叶わない。
カァーン! パシッ!! 「アウト!!」
4番鎌田のホームランの後、5番サードの柴田が
ライトフライに終わる。
夏の選手権大会予選決勝
激動の桑山ボーイズVS中附ボーイズは
3回の攻防が終わり4回、桑山ボーイズが守りに
入ろうとしていた。
ドスッっとベンチにもたれ掛かり
顔にタオルを被せた長房は頭の中で考える。
はぁ。もう終わりだね。
僕が点取られるとは思わなかったよ。正直。
ま、全国なんか行っちゃったら
ゲーム出来ないしね。
それに野球こんなのにまじになったら
またどうせ誰も着いてこなくなる。
4年前〜千葉県市川市
パァァン!! 「ストライクバッターアウト!!」
「うぉー!長房ナイスピッチ!!」
「やっぱ長房が居ればウチのチームは
負けねぇ!」
小学生5年生の時初めて野球に触れた。
最初のスポーツはバスケ、水泳、サッカー。
どれも人より大きかった僕には誰も
相手にもならなかった。なれなかった。
僕に負けて泣き出すやつや
文句を付けてくる奴ばかり。
野球は投手でも自分のチームが点を取れば
相手からの憎悪を最低9等分出来る。
「泰斗!ナイスピッチ!
やっぱ俺らさいきょーのバッテリーだな!」
話しかけてきたキャッチャーの名前は康介。
小学生の頃僕とバッテリーを組んでた奴だ。
「俺らのバッテリーならきっと
東京の星・天野ペアを越えられるぞ!」
意気揚々に話す康介に僕は聞いた
「え?誰だっけそれ?」
「お前忘れたのかよ!まぁお前らしいな!」
バッテリーはいい。打者からの恨みは半分こ。
決して僕一人が言われることは無い。
千葉最強のバッテリー。そう言われていた。
暑かった。その年の夏は特に暑かった。
成長痛で中々野球が出来なかったけど
チームのプレイを見ているだけで楽しかった。
夏が開け、秋が開け、冬になった日、久々に
マウンドに上がった。
ボッ!!! バチッ!!
長期間開けとは思えない程
僕のボールは早く宙を走った。
それは康介が取れない程に。
「わ、悪ぃ悪ぃ!次は取るからさ!」
怯えを隠すように康介がそう言うが
結局その日康介は10球中1球も取れなかった。
数日して試合があった。僕は先発と言われ、康介がキャッチャー。スタメンを発表された時、
久々の試合で僕は少し嬉しかった。
康介は違った。
ガタガタと少し震えていた。
「康介、大丈夫?」
「え、あっ...あぁ。大丈夫大丈夫。」
その声も...少し震えていた。
ボッ!!! ブンッ!! バチッ!!
初回は散々だった。相手はバットに当ててくれないし康介は弾いてばっか。
終いには相手はバットを振りもせず康介の
パスボールでランナーが溜まっていく。
僕は交代させられた。
康介は交代させられる僕に安堵した様子だった。
嘘つきだ。
サッカーやっていた時は点を決めたら目立つなと言われ、バスケの時は一人でプレーするなと言われた。
最初はみんな期待してくれていたのに。
自分の才能について来れない奴らが大嫌いだ。
それから、たまたま転勤が決まった父と一緒に
逃げるように東京へ来た。
それなりの強豪に入ればまぁ僕の球を取れるやつは居た。でもまたどうせいつかは...
「どうした!長房!」
「えっ?」
背中をバシッと叩いたのは、捕手キャッチャーの真木主将だ。
「まだ中盤!声を出そうぜ!
試合はここからだぞ!」
「真木...先輩?」
「?!どうした?!名前で呼ぶなんて珍しいな!
さぁさぁ!まだまだだぞ!石田ー!先頭出ていこうぜ!!」
その口元にかざした左手はリンゴのような色になっていた。
「...」
カァーン!!
打った打球はライト前に転がり、2アウト1塁。
「ほれ!長房!ネクストお前だぞ!
塁に出てもあんまり走りすぎんなよ!
恥ずいけどここはお前のチームだからな!
