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祈りの銃と異界の娘  作者: 白玉蓮


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3/18

泣き声の正体と、癒しの奇跡


夕暮れの教会。

祈りを終えた信徒たちが帰り、石造りの聖堂に静けさが戻ったころ

――アベルさんは机の上の羊皮紙を指先で軽く弾いた。


「さて、リコさん。朗報です」

「え、なんですか?」

「お仕事ですよ。……祈りと銃と、そしてお布施の香りがします」

「最後のが一番濃い気がするんですけど!?」


私が即座に突っ込むと、アベルさんは楽しそうに肩を揺らして笑った。

黒衣の袖を払う仕草まで、腹が立つくらい様になっている。


先ほど金髪の貴婦人が置いていった依頼書には、丁寧な字でこう記されていた。


『夜ごと屋敷に泣き声が響く。怖くて眠れない日が続くので、幽霊を祓ってほしい。前金・金貨三枚。結果次第で追加報酬あり。』


「……金貨三枚?」


喉が鳴った。

この世界の物価感覚に少し慣れてきた私でも、それが破格だと分かる。


「お布施のわりに、高くないですか?」

「信仰心がある人は太っ腹なんですよ」


……絶対、信仰心を煽って値を釣り上げた。

あの貴婦人、明らかにお金持ちだったし。


呆れたけれど、私はそれ以上言い返せなかった。

なにせ今の私は、職も金もない居候――名実ともにニートである。


(私は文句を言える立場じゃない……)


依頼は今夜引き受けることになったらしい。

「今夜?」と思ったけれど、眠れず体調を崩している貴婦人を思えば、早く解決してあげたいのだろう。


日が落ちるのを待ち、私はアベルさんに同行することになった。


腰にはいつもの黒い、魔法銃エリュシオン。胸元にはロザリオ。

黒衣は夜の色と溶け合い、彼の存在を薄くする。


……一瞬、死神みたいだと思ってしまった。


「リコさんの初仕事は“幽霊退治”ですね」


「私、同行しても何もできないですが? それに、オカルト系はちょっと……」


「おや。おばけは苦手ですか」


アベルさんは愉快そうに言いながら、少しだけ歩幅を緩めた。


「でも大丈夫。恐れることはありませんよ。危なくなったら私の後ろに隠れてください」


「ここで逃げたら、お布施請求されるんですよね!?」


「もちろん三倍で。……まあ、逃がしはしませんが」


「……この神父、ほんと無慈悲……!」


笑っている目が、全然笑ってない。やっぱり怖い。



◆貴婦人の屋敷にて


街灯が灯る町を抜け、一本道をまっすぐ歩くと、屋敷は丘の上に現れた。


高い鉄の門。広い庭園。

そして、闇の中で不気味に浮かび上がる大きな洋館。


屋敷を囲む木々がざわざわと風に揺れ、葉擦れの音だけで鳥肌が立つ。


……うん。怖い。

何か出そうな空気がプンプンしている。

私は思わずアベルさんの服の裾をぎゅっと掴んだ。


「……雰囲気、ありすぎますね」


「大丈夫。おばけなら襲ってきませんよ」


「おばけ以外なら襲ってくるってことですか? それはそれで別の意味で怖いんですが?」


「……」


アベルさんはニコリと微笑んだまま、答えない。


え、待って。

この世界、魔物もいるの?

怖すぎない?


