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祈りの銃と異界の娘  作者: 白玉蓮


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黒い聖歌と、善意が罪になる国(後編)

◆エリスの家


丘の上に立つ古びた孤児院――エリスの家。

昼の光に照らされても、建物の影はどこか冷たい。


入口には木製の十字架と、褪せた金文字。


――“主に選ばれし子らの学び舎”。


(“選ばれし”って……響きがちょっと怖い)


扉を開けた瞬間、子どもたちの祈りの声が響いた。


一糸乱れぬ合唱。

まるで録音された音声を再生しているみたいに、完璧に揃っている。


「え? CDでも流してるんですか?」


「CDが何かはよく分かりませんが……確かに、不自然なくらい揃ってますね」


アベルさんが低く呟いた。


祭壇の前には痩せた神父が立ち、両手を掲げて祈っていた。

背中が硬直していて、何かに取り憑かれたような必死さがある。


「主よ、罪を赦したまえ……我らは、贄としてあなたに仕える者……」


子どもたちも、神父の言葉をそのまま繰り返す。

表情は薄く、目は虚ろ。

見ているのに、見ていない。


胸の奥がひやりと冷たくなった。


「“贄として”って……怖いんですけど?」


「ええ。これは信仰じゃなく――洗脳ですね」


アベルさんは一歩進み、穏やかな声で呼びかける。


「神父殿。庁の依頼で参りました。少しお話を伺っても?」


痩せた神父は振り返り、怯えたように笑った。


「……聖務庁の方ですね。あぁ、良かった……!

子どもたちが“主の声”を聞くようになってしまって、困っているのです……」


「主の声?」


神父は喉を鳴らし、祈りのように囁いた。


「ある日、子どもの一人が聞き慣れない聖歌を歌い出したのです。

“僕は主に呼ばれているから、この歌を歌うんだ”と」


「主に呼ばれてる……?」


「“主のもとへ行けば幸せになれる。亡くなった家族にも会える”と。

それ以来、夜になると子どもたちは一斉に歌い出すのです――“黒い聖歌”を」


アベルさんの目が、薄く光った。


「……その歌を歌った夜から、子どもが消えたんですね?」


「ええ。主が一人ずつ連れて行ったのかもしれません。

朝になると、必ず一人いなくなっているのです」


背筋が寒くなる。


「毎夜……ですか?」


「はい。今日で四日目です。

また今夜、誰かが消えるのではと思うと……怖くて」


子どもを神隠しする“主”。

――その子たちは、どこへ行ってしまったのだろう。


本当に、神様のところで幸せなの?


私はアベルさんをちらりと見る。

彼は難しい顔をしていた。答えを出さない顔。


……やっぱりこれは神様の仕業なんかじゃない。


「分かりました。今夜、もう一度伺います」


「……どうか、子どもたちをお救いください」


痩せた神父は深々と頭を下げた。



孤児院を出たあと。

外の空気は明るいのに、胸の中だけ暗い。


「リコさんは、これをどう思います?」


アベルさんが、低い声で訊いてくる。


「うーん……神様の仕業じゃないと思います。

となると、消えた子どもたちが心配です」


「そうですね。これ以上、犠牲者は出したくないですね」


――犠牲者。


その言葉が、答えを含んでいる気がして、私は息を呑んだ。




◆夜の聖歌


夜の孤児院は、息を潜めるように静まり返っていた。

本来なら子どもたちは眠っているはずなのに――地下から、かすかな歌声が聞こえてくる。


痩せた神父のあとをついて階段を降りると、そこでは子どもたちが祭壇の前で、祈るように歌っていた。


自分こそが“主に選ばれる”ように。

次に幸せになるのは自分だと訴えるように。


♪――“主よ、贄を受け入れたまえ”――


澄んだ子どもの声。

けれど旋律は異様に重い。


祈りというより、呪いの詠唱みたいだった。


「これは“召喚型”の詠唱ですね」


「召喚って……何を呼ぶんですか?」


アベルさんの声が、氷みたいに冷たくなった。


「“神に似せて作られたもの”。つまり、偽りの主です」


黒衣の裾がふわりと広がる。

足元の石畳に、淡い光が走った。


「――結界、展開」


空気が震え、私とアベルさんの間に透明な壁が張られる。

その瞬間、祭壇の奥で黒い影がゆらりと揺れ、形を取り始めた。


……それは偶像だった。


子どもたちの“信仰”が生み出した、歪な神。


「主! お母さんのところへ連れて行って!」


「今日は僕だよ! 主! 僕を選んで!」


泣きながら“それ”に手を伸ばす子どもたち。

その光景が胸を締めつける。


――この子たちは、救いを求めているだけなのに。


「主よ……赦したまえ」


アベルさんが静かに祈り、魔法銃エリュシオンを抜く。

銃身の聖句が青白く輝き、空気が張り詰める。


発砲。


閃光。

光弾が偶像の胸を貫き、闇が悲鳴を上げて弾ける。


子どもたちが一斉に叫んだ。


「何で邪魔するの!」

「皆で幸せになるんだよ!」

「神父さんが教えてくれたのに!ここで祈れば皆幸せになれるって!」


その言葉に、私は凍りついた。


振り返る。

痩せた神父が、ニコリと笑って――私に銃を向けていた。


「ええ。幸せになれるんです。あのお方が復活なされば」


「あの方……?」


神父の目は、狂信の色をしている。


「あなたの魂は、その方を復活させるために必要なんです」


「リコさん、動かないで!」


アベルさんの声が鋭く飛ぶ。


目の前には痩せた神父。

背後にはアベルさん。


私は息を飲み、覚悟を決めて目を閉じた。


(アベルさん……信じてますからね!)


