まだ飛べる翼
「努力は必ず報われる」
俺はこの言葉が好きやった。
本当にそう思うし、実際そう。
成功した者は必ず努力している。成功した者のみ許される言葉だと、俺は思っとる。
それなのに多少練習をしただけで「努力をした」とか、
「負けたけど頑張ったから」とか。
そういう下らない負け惜しみを言う奴が多い。
努力は他人からの評価であって自分の評価ではない
そう思っとった。
そう思ってひたすらに練習しとった結果がこの負けか?
グラブに当たったボールが鷹宮の後ろを過ぎ去っていく。 パンッ!!
後ろで乾いた音がした。セカンドの白鳥凪翔が
鷹宮のこぼした球を捕球していた。
「白鳥!2つ踏め!ゲッツー行けるで!!」
「おぉぉぉぉ!!!」
「あぁぁぁぁ!!!」
ボールを右手に持ち替えながら白鳥が走る。
そして一塁ランナーだった摩耶も2塁へ全力で走る。
ダンッ!! ダンッ!
1歩、白鳥が早かった。
「1つや!!」
舞鶴ナインが叫ぶ。
「星ー!!駆け抜けろー!!」
負けじと桑山ナインが吠える。
パンッ!! ドムッ! 「…アウト!!」
「すげぇー!!追いついたショートも凄いけど、
良いとこにいてカバーしたセカンドもすげぇ!!」
そのワンプレーに球場が湧く
「ギリギリやった...蓮が追いついてなかったら...」
息を切らしながら白鳥が鷹宮の方を向く
しかし鷹宮は片膝を着いて動かない。
「蓮??」
なんや...今のプレー、思考は...?
もう負けと、終わりと思って足止めて。
白鳥がカバー入るんも珍しい事やない。なのに何を
全部終わったみたいに考えとったんや...?
動かない鷹宮に白鳥が近寄る。
「どうしたんや蓮??どっか打ったか?!」
「...うっさい。」
「え?」
「もうええねん。俺はグラウンド(ここ)に立つ資格が無いねん。次の打席、交代するわ。」
「何言ってんだよ??わかんないよ!」
「お前には関係ない。お飾り監督に話して下げてもらうわ。俺の意思は、気持ちは所詮この程度って知れて良かったわ...」
「ッ!!!」
白鳥が鷹宮の胸ぐらをガッっと掴む。
鷹宮は一瞬驚いた顔をしたが、また俯いた。
「ふざけんな!!なんの為にここまでやってきたんや!勝つ為と違うんか?!」
そう怒鳴り上げる白鳥。
「何キレとんねん。そんなキャラちゃうやろ。」
「いいや!言わせてもらうぞ!お前がそんな腑抜けだと思わんかったわ!!いつもの勝利への気持ちは
どこ行ったん?!なんの為に今まであんな必死に練習してきたんや?!雨の日も、雪の日も!!」
「全部無意味や。負けたら終わり。慰めなんて要らん。」
「これは慰めなんかやない!!
お前...ほんとにここで終わりでええんか?!」
「そう言っとるやろ。」
「…お前の母さんにもそう言えんのかよ??」
「.....」
「俺は知っとるで蓮!小学生のあの負けた日から
お前がどんな思いで野球してきたかを!勝って、勝って、たまに卑怯な手も使って!それでも勝ち続けたんは、ずっと母さんの影を追ってるからや!」
「...うるさい」
「勝ち続ければあの日みたいな思いはしないはず、
そう思って野球やっとるんやろ?!勝てば母さんが戻ってくるとでも思っとるんか?!」
「うっさいねんボケ!勝てば何も離れん!
負ければ全て失うんや!してきた練習、かけてきた金!笑ってくれる人!お前にこの気持ち分かるか?!おぉ?!