アベルさんが屋敷の扉をノックすると、老執事が深々と頭を下げて迎えてくれた。私たちは館の奥へ通され、改めて事情を聞く。


「依頼を受けていただき、ありがとうございます。

奥様は体調を崩され、いまはベッドで休まれております」


「屋敷には奥様と、執事のお二人だけで住まれているのですか?」


アベルさんの問いに、老執事は視線を落とし、疲れたように息を吐いた。


「以前は多くのメイドもおりました。しかし旦那様が亡くなってから怪奇現象が起き始め……皆、怖がって辞めていったのです」


なるほど。心霊現象が起きる家で暮らすなんて、私だって無理だ。

いまは通いのメイドが数人いるが、日が落ちる前には急いで帰ってしまうらしい。老執事は昔からこの屋敷に仕えているという。弱った奥様を見捨てられないのだろう。


話を聞き終えたアベルさんは「ふむ」と頷いて立ち上がった。

館の中を一通り案内してもらい、執事が部屋へ戻る。

残された広い屋敷には、人の気配が薄すぎて、逆に怖い。


窓の外の木々が揺れるたび、影が蠢くように見えてしまう。


私はびくびくしながらアベルさんの背に張り付いた。

彼は壁に手を当て、何かを感じ取るように目を細める。


「……ああ。典型的な怨念残留型ですね」


淡々とした声が、さらに恐怖を煽る。


「この匂い……動物の死。血と――執着の残り香です」


「動物……?」


その瞬間。

天井の奥から、小さな音がした。


コツ、コツ……。


ゆっくりと、足音のように近づいてくる。


――にゃあ。


甲高い鳴き声。


次の瞬間、黒い影が天井から飛び降りた。


「びっくりした……猫かぁ」


ほっと息を吐き、猫に目を向けた瞬間――違和感で喉が凍った。


猫の形をしている。

けれど、目は赤く光り、毛は針のように逆立っている。

影が濃すぎる。輪郭が、現実の生き物より“硬い”。


「なるほど……かわいげのある悪霊ですね」


軽い声。

だがアベルさんの手はすでに銃を構えていた。


魔法銃エリュシオンの銃身が淡い青光を帯びる。

祈りが、武器の形を取る。


「主よ、この獣の魂を安息に導きたまえ」


祈りと同時に銃声が響いた。

青白い光弾が猫の影を撃ち抜き、空気が震える。


――けれど、猫は消えなかった。


霧のように散り、次の瞬間にはすぐ形を取り戻す。

怒りに満ちた叫び声を上げ、私へ向かって牙を剥いた。


「リコ、危ない!」


アベルさんが私を庇う。

猫の爪が彼の背中を――ざくりと裂いた。


「……っ!」


「アベルさん!」


黒衣の背が裂け、赤い血が滲む。

その色が、あまりにも生々しくて、足がすくむ。


(血を止めなきゃ……!)


