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祈りの銃と異界の娘  作者: 白玉蓮


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白い塔の審問、狐の微笑


聖務庁セラフィム・オーダー


朝靄の中にそびえる白い塔は、まるで雲を突き刺す槍のようだった。

外壁には神の紋章がびっしり刻まれ、陽光を受けて淡く光っている。


ここが――ヴァルティス王国の「信仰の中心」。

そして私は、今からここで“審問”を受けるらしい。


喉が渇く。手が冷たい。

足を動かしているのに、体の芯だけが取り残されるような感覚がある。


「リコさん、緊張してます?」


隣を歩くアベルさんは、いつも通りの軽い調子で尋ねてくる。


「緊張しますよ! “異端審問”ですよ? 怖がらない人います?」


「大丈夫ですよ。拷問具が出てくるのは三回目からです」


「いやー怖っ! 全力で逃げたいっ!」


私は半ば本気で訴えた。

けれど笑いながらも気づいてしまう。


――アベルさんの声の奥に、かすかな緊張が混じっていることを。


“守りますよ”

あの言葉は嬉しかった。心の支えになった。

だけど、私が彼の足を引っ張って、迷惑になるなら。


(私は庁の指示に従う)


本音を言えば、怖い。

怖いけれど――それでも、彼に傷が増えるくらいなら、私は我慢できる。



白い塔の内部は、真っ白い世界だった。

見渡す限り白。廊下も柱も天井も、白。

白が続きすぎて、息が詰まりそうになる。


アベルさんの後ろをついていかなければ確実に迷子になっていた。

私は逸れないよう、彼の黒衣を目で追いながら歩いた。


やがて大きな扉の前に辿り着く。

白衣の神父がこちらへ目線を向け、淡々と言った。


「アベル神父、お待ちしておりました。中へどうぞ」


重い扉がゆっくりと開く。

冷たい空気と乳香の香りが、胸の奥まで押し込まれた。


中央には円卓。

その奥に神父たちがずらりと座っている。


誰もが静かで、動きが少なく、無駄な表情がない。

その沈黙が、逆に怖かった。


「……異界の娘。名は?」


問いかけが、刃のように落ちてくる。


「に、新名莉子です」


自分の声が小さく震えた。

白衣の一人が頷き、別の人物が立ち上がる。


「これより異界の娘、ニイナ・リコの審問を開始する。

付き添いはアベル・クレイン神父。これを認可する」


静かな空間に、神父の声が澄んで響いた。

まるで罪人として法廷に立たされている気分になる。


――そのとき、円卓の中央から一つだけ、柔らかな声が降りてきた。


「そう、緊張することはありませんよ」


声の主は、他の神父たちとは雰囲気がまるで違った。

仕草はゆっくりで、どこか芝居がかったように優雅。

細い瞳。狐みたいな笑み。


黒い髪が光を受けて揺れ、白の中で妙に“色”を持って見える。


「マタイ・クロイス。異端審問局副局長を務めます」


(副局長……? ほぼラスボスじゃないですか。怖っ!)


心の中で叫びながら、私は引きつった笑顔を作る。


「本日、局長不在のため、私が審問を担当します。

……よろしくお願いしますね、異界の娘さん」


柔らかいのに、底が見えない。

優しいのに、まるで刃を隠しているような声。


「え、あ……よ、よろしくお願いします……」


深々と頭を下げる。喉が渇いて声が震えた。


マタイさんはそんな私を観察するように見つめ、唇の端をゆるめる。


「怖がらなくてもいいですよ。

ただ少し、あなたの“奇跡”についてお話を聞かせてください」


「奇跡……ですか……?」


「はい。癒しの光。――神の沈黙を破る力」


その言葉とともに、空気がぴんと張り詰めた。


“神の沈黙を破る”

意味は分からないのに、嫌な響きだけが骨に残る。


気づけば私は無意識に、アベルさんの袖を掴んでいた。

彼はわずかに視線を寄せるだけで、何も言わない。

その沈黙が、逆に「大丈夫」と言っている気がした。


マタイさんは私の反応を見て、面白いものを見つけたみたいに目を細めた。


「ふむ。自覚は……ない、ようですね」


“ない”と断定されるのが怖い。

私が“何か”に分類されていく音がする。


「あなたがその力を発動したとき、何を考えていましたか?」


「えっと……アベルさんが怪我をして……助けなきゃって……」


「助けたい、ですか」


マタイさんが笑う。

けれど、その笑みはどこか艶があって――美しいのに気味が悪い。


「素敵ですね。純粋な願いは、時に神すら動かす」


甘い声が、耳の奥で粘る。


「……けれど、神が動かぬ今。その力は何に属するのか」


“属する”

