個人軍
2回の表。桜木ボーイズは7番投手吉川から
の打順。
キィィン! ドッ!
吉川の打った打球はセカンドとライトの間にぽてんと
落ちるヒットになる。
「しゃー!ナイバッチ吉川!良ちゃんより飛んでんぞ!」
「うるせぇー!ヒットはヒットだろうが!」
ただのポテンヒット。それなのにベンチはまるで
タイムリーヒットを打ったような空気をしている
桜木ボーイズ。
コンッ! 「しまった!」
8番の石川がバントを試みるが飛びすぎた。
ファーストの摩耶が「おっけい!」と呼び捕球しようとした瞬間。
「俺に任せろ!」と摩耶を焦斗が静止し取りに行く
「え?!天野さん?!」
(今日のみんなは何処か余裕がない。
一輝が居ない今、俺がチームを引っ張らないと...!)
そう内心で考えパシッ!っとボールを取り
2塁ベースの方を向く
「?!天野2塁は無理だ!1個!」
「いや!行ける!」
ボッ!!
焦斗が投げたボールがベースカバーに入っていた御手洗に投げられる。
「なっ?!高ぇよ!!」
そう言いながら御手洗はジャンプするが届かずボールは
センターへ
しかしセンターの山崎がしっかり捕球しランナーを進めない。
「何やってんだ!1個ずつで良いだろ!
焦ってゲッツー取りに来るな!」と御手洗が焦斗に
詰め寄る
「…」
「天野!1個ずつで良い!引きずらないようにな!」
黙る焦斗に戸山が声をかける
9番の山本をライトフライに抑えるが2塁の吉川が
タッチアップし1アウトランナー1.3塁となり
打順は1番那須野に戻る。
1打席目とは違い左打席に立つ那須野。
ボッ! パァァン! 「ストライク!!」
(1打席目で1回バトったからな...目は慣れてきたぜ!
ただやっぱり狙うのは変化だな。
俺はそっちの方が「やりやすい」し...)
ボッ! パァン! 「ボール!」
カットボールが外れカウント1-1。
那須野は左打席から内野の位置を確認する。
ファーストサードは後ろ、二遊間は中間守備...
やるならここだよな!監督!!
そう考えベンチを見ると、初老の男の監督がニコリと
微笑む。
グッ...っと焦斗が足を上げ
ダンッ!っと地に足をつけた瞬間、3塁ランナーが飛び出す。
「なにっ?!」
「スチール!!」
「いやスクイズだ!!」
内野手が声をあげるも遅く
コォン!!っと鈍い音が響く。
決して上手くはないがピッチャー横のボール。
がっしり焦斗が掴み、本塁は間に合わない。
ならば一塁へと放るように向くと、既に那須野は
一塁を駆け抜けていた
「なっ...!」
「速すぎるだろ...」
御手洗。いや鷹宮よりも速いその俊足を見て一同は驚愕
する。桜木ボーイズが2点目を追加したその回。
更にそこから連打を浴びるも1点で締め3-0となる。
3回、4回の攻撃も皆淡白な内容だった。
初球からまるでホームランを狙いに行くようなスイング
を皆が続けていた。
5回の表、明らかにムードが沈んだ桑山が守りに入る。
「まだ5回だ!ここ閉めて次の攻撃に行こうぜ!!」
一輝の声虚しく皆が下を向きながら守備に着く一同。
その背中を見ながら一輝は考える
どうしたんだ皆…試合前はやる気と言うより殺気立って居たのに...まるで気迫が感じられないな...
自己中心的なプレー、声をかけ合わない連携プレー、
大きい1発を出そうとする打撃...
なんか…みんな、焦っている??
瞬間、一輝の頭の中に今までの出来事が
フラッシュバックする。
全国大会、試合、注目、観客、スカウト、焦り、嫉妬、個、チーム…
そういう事か…
何かを理解した一輝が立ち上がり、監督の元へ行く
「監督!」
そう呼びかける一輝を見る朝日監督。
その目を見て、一輝が自力で答えに辿り着いたことに
気づく。
「わかったかのか?」
「はい。わかりました。
俺、気づいていませんでした...
アイツらのキャプテンなのに、アイツらの気持ちに」
「そうだ。
目標がバラついたチームに勝利も栄光もない。
歪な輪は正常に働かない。
扇の要、主将の一輝があいつらを勝たせてやれ。」
「はい!」
「いけ!ベンチでは伝えれる事も伝えられんぞ」
その一言に、一輝はレガースをつけ始める。
《桑山ボーイズ、選手の交代をお知らせします》
そのアナウンスに、球場全体がザワつく。
《キャッチャー、戸山君に変わりまして、星君。》
わぁーっと起こる大歓声に球場が震える。
ベンチから飛び出した一輝が内野だけではなく
外野も集める。
「後は任せるぞ...星...」
「あぁ。戸山、ありがとう。本当に頼もしいよお前は」
そう言うと戸山はベンチへ下がっていく。
一輝の代わりに捕手を務めた彼を観客が拍手で迎え、
監督、コーチ達も暖かく迎え入れる。
「で?何か打開策でもあるのか??」と御手洗が聞く。
その言葉に、一輝は間を置き質問を重ねる
「御手洗、俺が出てきた時、どう感じた?」
「は?」
「どう感じた??」
その眼光にたじろぎながら答える
「どうって...」
「正直な言葉で話してくれ」
「…球場が沸いた…と思った」
「…そうだな。」
「だからなんなんだよ??」
不思議そうにしているのは御手洗だけでは無い。
他の8人の選手も不思議そうだ。
「はっきり言おう!
俺は60高以上から声が掛かってる
!焦斗も同じくらいだ!」
「…は?!」
「それに俺らは昨日、桐皇のスカウトに直談判された」
「…」
「御手洗、お前それ見てたな??」
黙ったまま下を向く御手洗。
「他の奴らも、それを知っているな??」
全員が、少し悲哀に満ちた顔をする。
「確かにこの時期、俺ら3年生にとっては今後の
野球人生を左右する大事な時期だ。
だが、今は試合中だ。そんな事は忘れよう」
「お前らはそう言えるだろうな!!」
御手洗が強めに言葉を発する。
「進路がほぼ確役されたようなお前らなら
この試合も、その後も、その先も、全部安心して
プレー出来るだろうな!!
だが俺ら凡人は違う!1試合1試合命懸けな思いで
プレーしてるんだよ!綺麗事で終われるか!」
息を切らしながら話す御手洗を真っ直ぐ見る一輝
「あぁ。俺はお前らの気持ちを同じ痛みで感じる事は
無理だ。」
「だったら...」
「でも平気だ。お前らは優秀だ。絶対に振り向く高校はある。」
その発言に、全員がフリーズする。
「な、何を根拠に…」
その問いにフッと笑いながら一輝は答える
「俺はこのチームが最高で最強だって知ってるからだ。桑山ボーイズの精鋭達を、俺は全国制覇して
皆に知らしめたいんだぜ。」
「星…」
皆が一輝を見る。
その目には受け継がれてきた闘志が宿るのを一輝は
見逃さなかった。
「お前ら、日本一になる覚悟はできたか?」
「「あぁ!!」」
「最強になる準備はできたか?!」
「「しゃぁぁ!!!」」
「行くぞ!!!」
「「しゃぁぁぁ!!!!」」
活気を取り戻したチームを
微笑みながらベンチで静観する朝日監督。
ご視聴ありがとうございました!
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