届くボール。届かなかった言葉。
パシッ! 「アウト!!」
4回の桑山ボーイズの攻撃の後、一点が出ない両チーム。
試合は動かず6回の表、桑山ボーイズは2アウトランナー1.3塁で先程タイムリー内野安打の8番戸山に回る。
しかし勢い余り空振り三振に倒れる。
3-2と点差は広がっていない。
しかし舞鶴ボーイズの雰囲気は最悪だった。
たった1点取るのにヒットが出ない。
打順は4番の四条、しかしその伏見を三振。
次の打者も、その次の打者も三振に切って伏せる。
舞鶴ナインが動揺を隠せず、全員が同じ方向を見ていた。鷹宮蓮、舞鶴ボーイズの絶対的王。その王様はいつも人を食ったような態度を取っている。
そんな彼が、汗を拭うのを忘れるくらい考えていた。
(分かってた…あのバッテリーが居る限り、勝利はない。だからありとあらゆる対策、手段を考えた。)
俯いたまま何も喋らない鷹宮。
審判に守備に着くように催促される。
(負け…か...負け?負ける?俺が??)
「はーっははは!!」
選手全員が驚きと怯えた様子で鷹宮を見る。
(まだや!まだ勝負は終わってとらん!最後の1球!!
最後の1球まで勝ちを渇望した者のみ得られる権利!
それが勝利や!!)
ダンっ!っとベンチを飛び出す。
(まだや!まだ終わらん!!3-2、ウチの攻撃はあと1回!俺にも打順が回る!!そこでケリ付けたる!!)
《桑山ボーイズの攻撃は9番、セカンド、新沼君》
キィィン!
9番の新沼が初球を捉える。
追加点のランナーだ。そしてこれにより打順は先頭に戻る。
(まだや...まだ平気や...星に回る前にケリをつければ
問題ない...問題ない....)
息が荒くなっていく鷹宮。すると
「スチール!!」
ランナーの新沼が初球で仕掛けてきた。
だがタイミングは若干遅くスタートしていた。
「おい!!刺されんぞあいつ!!」
「初球打ちしたからって調子乗りすぎだ!!」
(刺せる!) そう思ったキャッチャー岡崎が素早く握りかえる。
「いけるっ....な?!」
「おい蓮!!カバー!!」 セカンド白鳥が叫ぶ。
「はっ...!!」
鷹宮の反応が遅れ、キャッチャーが投げれなかった。
0アウトランナー2塁。桑山ボーイズはチャンスを掴む。
「大丈夫か?蓮??」
「…大丈夫や。寄るな。戻れ。」
「...?」
カァン! 打順は戻り1番御手洗。
3球目の変化をすくい上げ、ライトフライとなる。
(焦るな...焦るな...まだ負けとらん。打たせてこい俺んとこ!)
そう思い、岡崎にサインを出す鷹宮。
キィィン!! しかしまた初球を捉えられる。
捉えたのは1年で2番の摩耶優太。
1アウトランナー1.3塁、今日3打数2安打1本塁打の
キャプテン星一輝に回る。
(星か...今日当たっとるし正直歩かせたい...
でも4番の島崎に1発打たれると試合が決まるからな...
あくまで攻めていこう。椎名、ここを踏ん張れ!!)
キャッチャーの岡崎が心の中でそう思いながら
ミットを構える。
「打たしていこう!!」
「椎名!!後ろは任せろ!!」
「ここで切って攻撃に繋ごうぜ!!」
舞鶴ナインが声をかけ合う。1人を除いて
(なんや??なにが間違ったんや??
勝ち続ける為にここまでやってきたんや...
負けたら全部失う...居なくなる...俺はなんの為に...)
キィィィン!! 鷹宮がそう思った瞬間、3球目、一輝が
椎名のボールを捉えた。
捉えた当たりは椎名の右横に鋭い勢いで通り過ぎる。
瞬間、鷹宮が飛ぶ。
「こんなとこで終わる訳には行かないんやぁ!!!」
(負けたら終わりや!!全部...全部!!)
グラブが伸びる。しかしボールは一直線にセンターへ抜けようとしていた。
ガッ!! 追いついた鷹宮のグラブは打球に押し負ける。
(そんな...行くな...飛ぶな...待って...)