私は物ではない。

なのに、扱われている感覚がする。


「マタイ副局長」


アベルさんの声が、少し低くなった。


「彼女を試すような言い回しは、やめてください」


「試してなどいませんよ」


マタイさんは肩をすくめ、あくまで穏やかに言う。


「ただ――事実を知りたいだけです」


再び私を見る視線が絡む。

覗かれている。測られている。

皮膚の下まで見通されているような錯覚が走り、胃がきゅっと縮んだ。


柔らかいのに冷たい。

優しいのに残酷。

“人”というより、“何か別のもの”を見ているような目。


私は反射的に、アベルさんの袖をさらに強く握りしめた。



◆審問の終わり


形式的な質問がいくつか続いたあと、審問は意外にもあっけなく終わった。


結論は一つ。


――「当面はアベル神父の保護監視下に置く」。


保護。監視。

矛盾しているようで、庁の中では同じ意味なのだろう。


私は深く息を吐き、ようやく肩の力を抜いた。

けれど、マタイさんの笑みだけが頭から離れなかった。


去り際、彼が囁く。


「……また会えるのを楽しみにしていますよ、リコさん」


ぞくり、と背筋を冷たいものが走る。

それなのに、その声は不思議と甘かった。


甘い毒。

一口舐めたら、もう引き返せなくなるタイプの。



◆帰り道


「ふぅ……もう、二度とあんな場所行きたくないです……」


塔を出て、やっと外の空気を吸った瞬間、膝が笑いそうになった。


アベルさんが苦笑しながら言う。


「でしょうね。私も久しぶりに戻りましたが、やはり落ち着かない場所です。できれば避けたい」


そして、少しだけ声色を変えた。


「……リコさん。残念なお知らせがあります」


「え? 嫌な予感しかしない」


「庁の任務を定期的にこなさなければ、減給との通達がありましてねぇ」


「うわ、死活問題!」


「はい。なので報告書の提出に度々来なくてはいけなくなりました」


アベルさんはさらっと言い、涼しい顔で続ける。


「――つまり、頑張ってくださいね」


「何を!?」


「書類提出のお使いです。生存報告も兼ねて、リコさんに来てくださいとのことです」


「私だけ!? 自分だけ逃げるの反則ー!」


「私は逃げてません。合法的に労働を分担しているだけです」


「言い方が腹立つ!」


塔を出た瞬間、風が肌を撫でた。

外の空気が、生き返ったみたいに柔らかい。


アベルさんは空を仰ぎ、少しだけ笑った。


「でもリコさん、よく頑張りましたよ。泣かなかったですし」


「……泣きそうでしたけどね」


「まあ、あの場所は誰しも緊張しますからね」


その声が、心の奥に温かく染みた。


……けれど、ふと振り返る。


白い塔の窓に、黒い影が見えた気がした。

――マタイ副局長が、こちらを見ていたような。


胸の奥がひやりとした。



◆聖務庁・異端審問局(同時刻)


マタイ・クロイスは窓辺で紅茶を揺らしていた。

指先のカップに映る液面が、ゆるやかに波打つ。


「……なるほど。“癒し”の娘」


微笑む唇の奥に、熱を孕んだ狂気が見え隠れする。


「神の沈黙を破る者。

それが“異端”か、“新たな奇跡”か――さて、どちらに化けるのでしょうね?」


月光が差し込み、彼の瞳が琥珀色に光った。

その輝きは捕食者の目だ。静かで、美しい。


――獲物を逃がさない目。



◆教会にて


夜。

教会の窓から見上げた月は、やけに白く見えた。


私は小さく息を吐く。


(……あの人、やっぱり苦手だな)


穏やかで、丁寧で、完璧で。

でも“人間じゃない”感じがする。


アベルさんとは、まるで正反対の神父。

例えるなら――蛇系男子。

その言葉が、不思議としっくりくる。


「アベルさん。あのマタイって人、どういう人なんですか?」


「ふむ……一言で言うなら、狐ですかね。笑ってても何か企んでる」


「……策士っぽいですよね」


「でも、悪人ではないですよ」


アベルさんは紅茶をひと口飲み、さらっと言った。


「少し変態なだけです」


「フォローになってません!」


「はは、ですよね」


笑う彼を見て、私も思わず笑いかけて――すぐ、喉の奥がきゅっと締まった。


アベルさんの表情が、少しだけ真面目になる。


「ただ――気をつけてください。異端審問には、気を許してはいけない」


その言葉が、妙に重く響いた。


教会の外で鐘が鳴る。

私は窓の外を見上げた。


満ちた月が、白く、冷たく光っていた。

まるで――誰かの目みたいに。

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