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祈りの銃と異界の娘  作者: 白玉蓮


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白衣の神父と、“保護”という檻


――“癒し”の奇跡が現れてから、一週間が過ぎた。


異端審問から何らかの接触があるのでは、と身構えていたけれど。

拍子抜けするほど何も起きないまま、私は平穏な日々を過ごしていた。


(私のことなんて、取るに足らない存在だと思われたのかな……よかった)


そう思い込もうとして、胸の奥で小さな不安が燻る。

けれど不安に名前をつけた途端、現実になってしまいそうで――私は考えないふりをした。


午後の教会。

柔らかな陽光がステンドグラスを透かし、色とりどりの光が床に落ちている。

アベルさんと並んで、のんびり紅茶を飲んでいた。


その瞬間――


教会の扉が、勢いよく開いた。


「アベル・クレイン! また庁以外の仕事を受けたな!」


低く響く声と同時に、白い光が差し込む。

逆光の向こうに立つ男は、金髪だった。


光を受けた髪が金糸みたいに輝き、完璧な白の法衣がまるで絵画のように眩しい。

背筋の伸びた姿勢。無駄のない動き。

――一言で言うなら、正しさでできた人間。


「……おや。天使が迷い込んできましたねぇ」


アベルさんが、いつもの飄々とした口調で言う。


「ふざけるな。私は天使ではない、神父だ」


男は眉ひとつ動かさず言い切った。

その硬質な声は、紅茶の湯気を凍らせるみたいに冷たい。


「聖務庁第二課、秩序執行部オーダー・エンフォースメント所属――ユリウス・ロウエル神父」


名乗りと同時に、空気が一段張り詰めた。


若くして昇進を重ねた“正統派の神父様”。

立ち姿だけで、庁の権威を背負っていると分かる。


――対して、こちらの神父様は。


黒い法衣。気怠げな笑み。

庁を追われた……というより、勝手に出ていったような自由人。


でもユリウスさんの口ぶりから察するに、アベルさんはまだ庁に籍があるらしい。

聖務庁第七課――特務執行課セラ・スペシアル

それが、彼の所属部署。


(特務……執行……)


物騒な単語に、背中が少し冷える。


しかもこの二人。

どう見ても、水と油の組み合わせだった。



◆神父たちの対峙


「久しぶりですね、ユリウス。相変わらず固い」


「庁の職員として、秩序を乱すなと言っている」


ユリウスさんの眼差しは鋭い。

まるで罪を裁くために存在しているみたいな目だ。


アベルさんは肩をすくめ、からかうように言う。


「秩序ねぇ……助けを求められれば助ける。それが神父の仕事でしょう?」


「お布施をもらうのが違法だと言っているんだ!」


「正当報酬なんですけどねぇ」


アベルさんはさらりと返し、黒衣の裾を揺らした。


「順を踏んでいたら間に合わない依頼もあるでしょう?

だから、私に直接依頼が来るんですよ」


ユリウスさんは、その態度に露骨に眉をひそめた。

そして懐から、一通の羊皮紙を取り出す。


「まあいい。今日は伝令だ」


封蝋のついた書状を、テーブルに置いた。


「異界の娘――ニイナ・リコ。

癒しの力を発動した件について。近日中に庁で“審問”が行われる」


……審問。


その単語だけで喉の奥がひゅっと縮む。


「審議によっては“保護対象”とする、とのことだ」


保護。

その言葉は本来、優しいはずなのに。


今の私には、檻みたいに聞こえた。


「なるほどねぇ」


アベルさんは頬杖をつき、飄々とした口調を崩さない。


「ではユリウス。ひとつ質問です。

“保護”と“監禁”の違いって、何でしたっけ?」


「……皮肉はやめろ。彼女は危険なんだ」


ユリウスさんの声が、さらに低くなる。


「危険? 癒しの力を持つ娘が?」


「神の沈黙を破る――それだけで、異端の可能性がある」


異端。

胸の奥が冷たくなり、指先が震えた。


アベルさんの笑みが、わずかに薄れる。


「なるほど。神が黙っている間は、人が祈っても罰せられるんですね」


「アベル!」


空気が、ぴんと張り詰めた。

言葉の刃が、見えない火花を散らす。


私は堪えきれず二人の間に立ち、両手を振った。


「ま、待ってください!

私、ごく普通の人間で、危険な要素なんて全くないです!」


ユリウスさんが私を見る。

その視線は、体温を測るみたいに冷静で――怖かった。


「ええ、そうですよ」


アベルさんの声が、静かに落ちる。


「この娘はただ、空から落ちてきて、知らない世界で頑張っている。――それだけです」


その言葉に、胸の奥がじんと熱くなった。

私は唇を噛み、視線を落とす。


ユリウスさんは一瞬だけ表情を曇らせ、すぐに言い放つ。


「異界から来たなら、なおさら危険要因だろう」


「来たくて来たわけではないでしょう?」


「……」


沈黙が落ちる。


アベルさんは、いつもの笑みを戻す。

けれど、その瞳の奥には微かな苛立ちと――怒りに似たものが宿っていた。


「俯瞰で物事を見られないと、いざという時、大事な者を守れませんよ。ユリウス」


――大事な者。


その言葉が、なぜか心に引っかかった。

アベルさんの笑顔の奥に、一瞬だけ影が見えた気がした。




◆教会の夜


夜。

礼拝堂の蝋燭の光がゆらゆら揺れている。


アベルさんは祭壇の前で静かに祈り、私は少し離れた席で聖典を開いていた。

文字は読めるようになってきた。意味はまだ半分くらいだけど。


それでも、ここにいる時間が落ち着く。

――落ち着いてしまう自分が、少し怖い。


「ねぇ、アベルさん」


「なんでしょう?」


「“異端審問”って、どんなところですか?」


アベルさんはロザリオを指で弾き、苦笑した。


「一言で言えば……頭の固い集団ですね」


笑って言うのに、言葉が軽くない。


「主の名のもとに“異物”を排除する。そのことに、何の躊躇いもない」


「こ、怖っ……」


「まあ、彼らにとってはそれが“正義”なんですよ」


アベルさんは視線を落とし、静かに続けた。


「私も同行します。君はそのままでいい。――大丈夫です」


“そのままでいい”

その言葉が、なぜだか泣きそうなくらい優しかった。


「……平穏に暮らせれば、それでいいのになぁ」


ぽろりと本音が落ちる。


「それは、みんな同じですよ」


そう言われて、私は小さく笑ってしまった。

同時に、胸の奥にまた不安が刺さる。


――そのとき、外で鐘が鳴った。


「……?」


「夜警の鐘ですね。庁の巡回でしょう」


アベルさんが立ち上がり、窓の外を覗く。


月明かりの下、白い法衣の神父たちが列をなして歩いている。

その先頭に立つ金髪の男――ユリウスさんの姿があった。


彼は真っ直ぐに歩き、迷いなく進む。

正しさを疑わない人の歩き方だった。


アベルさんが、誰にも聞こえないくらい小さく呟く。


「……自分の正義だけ信じられれば、幸せなんでしょうけれどね」


「アベルさん?」


「いいえ。独り言です」


振り返った彼は、いつもの穏やかな笑みを浮かべた。

けれど、何かを隠している顔だった。


「さ、夜も深い。寝ましょうか」


私は頷いて立ち上がる。


そのまま眠れたらよかったのに。

けれど胸の奥では、いつもより少しだけ強く鼓動が響いていた。


異端審問。

そして、庁。


その響きが、夜の静けさの中で長く残って――私の夢の中にまで、白い塔の影を落とし続けた。

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