今から2年前、鷹宮蓮小6の夏。
パンッ!! 飛び込んだ打球を鷹宮がキャッチする。
「おぉー!凄い!」
「あの打球を小学生がダイビングキャッチか〜!」
当時の俺は、地元で有名とまでは言わんが、それなりに
知られてる選手やった。
引土レンジャース。地域の少年チームじゃそこそこ
強いチームやった。
凪翔...白鳥とは長い付き合いで、小学生の頃から
二遊間を守ってた。
走攻守揃っとる選手なんて言われてて浮かれてた時も
あった。試合が終われば親父の車でいつも褒めてもらってた。
「蓮は本当に凄いなぁ!プロいけるんちゃう?!プロ!俺あんま野球知らんけど!」
「ホンマに?!兄ちゃんプロなるん!?」
いつも見に来ていた妹の凛も俺をわっしょいしとった。
「アホやなぁ親父。プロはな、今の俺じゃ無理や!即戦力外や。その為にもっと練習せなあかん。」
「そーなんかぁ。よぉわからんけどやり過ぎもアカンで」「そんなんじゃプロなれん。もっと練習してもっと上手くなって、プロ行って富豪になるんや。」
「なんや金欲しいんか、お小遣いじゃ足らんか?」
「…足らんわ。」
「ねぇパパ!あんなぁ!兄ちゃんなぁ!お小遣い使ってへんで!ママの病気治す為に貯めてるんやで!」
「おい凛!言うなや!」
「ハッハッハ!そんなん母さんが聞いたら泣いてまうな!」
「...うっさいわ」
試合後、家族3人で病院に行くのが日課になりつつあった。母さんは身体が弱かった。
それでも俺と凛を健康に産むと決めて産んでくれた。
病院に着くと親父がいつも面会の手続きをする。
俺はそこには同行しないで外庭の方へ行く。
外庭が見える病室、そこに母さんが居る。
いつも風を感じたいのか窓を開けておった。
「蓮、そんなとこ居らんで入ったらええのに。」
「た、たまたまここにおるだけや。それに砂埃が
病室入って母さんが早死したら凛が泣くからな。」
「え〜?蓮は〜??」
「…軽口叩けるくらいには体調ええんやな。」
「うん!もうバッチリ!ところで今日はどうやった?!」「勝ったに決まっとるやん。負けるわけ無いわ。」
「え〜凄いやん!母さんが入院してからずっと勝っとるな〜。この調子なら、来週の試合も勝てそうなん?」
「当たり前や。母さん見に来るまで勝ち続けたるわ。
...だから早く良くなってもらわないと、過労で俺が先に死んでまうわ。」
子供ながらにどうして素直に褒めてと言わんかったんやろう。でもそんな俺を母さんは言わずとも褒めてくれた。
「来週、勝ったら県大会優勝や。やから...早く良くなって見に来てや。来週来れんくても、全国出た時見れるように...」
「...うん。ありがとう。蓮。楽しみにしとるよ。頑張って勝ってな...」
次の週、相手は本当に強かった。
県大会の決勝に残るだけはあった。
親父と凛がいつも見に来る時間になっても現れんかったけど俺は構わず勝つために集中した。
勝つ、勝つ、勝って母さんと、親父、凛を全国に連れてってやるんや。
そんな思いも虚しく、3-2で負けた。
涙は出んかったけどやっぱり悔しかった。
チームのみんなは良くやったと慰めあっていた。
俺も負けたけどベストは尽くした。だから気持ちかも
晴れていた。
今日の試合をまた話してあげるんや。
頑張ったし、きっと母さんも褒めてくれるはずや。
凪翔の親父さんに家まで送って貰い家のドアを開ける。
リビングの電気が消えていた。すごい静かやった。
「親父ー?凛ー?帰ったでー」
返事が聞こえなかった。
居間の方に顔を覗かせると親父が座っとった。
その膝には凛が寝ていた。
「親父?帰ってきたで。」
「おぉ。おかえり。」
「どしたん?こんな暗くして。」
「あぁ...あのな...」
「今日負けたわ。相手強すぎや。多分全国じゃああいうチームが優勝すんねんな。勝てる気せえへん。」
「そうか。お疲れ様。それでな...蓮...」
「今日は母さんとこ行かんの?別に俺はええけど凛が行きたいんちゃう??」
「...」
「まぁ行ったら今日の話してやってもええな。
勝つって約束した手前ちょっと恥ずいねんけど。」
「...蓮、聞きなさい。」
「??なんや?」
「母さんが亡くなった。今日の昼頃だ。」
「...???」
何を言っているのか分からなかった。
亡くなった?死んだってこと?誰が??母さんが???
いや、有り得んよ。だってもう元気言うとったもん。
全国出たら見に来るって...あっ...
俺が負けたから??
約束守らんかったから??
数日が経過して母さんの葬式が行われた。
坊さんのお経初めて聞いたけど何言ってるか分からんかった。
親戚のおじさんもおばさんも、凪翔と凪翔の親の言葉もなんて言ってたか分からんかった。
「本日は多忙なのに参列いただいてありがとうございました。」
「いえいえ、私たちの中じゃないですか。」
親父と凪翔の親父が話していた。
俺はそれをぼーっと見ていた。
まだ実感できてなかったんやろう。ひたすら黙っとった。
さらに数日経過して家に仏壇が置かれた。
置かれた仏壇を見てるとあの日の記憶が蘇ってくる。
「勝ってな。」その言葉をがずっと頭から離れなかった。
気がつくとバットを握りしめていた。
雨の中、手の皮がビリビリ破けてもひたすらに振っていた。次の日も、その次の日も。
次の週には試合にも出た。
監督には少し安静にしてろと言われたがそれでも出た。
勝つ。勝つ。試合に勝つ。
その言葉に取り込まれるようにひたすら勝利に拘った。
「楽しくやればいい」「負けてもしょうがない」
なんて言ってた奴がいれば先輩なんて構わず殴ってた。
「勝ち以外に価値はない。」そう思ってひたすら
野球をやってきた。
もう会えないあの人に、いい報告ができるように。
勝つ事だけを考えて今までやってきた。
それなのになんでや?心が満たされない。
なんでボールを弾いとるんや俺は。
結局俺は、口だけ達者なしょうもない人間だったんや。
ご視聴ありがとうございました!
次回、VS舞鶴ボーイズ決着!&ドラフト会議前夜特別番外編を、お送りします!
よろしくお願いします!