負けたても何も失わんお前に何が分かるんや!!」
「…お前だよ...お前が居なくなるんだよ...蓮。」
「...は??」
「あの日、お前の母さんの葬式の後からずっと思っとった。勝ちにこだわるお前を見てると、負けた時、お前が野球を辞めてしまうんじゃないかと思ってしょうがないんや...」
何も言えんかった
口が開きっぱなしのアホ面やったと思う。
ただ目の前には叫びながら涙を流す幼馴染が1人。
「全てを犠牲にしても野球で勝ち続けるお前が、
勝ちを渇望し続けるお前を見てて俺は...苦しかったんや」
「...」
「そんなお前が、誰よりも先に諦めんなよ...」
白鳥がそう話していると、他のメンバーも集まってきた。
「キャプテンの言う通りや。」
「お前ら...」
キャッチャーの岡崎がおもむろに口を開く。
「正直、お前に「使えん」とか言われたり、
駒みたいにされた時もあった。でもな鷹宮、
俺らはそれでも良かったんや。」
「なにを...」
「お前みたいになんの才能もない俺らを、ここまで引っ張ってくれたんは、鷹宮、お前や。」
「そうや鷹宮!駒でもなんでもええ!俺らを
使えよ!んでいつもみたいに勝ちへの執念を見せてくれよ!!」
「そうだ...」
「そうですよ鷹宮さん!!」
舞鶴ナインが1人ずつ声を上げていった。
唖然とする鷹宮に白鳥が手を離し告げる。
「まだ1回ある。7番からの攻撃や。絶対にお前に回す。だから見せてくれ。このダイヤモンドで1番輝くんはお前や。蓮!!」
鷹宮は立ったまま動かない。
そして帽子を脱ぎ汗を拭う。
そしてふっと笑い顔を上げる。
「アホ共が。何全員で囲んでんねん。
さっさとベンチ戻るで。7番...富田からや。気ぃ引きしめて行ってこい!!」
「!! しゃぁ!!行こう!!」
舞鶴ナインが互いを見合い、笑顔で返事をする。
レガースを付けながら、その輪を見ていた一輝が
少し笑い、メンバーに声をかける。
「最終回、こっちも気ぃ引きしめて行こうぜ!!」
7回の裏。バッターは舞鶴ボーイズ7番富田。
「富田ー!集中や!気合い見せろ!!」
「初球から振ってけや!!」
声を出す舞鶴ボーイズ。
パァァン!! 「ストライク!バッターアウト!!」
しかし相手は今大会無失点の投手天野焦斗。
「くっ...切り替えが大事や!椎名!取られたぶんは
自分のバットで取り返そうや!!」
「そらホームラン打たなアカンな。」
冗談混じりに打席に入る。
ボッ! カァン!
ビッ! タンッ!! ストレートと変化ですぐに追い込む。
「よく見ろよ!でも積極的に!!」
ボッ!! パァァン!! 「ストライクバッターアウト!」「おーけー!いいボールいいボール!あと一人!」舞鶴ボーイズに負けないような声援が桑山ボーイズにも飛び交う。
《9番、ライト、木元君。》
2アウトランナー無しで9番の木元に回る。
「木本ー!デッドボール忘れて強く振ってけ!!」
ボッ! ブンッ パァァン! 「ストライク!」
焦斗のボールは勢い止まらずバットに触れさせない。
ツーストライクワンボールと追い込んだ5球目。
ゴンッ!! 真っ直ぐが根っこに当たった音だ。
「木元走れー!!」
舞鶴ベンチから大きな声が叫ばれた。
「おぉっ!!!」
「サードボテボテ!面白いぞ!!」
必死に走る木元、サードの梶原が追いつき、投げる。
「「駆け抜けろー!!!」」
ダンッ!! パンッ!! 「...セーフ!!」
「しゃァァ!!!」
一塁上の木元、そしてベンチが盛り上がる。
《1番、ショート、鷹宮君》
そのコールに、球場もザワつく。
「なぁ、あの鷹宮ってやつ、今日3安打だよな?」
「あぁ。しかもヒット、ツーベース、スリーベース打ってる。あとホームランが出ればサイクル達成だぞ...」
「マジかよ?!中学生で、しかも全国でそんなのある?!」「可能性はある...天王のエースからこの子ホームラン打ってるし...」
ザワつくスタンド、そして手を握りしめている
1人の少女。
「兄ちゃん...」
鷹宮の妹の凛だ。
「大丈夫だよ凛ちゃん。きっと打ってくれる!」
そう話すのは白鳥の父と母。
鷹宮が打席に入る。
ザッザッと、バッターボックスを掘る。
ふいに一輝が声をかける。
「...なんだか爽やかな顔してんな。」
「あ??」
「今までニヤついてたお前より楽しそうに野球してんな。」
「うっさいボケ。打たれても同じセリフが吐けんのか」
「ハッ!望むところだよ!!」
サインを交換し、一輝が構える。
グッ...ボッ!! パァァン!! 「ボール!!」
初球を堂々と見逃した鷹宮。
(見えてるな...焦斗の140kmの球に対応できる
反応の良さ。跳ね返せるパワー。...ほんとに全国はすげぇ...)
