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祈りの銃と異界の娘  作者: 白玉蓮


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黒い聖歌と、善意が罪になる国(前編)


――空が白みはじめたころ。

教会の静けさを破るように、扉を叩く音が響いた。


こん、こん、こん。


(こんな早朝に……?)


私は布団の中で目をこすりながら身を起こす。

隣の部屋では、アベルさんが寝癖を直す余裕もなく髪をかき上げて、扉を開けた気配がした。


「……早朝に失礼します。聖務庁からの依頼です」


冷たい朝の空気と一緒に、白衣の神父が立っていた。

手には封蝋のついた書状。


アベルさんはそれを受け取り、わざとらしく深いため息をつく。


「……ああ、庁の“お使い”ですか。彼らはいつも突然ですねぇ。勤務時間外労働です」


神父は表情ひとつ動かさず、事務的に一礼して去っていく。

扉が閉まった瞬間、私は眠気まなこで顔を出した。


「どんな依頼ですか?」


アベルさんは書状を開き、ランプの火に透かす。

そして、あっさり告げた。


「孤児院の子どもが消えたそうです。今月だけで、すでに三人」


「えっ……」


息が止まる。胸の奥が冷えた。


さらにアベルさんの視線が、書状の隅に押された赤い印へ落ちる。

聖務庁の印章――それだけじゃない。行の端に、赤い判が添えられていた。


「……異端の可能性あり、だそうです」


「異端……?」


私が聞き返すと、アベルさんは軽く肩をすくめた。


「人の信仰が“歪んだ形”で現れる現象ですね。庁はそれを『神の沈黙が生んだ病』と呼びます」


さらり、と。


「――要するに、“都合の悪い奇跡”ですよ」


冗談みたいな口調なのに、その声の奥には、刺さる棘があった。



教会の朝


朝食のあと。

アベルさんは礼拝堂で祈りを捧げていた。


ろうそくの灯り。乳香の匂い。静寂。

言葉を挟むのが憚られるほど厳かな空間なのに、彼の祈りはどこか淡々としている。

祈りというより、確認作業みたいに。


私はずっと、気になっていたことがあった。


祈りが終わるのを待って、そっと声をかける。


「ねぇ、アベルさん。“神の沈黙”って……どういう意味なんですか?」


「ん? それを聞いちゃいます?」


アベルさんが立ち上がり、振り返る。

薄く笑うその顔は、いつも通り穏やか――なのに、どこか疲れて見えた。


「庁の人たち、みんな『神の沈黙がどうとか』って言ってるけど……なんか宗教用語みたいで、いまいちピンと来なくて」


「簡単に言うとですね――神が、喋らなくなったってことですよ」


「え、それだけ?」


「それだけです」


「えぇ……」


思わず拍子抜けすると、アベルさんは肩をすくめた。


「昔はね、奇跡も神託も、祈れば返事があったそうです。でもある時から、ぱったり無くなった。だから『神の沈黙』」


「へぇ……この世界の神様、ちゃんと返信してくれてたんですねぇ。すごい。どうやって?」


「種明かしをすると、神の声を“聞いて伝える”人がいたんですよ」


その言葉に、背筋が小さく震えた。


「庁はその人物を保護して、啓示として国民に伝えるようになった」


「預言者さんみたいな人……?」


私が言うと、アベルさんは曖昧に笑った。


「そうですね。けれど、それは同時に――政治の道具にもなった」


言葉が重くなる。


「……宗教と政治って、世界が違っても癒着があるんだ……」


思わず漏れた私の呟きに、アベルさんは目を細めた。

否定も肯定もしないまま、静かに続ける。


「けれど、ある日を境に啓示はなくなった」


「体調を崩されたとか……?」


「公にはしてませんが、たぶん神に召されたのでしょう」


淡々としているのに、妙に刺さる言い方。


「庁にとっては都合が悪かった。“神が沈黙したなら、我々が代わりに語ろう”――そう言って、奇跡の再現や魔法理論の研究に走ったんです」


「つまり……国民の信仰を揺らがせないために、“神”という存在を架空のまま保ったってことですか?」


「庁がこの国の“絶対”であり続けるためには、ね」


アベルさんは椅子にもたれ、苦笑した。


「神が黙るのは政治的に不利になる。だから奇跡を管理して、代わりに人を救う。それが庁の存在理由なんです」


「なんだか……奇跡というより、マジックショーみたいですね」


「はは。信じさせられれば勝ちです。人は救われたい生き物ですから」


そう言ってから、彼は窓の光を見つめた。

少し間が空く。


「その“代弁者”の人は、どんな気持ちで国に使われていたんでしょうね……」


声が、ほんの少しだけ低かった。


「案外、自分が利用されてたことにも気づいていなかったのかもしれません」


アベルさんは私に視線を戻す。


「……もしリコさんが、神の声を聞ける存在だったらどうします?」


「え? 国に利用されるのは絶対イヤです。もしそんな力があっても、隠しますね」


「それはなぜ?」


私は少し考えた。


「最初は“誰かのため”って思っても……人の悩みや欲って尽きないでしょう? 延々相談されたり、利用されたり。そんなの疲れちゃいます。自分の時間がなくなりそう」


「なるほど」


アベルさんが目を伏せ、ふっと笑った。

ろうそくの炎がかすかに揺れる。


その沈黙が――なぜか、少しだけ温かかった。




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