そう思った瞬間――胸の奥で何かが弾けた。


熱い。でも痛くない。

ただ、ひたすらに「助けたい」と願った。


私の手が淡く光り出す。柔らかくて、温かい光。

それがアベルさんの傷を包み込み――裂けたはずの皮膚が、ゆっくりと塞がっていく。


「……え?」


自分の手のひらを見つめ、息を呑んだ。

アベルさんは一瞬だけ目を細め、そして静かに笑った。


「おやおや。これは……“癒し”ですね」


「癒し……?」


「どうやら君には癒しの力があるようですね。これは使える」


「“使える”って言い方どうかと思いますけど!?」


「褒めてるんですよ。心の底から」


「うわぁ……嫌な予感しかしない!」


会話だけはいつも通り軽い。

なのに、その目は鋭く、状況を見逃していない。

アベルさんは銃を構え直し、声の調子を戻した。


「リコさん、少し下がって。あの猫は――飼い主の死を知らない」


「え……?」


「主が死んでからも、毎晩同じ場所で鳴いていたんでしょう。

そして力尽きた。それでも尚、“呼んでいる”んです」


優しく、けれど残酷な真実。


「大好きだった主を」


猫の赤い目が一瞬揺らいだ気がした。

怒りの奥に、寂しさがある。


アベルさんは銃口をゆっくり上げる。

その声が、祈りに変わる。


「主よ。この魂を赦したまえ。

彼が待つ扉を、今度こそ開いてあげてください」


引き金。


光弾が闇を裂き、黒い猫は静かに霧散した。

あとに残ったのは、ちりん――と小さな鈴の音。


どこか安堵したように響き、やがて消えていった。



屋敷の応接室へ戻ると、アベルさんは老執事に経緯を説明した。

執事は目を見開き、そして堰を切ったように安堵の息を吐く。


「そうでしたか……旦那様がとても可愛がっていた猫だったのです。

亡くなってから姿を見せなくなり、心配していたのですが……」


「ご主人が使われていた部屋の屋根裏。そこに猫の亡骸があるはずです」


アベルさんは淡々と告げる。


「主の横に墓を作ってあげてください。もう怪奇現象は起きませんよ」


「承知いたしました。明日にでも手配いたします」


「奥様にも安心するよう、お伝えください」


微笑むアベルさんに、老執事は深々と頭を下げた。



◆帰り道


屋敷を出ると、夜の空気の冷たさが頬を撫でた。

それなのに、不思議と来たときほど怖くない。


石畳を歩きながら、私は小さく息を吐いた。


「……怖いと思うから、怖く思えるのかな」


「まあ、人は見えないものを勝手に想像で作り出して、それに怯える癖がありますからね」


「でも……あの猫は幽霊だったんですよね?」


「そうですね。幽霊というより、魔物に落ちかけていたんだと思います」


アベルさんは夜道を見据えたまま、淡々と続ける。


「放置していれば屋敷の人間に危害を加えていたでしょう」


「危害……」


その言葉で、背中を裂かれた彼の姿が脳裏に蘇る。

私は裂けた黒衣の背を見つめた。


傷は――ない。

たしかにあったはずなのに、痕跡すら見えない。


(私の手で……治した?)


不意に、アベルさんが言った。


「先ほどはありがとうございました。素晴らしい奇跡でしたね」


「奇跡……」


「私の傷が治ったのは神の加護ではなく――あなたの力です」


「力? 私にそんな力、ないですよ」


「ならば、それが“奇跡”なのでしょうね」


彼は軽く笑う。


「理由が分かったら、もう奇跡じゃありませんから」


その横顔が、夜空の下で少しだけ柔らかかった。

私は知らず、胸の奥がほどけていくのを感じる。


……けれど。


「しかし」


アベルさんの声が、わずかに低くなる。


「異端審問の連中に知られたかもしれませんね」


「え?」


「この国には結界が張られているんです。

少しでも“異端の気配”があれば、すぐに感知できるように」


足が止まった。

胸の中を、冷たいものが走る。


「……異端審問に知られたら、どうなるんですか?

牢屋とか、拷問とか……殺されたりとか――」


魔女裁判、火あぶり、拷問。

歴史の本の恐ろしい単語が、頭の中を回る。


不安で青ざめる私の頭に、大きな手がぽん、と乗った。

安心させるように、アベルさんがわしゃわしゃと撫でる。


「守りますよ」


「……え?」


「君は私が拾った異界の娘です。異端審問に勝手なことはさせません」


その言葉が、胸の奥に落ちた。

軽い冗談みたいに聞こえるのに、妙に真っ直ぐで。


「……その言葉、信じてもいいですか?」


「ええ。主とお布施に誓って」


……お布施に誓うな。


けれど、そのいつもの調子が、逆に救いだった。


「さ、帰りましょう。報酬もたっぷり頂きましたし、今夜はご馳走にしましょう」


「もう、ケーキもお願いします!」


「欲深い。私の教えが染みてますね」


「絶対アベルさんのせいです!」


くすりと笑い、彼は黒衣を翻して歩き出す。

その背中を追いながら、私は息を吐いた。


色んな不安はある。

けれど――この神父と一緒なら、何とかなるような気がする。


先のことを考えても答えは出ない。

だったら今は、目の前のパンとケーキだ。


……ああ、私。少しずつこの“お布施神父”に染まってるなぁ。



◆聖務庁にて(同時刻)


白い塔の最上階。

マタイ・クロイスは窓辺に立ち、報告書を閉じた。


「……“癒しの光”。確認済み」


薄い唇が、わずかに歪む。


「なるほど。その力は、この世界にとって救いとなるのか。

それとも――脅威となるのか」


満月が塔の窓を照らす。

光を受けて、マタイの瞳が静かに輝いた。


「異界の娘、新名莉子」


甘い声なのに、凍るほど冷たい。


「次に会うときは――彼女を“こちら側”に導きましょう」


その宣言は、祈りではなく、捕獲の言葉だった。

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