まだ、潰れてもらっちゃ困るぞ!」
「う、うん。」
ヘルメットを被り、バッテを付ける。
そしていつも通りバットを握る。
「フゥーー。」
「長房ー!頼むぞ!ワンヒットでOKだからな!!」
「でも次の打者4番なのに仕事しねーから打て!」
「うるせー!」
負けてるのに。僕が投げてるのに止まない声援。
なんていえばいいのか分からないけど。
凄く...心地がいい。
ビッ!! カァーーーン!!
捉えた初球はライト方向へ。
「行けー!」
「越えろー!」
「石田ー!走れー!」
中附ベンチが張り裂けそうな声で叫ぶ
島崎が追いつきそうになりグラブを伸ばす。
「越えろぉー!!!」
長房が叫ぶ。
ドッ!! 島崎はあと一歩届かず
フェンス直撃のライトオーバーとなった。
「回れー!石田ー!!」
「帰ってこいー!!」
一塁ランナーだった石田は足を前に、前に出す
越された島崎はすぐに掴み中継にボールを送る
「バックサ...バックホーム!!!」
キャッチャーの多田が声を張る。
ダンッ! サードベースを踏み、ホームへ突っ込む石田。
しかしボールもセカンドの武田が持っている。
「「来い!!!」」
多田と中附ボーイズの選手が同時に声を上げる
パンッ!! ズザッー!!
ボールが逸れ上手く取った多田。
タッチまで綺麗だった。
少し審判は間を置き
「...アウト!!!」と宣言する。
「しゃー!ナイスリカバリー島崎!!」
「多田さんナイスカバーです!!」
「よし。...?!」
歓喜の声が上がる桑山に、戦慄が走る。
多田が倒れている。
接触プレーを起こしたようだ。
手首をうずくまって押さえている。
「翔真!!」
そう日野が声を発する前に
監督がベンチから飛び出す。
「多田!多田!平気か?!」
「ぐっ...へい...きです。」
「起き上がらんでいい!高島!運んでやれ!」
「はい!」
会場が静まり返っていた。
「選手たちは一旦、ベンチに戻って!」
審判の一声で皆が動きだす。
「これは手首骨折ですね。腫れてます。」
「...」
コーチの山城の言葉に、皆が静まり返る。
「交代だ。摩耶、多田の代打だ。」
「え?」
「代打だ!準備しろ!お前らも戻れ!
あとは俺と山城でやる!」
「は、はい!」
高島の声に全員が戻る。
4回裏、桑山の攻撃。
先頭は多田の代わって代打摩耶。
「みんな多田さんの件で少し気が落ちてる。ここで雰囲気最悪は1番ダメだ...俺がでないと!」
ボッ!! パァァン!! 「ストライク!」
(は、速い...!球威が戻ってきてる!)
持ち直した長房の目には闘志が宿っていた。
(キャッチャーの事は気の毒だけど
僕にも譲れないっていう気持ちが
湧いてきたんだ...これ以上は...ないよ...!)
`代打の摩耶は三振に倒れ、次の打者も、その次の打者も三振に倒れ、5回が始まろうとしていた。
「キャッチャーはどうします??戸山ですか?」
「...」
コーチの山城が急かすように聞く
「監督!早く審判に交代を告げなければ!」
「あぁ...」
カチャッカチャッ...
金具がアスファルトを歩く音が聞こえた。
「監督...俺行きます。」
そこに居たのは多田だった。
「多田!ベンチに入るな!
それにお前はもう代打で交代しているんだぞ!」
山城コーチが慌てて肩を貸す
「くっ...」
「多田さん。座っていてください。」
方にポンっと手が置かれる。
多田はその手の主を見上げる。
そこには防具を付けた一輝が立っていた
「い、いっき...?」
「ここは俺に任せてください!大丈夫っす!
先輩がここで交代しても...
全国でまた試合があります!
俺らが絶対...連れていきますよ!!」
「いっき...」
多田が何かを飲み込んだ。
生唾だろうか?
いや、何かを言おうとしたのだろう。
1呼吸おき、一輝に言葉を託す
「頼む...陸を..俺らを勝たせてくれ...」
「はい!!!」
カチャッカチャッ...
再び金具でアスファルトを歩く音が聞こえる。
「翔真、病院で待ってろ。
俺らが全国に行く報告をよぉ!行くぞ一輝・・!!」
「はい!!!」
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