エースになった男
パァァン! 「ストライクバッターアウト!!」
6回の表、多摩大ボーイズは7番から。
しかしマウンドに上がった長房が圧巻の投球を見せる。
夏にも見た140手前の速球。190cmある巨躯から振り下ろされるドロップするカーブ。
「完成度が段違いだな...」
「あぁ。捕手も秋と違って球をしっかり捕球してる」
その投球を見た一輝、焦斗は冷や汗を垂らしながらも
どこか嬉しそうに話していた。
パァァン!「ストライクバッターアウト!チェンジ!」
7番、8番、9番を三振に仕留め、長房がマウンドを
降りる。
6回の裏、さらに勢い着いた中附ボーイズは2点の
追加点を取り4-1と点差を突き放す。
そして最終回、この回もマウンドにはエース長房が
登板する。
先頭は1番セカンド丸田三郎太。
(こんな...こんなはずは無い!
僕たち三兄弟、いや!僕たち多摩大ボーイズが...
こんな1人の選手に負けるなんて有り得ないんだ!!)
三郎太がそう歯をかみ締めながら打席に立つも
ボッ!! パァァン!!っと強引に力でねじ伏せる長房。
あっという間に追い込み、最後はドロップカーブで
三郎太を軽々三振に仕留める。
「ごめん...兄さん...」
「...気にするな弟よ!俺が出塁してやる!」
パァァン!! 「ストライクバッターアウト!!」
2番の二郎太も3球で三振に仕留める。
「くそっ!!!」
悔しそうにベンチへ戻る二郎太の肩を優しく撫で、
3番センター丸田一郎太が打席へ向かう。
パァァン! 「ストライク!!」
初球、真っ直ぐを思い切り振り抜くがかすりもしない。
(こ、これが中附ボーイズエース、長房泰斗...)
丸田一郎太、彼も地元じゃ名前を売っていた程
有望な選手だ。しかし突きつけられる「才能の差」。
ググッ... 大きく足を上げ力を溜める長房
ボッ!! パァァン! 「ボール!!」
2球目は外にはずれボール。
際どいコースをよく見逃した。いや手が出なかった。
ネット裏で観戦していた一輝、焦斗、結は
その圧巻の投球にただ唾を飲むことしか出来ずにいる。
「やっぱすげぇな...長房は」
「あぁ...打てるか??一輝」
焦斗の問に少しの沈黙の後一輝が告げる
「長房を打ち崩して全国...
最高のラスボスじゃねーか!今すぐにでもやりてぇ!」
「フッ...そう言うと思ったぜ」
一輝の答えに焦斗が微笑む
ボッ!! パァァァン!「ストライクツー!」
2人が話していると、その破裂音で再びグラウンドに
顔を向ける。
長房が一郎太を追い込んだ。
(くそっ!くそっ!このままじゃ終われねぇ...!
俺ら多摩大ボーイズが絶対に全国へ行くんだ!!)
ググッと再び足を上げる長房
ビッ!! 長房の決め球、ドロップカーブだ。
(くっ!!)体制を崩される一郎太
踏ん張りを効かせバットを振り抜く。
キィィン!! 「?!」
ドンッ!! 鈍い音。しかしホームランではない。
マウンドにポタポタと垂れる赤い血。
長房の顔にボールが直撃した。
「「長房!!」」
チームメイト、そしてバックネット裏で見ていた
一輝が立ち上がり声を発する。
(ながふっ...はっ!)自分の打った打球が長房に当たり
その場で一瞬立ちどまる一郎太。
しかしインプレー中ということもありすぐさま
一塁へ走る。
(くっ...何動揺してんだ俺は!あいつは敵!
倒れてもプレーは続くんだ!)と心の中で自分を叱責する
一郎太。走りながらもチラリとマウンドの長房を見る。
「え?!」
声に出てしまう程、信じられないものを見る。
巨体を揺らしながら長房は零れたボールを拾いに行く。
「ああぁぁぁ!!」と声を発しながら
ガシッとボールを掴み一塁へ思い切り投げる。
パンッ!! 「...アウト!!」
審判のその声を聞いた長房は笑みを浮かべる。
そしてそのままその場に倒れてしまった。
結果は4-1で中附ボーイズが勝ち上がり
試合は幕を閉じた。
長房は大人5人ほどに支えられながら
救急車で搬送された。
次の日、予定通り桑山ボーイズVS中附ボーイズの試合が行われ、11-1と桑山ボーイズがコールドで下し
春の全国大会出場を決める。
試合が終わり、次の日、一輝、焦斗、結の3人は
長房が運ばれた病院にお見舞いに向かった。
病室を案内され長房と書かれた病室に入る。
そこには1人座っている長房が居た。
「長房...」
一輝が少し不安そうにそう呼びかけると長房はこちらを
振り向いた。
「星、天野...なんだ来たのかよ」
いつも通りの感じで長房は返事をする
「あぁ。大丈夫か??」
「みんな大袈裟なんだよ。
僕は大丈夫って言ってんのに。顔だから一応入院だー
ってさ。昨日の試合、楽しみにしてたのに。」
「長房...」
珍しく落ち込んでいる。それはそうか。
力をつけ俺らと再戦できるって言うのに
あんな事になって...
「ボロ勝ちしたらしいね。星なんて2
本もホームラン打ったらしいじゃん」
「あぁ...まぁな」
「...関東大会...は桑山は一軍が出ないんだよね...
じゃー夏だね」
「え??」
「え?って...僕が君達にリベンジするチャンスだよ」
「長房...お前...」
「ナニ?そんなに意外?
僕だって驚いてるよ。負けて悔しいなんて
去年の夏まで知らなかったんだから。」
いつになく流暢に、楽しそうに話す長房を俺と焦斗は
黙って聞いている。
「この熱さ...野球ってイイネ。
今年の選手権大会は絶対に僕ら中附ボーイズが全国制覇を成し遂げるよ。当たるその日までしっかり練習しておいてくれよ...って何その顔?」
こんなこと言う奴だとは思っていなかった。
だから俺と焦斗は鳩が豆鉄砲食らった見たいな顔をしていたと思う。
「お前、結構熱いやつなんだな」
焦斗のノンデリ発言が飛び出す
「っ!もういいだろ!お土産ありがとさん!
ほら、帰って帰って!」
恥ずかしそうにお土産のバナナを取りだし口にする
長房。すると
「ぐすっ...」っと啜り泣く声が聞こえてきた。
俺と焦斗の後ろで結が泣いていた。
「結...なんで泣いてんの??」
「だって...みんな凄い青春シテルカラ!!
長房君っ!ウチら頑張るから!病室でウチらの
全国制覇、願っててね!!ぐずっ!」
涙でクシャクシャになった結。
「いや、僕明日退院なんだけど」
と長房も思わずツッコミを入れる。
「写真撮ろう!いいライバルに出会えた
感動的な瞬間!!収めよう!!」
結がスっとカメラを出す。
「いいって」「早く帰ってくれない??」と
焦斗と長房は嫌がるが、1枚だけ写真を撮った。
病院から出てもまだ泣き止まない結を他所に
俺と焦斗は再び全国制覇を掲げる。
ご視聴ありがとうございました!
次回もよろしくお願いします!