――発砲音。


けれど痛みはなかった。

代わりに、悲鳴が響いた。


痩せた神父の体が、青白い炎を上げて燃え上がっていた。


「あなたの“祈りの返し”です。その身で受け止めてください」


アベルさんの瞳は冷たく、迷いがない。


「あぁ……私は、ただ……救いたかっただけなんです……

あのお方を……」


「救う?」


アベルさんの声が低い。


「子どもを魔物に喰わせて、何を救うつもりだったんです?」


神父の唇が震え、焼ける息の中で名を漏らす。


「……カイン……カイン様……」


その名を聞いた瞬間。

アベルさんの表情が、一瞬で固くなった。


――まるで、触れてはいけないものに触れられたように。


子どもたちが一斉に悲鳴を上げ、泡を吹いて倒れ始める。

トランスが解けた反動なのか、身体が痙攣している。


「危ない!」


私は駆け寄り、倒れる子どもを抱き留めた。

小さな体が熱い。息が荒い。


(落ち着いて……お願い、落ち着いて……!)


手のひらに、温かい光が集まりかける。


――癒しの力。


けれどアベルさんが、鋭く制した。


「リコさん、使っちゃダメです!

“神の光”を見せれば、庁がまた嗅ぎつけます!」


「でも、この子たち苦しそうです!」


「わかってます。けど――」


アベルさんの声が、地の底みたいに低く落ちた。


「信仰の世界では、“善意”も時に罪になるんです」


その言葉が、胸に重く沈んだ。


アベルさんは懐中時計のような魔道具を取り出し、救護連絡を送る。

程なくして、白衣の救護隊が駆けつけ、子どもたちは担架で運ばれていった。


痩せた神父の炎はやがて消え、灰の匂いだけが残る。

床には、祈りの残骸みたいに黒い焦げ跡が広がっていた。


(カイン……)


神父が呼んだ名前。

あの名前に、アベルさんは明らかに反応した。


知っている――ただ“知っているだけ”ではない顔だった。



◆帰り道


子どもたちは救護され

引き継ぎを終えて、私たちは丘を下りていた。


アベルさんは無言で前を歩く。

黒衣が夜に溶けて、背中だけが遠い。


我慢しきれず、私は問いかけた。


「……“カイン”って、知ってる人なんですか?」


アベルさんは少し考え、いつもの笑みを作った。

けれど、それはどこか形だけの笑みだった。


「ただ――名前を知っているだけです」


……嘘。

嘘だとまでは言わない。でも“全部”じゃない。


私は追及しない。

今は、踏み込んだら戻れなくなる気がする。


代わりに、別の言葉を選んだ。


「リコさん。さっき、癒しを止めてすみませんでした」


「謝るのは私の方です…心配してくれたんですよね」


アベルさんは夜道を見据えたまま言う。


「“奇跡”を使いすぎると、人はそれを“異端”として恐れる。

そして――いつしか“信仰の対象”にしてしまう」


「異端と信仰……」


「君の善意が、神の存在を脅かす危険な力だと判断されれば、君は排除される」

淡々とした声が続く。

「逆に政治の道具として利用される可能性もある」


思わず身震いした。


「沈黙した神の代わりに、信仰の対象にされるかもしれない…」


「……まあ、可能性の話です」


アベルさんが小さく息を吐く。


「身の安全のためにも、使いどころは慎重に」


「……わかりました。肝に命じます」


知らない世界だからこそ、慎重に。

当たり前のことなのに、私はようやく腹の底で理解した。


この世界では――優しさが、そのまま許されるとは限らない。




◆教会の夜


その晩。

アベルさんはまた礼拝堂で祈っていた。


ろうそくの灯がゆらめき、横顔を淡く照らしている。

笑っていない顔は、年齢以上に疲れて見えた。


「また祈ってるんですか?」


「ええ。“救えなかった者”のために」


その言葉が、胸に刺さった。

消えた三人の子ども。

戻らなかった命。

そして、今夜倒れた子たち。


私は何も言えず、ただ隣に座った。


沈黙が長く続く。

けれど不思議と、それは怖くなかった。


やがてアベルさんが、いつもの調子に戻るみたいに軽く言う。


「さて、報告書でも書き上げますか。明日、お使いお願いしますね」

「うわ……急に胃痛が……明日、体調不良で行けないかも」

「大丈夫です。祈りとポーションで即回復です」

「アベルさんも一緒に行きましょうよ」

「残念ながら、私はまだ出禁なんですよ」


くすりと笑い、ロザリオを胸に戻す。

その仕草はいつも通りなのに――笑みの奥に、誰にも見せない痛みがかすかに覗いていた。


私は気づかないふりをする。

代わりに、少しだけ声を軽くする。


「じゃあ私、ちゃんと“お使い係”頑張ります。……怖いけど」


「ええ。偉い」


たったそれだけの言葉が、少し救いになった。


教会の外で、風が鳴る。

月明かりが、ステンドグラスを淡く染めていた。


そして私は思う。


――この世界は優しい。

でも、優しさだけでは生きていけない。


だから私は、守られるだけじゃなく。

守れる側にもなれるように、ここで少しずつ強くなりたい。


黒い聖歌が残した余韻が、夜の底で静かに揺れていた。

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