マスク越しに笑がこぼれる一輝。
グッ...ビッ!! タンッ!! 「ストライク!!」
続く2球目、外から入ってくるカーブを見逃す。
しかし身体は反応していた。
一輝はそれに気づき、インコースに構える。
焦斗が頷き構える。
ググッ...ボッ!! 渾身のボールだ。恐らく今日1番の
真っ直ぐだろう。
カッ!! 瞬間、一輝、焦斗バッテリーに緊張が走る。
キィィン!! ガサッ!! 打った打球は
フェンスを超える。
「ファーーール!!」
審判がコールする。
「危ねぇ..」
そう言いながら焦斗が汗を拭う。
(今のコースもダメか...ヨシ...)
間を置いて一輝がサインをだす。
グッ... ビッ!!
(真っ直ぐ...いや!!) 鷹宮がそう思った瞬間、ボールが落ちる。カァァン!!
「ファール!」
「今のがフォークか。速ぇな。」
鷹宮が呟く。
「なら当ててんじゃねぇよ...ったく。」
一輝も呟く。
(全部見切られてるし全部当てられる。残るは...)
そう思い、一輝がサインを出す。
「!!」
一瞬、焦斗が目を見開いたが、すぐにいつもの
ポーカーフェイスに戻る。
(来い!!全力のボール!!最高のボール!!)
こくりと頷き、焦斗が振りかぶる。
グッ... ビッ!!! 高い所から振り下ろされたボールは
弧を描き鷹宮に、向かっていく。
(カーブ??高い!ここから入るなら...)
すると、 クンッ!! っと縦に割れた。
カァァン!! 音を鳴り響かせたボールは
焦斗のグローブに収まっていた。
「アウト!!スリーアウト!! ゲームセット!」
審判の掛け声に、舞鶴ベンチは空を見上げる。
「とても緊迫した良いゲームでした!お互いに礼!」
「「ありがとうございました!!」」
挨拶のあと、鷹宮が立ち尽くす。
そこにチームメイトが集まる。
「悔しいけど、鷹宮が抑えられたら誰も文句ねぇよ。」
「負けたけど、俺らはすげぇいい試合したと思う。
多分、この先一生こんないい試合はしないだろうな...」
「...」
そう話す選手たち。そこに
「おーい!鷹宮!!」
一輝が声を掛けに来る。
鷹宮は嫌そうな顔で「なんや??」と返す。
「お前らほんとに強かったよ!大吾達倒すだけはあるな!!特に鷹宮!お前との勝負はすげー緊張だった!」
「...それだけか?」
「え?」
「それだけ言いに来たんかい。調子狂うわ。」
「ちょっと嬉しそうだな?」
「うん。嬉しそう。」
一輝と白鳥が言葉を交わす。
「嬉しないわ!ホンマ鬱陶しい...」
「またな鷹宮!またやろうな!次も負けねぇけど!」
「...ふんっ! 次やる時は俺「ら」が勝つ。それまで待っとけ野球バカ。」
「鷹宮...おう!またな!!」
秋の全国大会準決勝、3-2で桑山ボーイズの勝利。
ご視聴ありがとうございました!
今日は本編と番外編の2本立てです!
是非宜しくお願いします!!




