を下すように言う。


「異界の娘。癒しの力で自らを治癒――これは異端だ」


「い、異端!?」


「拠って庁の監視下に置く」


「ま、待ってください!」


心臓が跳ねる。

息が詰まり、視界が狭くなる。


けれど局長は、少しだけ言葉の温度を落とした。


「……と言いたいところだが、怪我を負わせた負い目が庁にもある」


重い声が、淡々と続く。


「癒しの力を秘密にできるなら、アベルの管理下での継続を許そう」


私は即座に頷いた。


「……守ります。秘密にします」


「それから、これだ」


ゴツい手が差し出したのは、小さな銀色の銃だった。

掌にすっぽり収まる軽さ。


「今回のような事態に備えろ。その銃は殺傷力を持たぬ拘束具――“魔捕縛銃”だ」


「捕縛……?」


「魔法の縄のようなもので、相手を拘束するんです」


マタイさんが穏やかに補足してくれる。


「いくら自分を癒せても、痛みは残るでしょう。

それに、あなたは女性なんですから」


マタイさんの言葉は優しい。

局長の言葉もぶっきらぼうだが、その中に“配慮”が混じっている気がして、胸が少しだけ温かくなる。


「ありがとうございます……」


「本音を言えば、庁で保護した方が安全なんですけどね」

マタイさんが、ふっと笑う。


「アベルがうるさいので、しばらくは目を瞑ってやろう」

グラディウス局長が鼻を鳴らした。


「用はそれだけだ。行くぞ、マタイ」

「はいはい」


マタイさんはため息をつき、局長の後に続く。

去り際、私にだけ柔らかく言った。


「退院したら、またお茶でも。無理はなさらぬように」


「……はい。ありがとうございました」


二人を見送り、私は銃を手に取る。


護身用。

自分を守るためのもの。


――そっか。


心配してくれたんだ。

不器用な形で。


窓の外の光が、銀色の銃身に反射してきらめいた。

その輝きが、少しだけ“生きる”実感をくれた気がした。

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