雨は晴れ君が笑う
キィーーン! 「アウト!」
5回の守備が終わるも、無得点が続く試合展開。
焦斗も泉もランナーを出さない完全な投手戦だ。
一輝はベンチに座り込み、いつかの日を思い出す。
小6の冬、俺は小学校にも行かず塞ぎ込んでいた。
もうすぐ中学生になるというのに。
コンコンッとドアが叩かれる音がする。
「一輝。ここにご飯置いておくから。
お母さん、もう仕事出かけたから、ちゃんと食べてね。アタシもう学校行くから...」
親父が死んでからみんな変わった。
住んでいた家は売り払い、アパート管理をしていた
結の祖母が紹介してくれた部屋に住んでいる。
母ちゃんは仕事に出て、姉ちゃんはだらしなく無くなった。
俺は...もう野球をしなくなった。見なくなった。
中学生に上がるからと、親父が最後に買ってくれた
グローブは2ヶ月以上触ってない。
バットも...あんなに毎日振っていたのに。
いつも一緒に練習していた人がいきなり居なくなる。
こんなに心細く、どうしようもない思いになるとは思わなかった。
あの日...俺がバッセンなんて行くと言わなければ。
そもそも...野球なんてしていなければ、
母ちゃんも姉ちゃんも...父ちゃんも近くに居たのに...
時が過ぎて春。俺は中学生になった。
学校には未だに行っていない。
「お邪魔しまーす!」
「あぁ!結!いつもありがとうね。
ってびちょびちょじゃん!雨?!風邪引くよ!」
「美咲ちゃん!へへ また来ちゃいました〜」
「もう...あまり遅くならないようにね。」
「はーい。ウチ目の前だけど!ふふ」
スタスタと歩く音が聞こえてくる。
結だ。父ちゃんの葬式が終わってから毎日来ている。もう半年ぐらいになる。
「一輝〜!来たよ〜!」
ストンとドアの前に座る。
毎日来るもんで姉ちゃんが座椅子と小さい机を置いているようだ。
「でね〜。みーんなお嬢様!ウチ場違い感すごくってさ!高校は絶対一輝と焦斗と同じ学校行くから!」
いつもこうだ。勝手に来て勝手に話して満足したら帰る。正直...俺には構わずいればいいと思う。
「ボーイズのマネージャーって大変だよねー。
ウチ1人だからめっちゃ動いてさー!明日も平日練習あるから学校終わったらそっこー行かないと!」
「あ...ゴホッゴホッ...ゆ、結。もうお、俺に構うな。」
「え?」
久々に声を出した気がする。
一言声を出すだけで喉が痛くなった。
その声を聞いて結も驚いていた。
「だ、大事な中学生で...俺になんか構わず...友達と遊べよ...」
呼吸が少し乱れながらも、伝えたい事を伝える。
結衣は何も言わない。
そしてトットットッ...という足音が遠ざかって行くのがわかった。
これでいい。俺に構う時間なんて...結の時間を奪うだけだ。
ザーッという雨音が聞こえる。
あぁ、雨まだ降ってたんだな...
結がずっと話してたから聞こえなかった。
カァァーーン!
6回裏、この回ついに焦斗が得点を許す。
1本のヒットで少し調子が乱れ、2点を取られた。
しかし、焦斗は冷静でバックに声をかける。
「すいません!少し調子乗ってました!
まだまだ行くんで準備お願いします!!」
「おう!良いぞ!打たせてこい天野!」
パァン!! 「ストライクバッターアウト!チェンジ!」
「一輝!」
焦斗がグラブを前に突きだす。
「お、おう!」
パンッとタッチをする。
「さぁ!みんな、最終回だ。
この回...点取れ無きゃ...俺らは自由だ!!」
鎌田がニコッと笑い話す。
「そうだな。しかも相手は泉。こっちはまだ1本しかヒットが出てねぇ!」
山下がケラケラしながら笑う。
「俺はなぁ!中学引退したら...彼女の秋ちゃんと
海に行こうと思ってるがどう思う?増田?」
「なんで俺に聞くんだよ?!もういいってそれ!!」
チーム全体が笑いに包まれる。
俺も思わず微笑みがこぼれる。
「でもよぉ...俺はまだ終わりたくない。
ここに勝って...明日に勝って...1番取ろうぜ!!」
「「しゃァー!!!」」
「最高の夏休みはそれからだァ!!」
「「しゃァー!!!!」」
「しゃぁ!じゃぁ香山!行ってこい!」
「あぁ!任せておけ!!」
みんなまだ諦めてない。ここからだ。
俺はレガースを付けたまま、声を出す。
しかしやはり...藤の事が気になってしまう。
キィーーーン!!
「よし!!!」
香山が初球を捉えセンター前に運ぶ。
続く焦斗はバントの構えをとる。
泉はこの試合2回目のセットアップで構える。
ビッ!! ぐわん!! パァァァン!!「ストライク!」
これだ。このスライダー。
ストレートと同じ手の振りに加えて
球速差はたったの4〜6km。見分けがつかない。
パァァァン!!「ストライクバッターアウト!!」
「くそぉ!!!」
焦斗は空振り三振に倒れ、珍しく気持ちを出す。
ビッ!! キィーーン!
ビッ!! キィーーン!
もう何球粘っただろうか。
御手洗が3-2から10球近く粘っている。
しかし最後の球をファーストに引っかける。
「くっ!!」 御手洗が全力ダッシュをする。
ガッ! するとファーストの藤が処理を失敗し、
ランナーは1.3塁となる。
(藤も...なにかに動揺しているのか?)
一輝はそう思いながら、レガースを付けたまま
ネクストに入る。
続く山下はレフトフライに打ち上げるが、
飛距離が足りずランナーも帰れなかった。
ここで天王ボーイズがタイムを取る。
流れが悪いからだろう。
あと...1アウトで終わり...
次の打者は...俺だ。
一輝に少しの緊張と、動揺が走る。
パチッ... レガースが外れる音がした。
結だ。外すのを手伝ってくれている。
「ゆ、結...」
「ほら!次の打者でしょ!急いで急いで!
ナニ?!緊張してんの?!こういう場面...
楽しむのが一輝でしょ!いつもみたいに打ってよね!」
そう笑顔で話す結の手は震えていた。
手...手...
雨の音が止まない。
結衣がドアの前を去ってからだ。
辛い。苦しい。自分の手の中にあった物全てこぼれ落ちていく...
その時...
ドンッ!!! ドンッ!!!
ドアを叩く、いや、殴る音が聞こえた。
なんだ?!
「ここ開けろー!」
結だ。結が小さいテーブルで叩いている。
「美咲ちゃんにドア壊していいって言われたから!
壊すから!出てこなきゃ壊すから!!」
「まっ...待て!」
「じゃー出てきなさいよ!いつまでもそこに居ないで!謝んなさいよ!ウチに酷い事言ったこと!謝って!」
「ご、ごめん!ごめん!」
ドアを叩く音が止んだ。
「じゃー出てきて...」
「え、う、うん。」
「外...キャッチボールしに行くよ。」
「いま?」
「いま。」
「雨降ってるよ?」
「...」
「はい。」
外に出た。雨が少し降っていた。
アパートの前の公園に来た。前はよく焦斗と3人で来てキャッチボールや話をした。
「一輝!」
呼ぶ声の方に顔を向けると焦斗が居た。
「焦斗...キャッチボールってお前が?」
「一輝!」
結がそう呼ぶとグラブを渡してきた。
結も、持ってる。結が昔使ってたやつだ。
「結??」
「ほら!早く!投げて!」
「結がやるのか??」
結は何も言わず構えたままだ。
ビッ!...パンッ...ビッ...トスッ...
ひたすらに無言だ。
というか、引きこもってた自分がしっかり投げれたのにびっくりした。
パンッ...その音を聞くと...思い出してくる。
野球始めた頃。父ちゃんと...よくここでやっていた。
ビッ...ガッ...球は取れず、俺は涙を流していた。
結衣がボールを取る。
そして俺の手を握り、ボールを渡す。
「今すぐに野球を再開してなんて言わない。
絶対言わない。でも...また見せてよ...ウチに...
また一輝がダイヤモンドで...一番に輝いてるところ...
ウチに見せてよ...!」
涙を流しながら話すその弱々しい声は、俺の心にとても響く。
結の手を握り見ると、手が赤くなっていた。
いつの間にか雨は止んでいた。
俺は結の手を握ったまま話す。
「結...ありがとう。こんなになるまで気にしてくれて...声をかけてくれて...話を聞かせてくれて...
約束する...俺は必ず...」
レガースを外す結の手をそっとすくい上げる。
レガースの土で汚れた綺麗な手だ。
「?一輝??」
「結...いつか約束したよな。
これから俺が打つのを...結が期待してくれてるなら俺は打つ。結がここまで俺を押し上げてくれた。
約束したろ。俺は必ず...」
「「ダイヤモンドで1番輝く星になる!」」
「一輝...」
「な!だから待ってろ!」
「うん!行ってらっしゃい!」
一輝は打席に立つと、トントン...とベースの角を叩く。
「フゥーー....」
一輝、泉お互いに深い息を吐く。
スッ...ビッ!!! パァァァン!! 「ストライク!!」
(父ちゃん...俺に野球を教えてくれてありがとう。)
ビッ!! パァァァン!! 「ストライクツー!!」
(母ちゃん、姉ちゃん、こんな俺をずっと傍で支えてくれてありがとう。)
ビッ!! キィーーン!!
(焦斗...俺を待っててくれてありがとう。)
「ファール!!」
泉が次の球で決めると言わんばかりに
大きく足を上げる。
ググッ...ボッ!!! カッ!!
(そして結...俺にまた野球をやらせてくれて...ありがとう。)
キィーーーーン!!!
美しい放物線を描いたアーチは電光掲示板にあたる
逆転スリーランホームランとなった。
ご視聴ありがとうございました!
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