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04:狂犬皇帝の計画

「ジャレス殿下、ご成人おめでとうございます。

そろそろご結婚も間近ですね」


「大人になられましたのですから、お妃さまを得て、責任を果たすのが皇太子殿下のお役目ですぞ」


「孫の顔が見たいなぁ。あ、春にお前の弟か妹が生まれる予定だから」


 あー毎日、毎日。飽きもせず。うるさい。うるさい。うるさい。

 十八になる前から、お妃さまがどうとかこうとか、責任がなんだかんだとか……どうにかこの面倒な話題から逃げることが出来ないもんかね。

 あと父親がまた新しい愛妾を引っ張り込んだと聞いていたが、お盛んなことだ。

 

 ミュレス帝国は一夫一妻制だが皇帝や貴族たちには愛妾が認められている。立太子出来る皇子は“皇妃の子ども”と決められているが、愛妾が産んだ子どもでも皇妃が養子とすることで継承権が発生するらしい。養子にするかしないかは皇妃の意向が絶対とされているので、たとえ皇帝からの寵愛がなかった場合でも、立場はある程度、安泰って訳だ。

 ――余程のことがあって、失脚、幽閉、暗殺などがない限りな。

 俺の母親は皇妃だった。過去形なのは余程のことがあったからだ。両親は政略結婚で、はじめから愛情は無く、義務として皇子……つまり俺を儲けると、父親は皇妃を一人寝室にうっちゃって、他の女と遊びはじめる。しかし、どれだけ愛妾に子どもを産ませようとも、皇妃が産んだまごうことなき皇子の俺がいる以上、そして母が拒否権を発動している限り、皇太子になれるのは俺だけだった。

 それに業を煮やして愛妾の誰かが、母を暗殺した。俺も半分、死にかけたな。

 

 その後、皇帝である父は、新しい皇妃を迎えなかった。口では「亡き皇妃のことが忘れられない」だとかなんとか言っていたが、俺は知っている。母の暗殺に、父もそこそこ関わっていることを。

 父は性格が終わっていた。

 空位の皇妃の座を巡って、自分の愛妾たちが争うのを見世物のように面白がり、その後見人たちが媚びへつらい高価な贈り物を差し出すのをふんぞり返って受け取る。新しい愛妾を作り、昔からいる愛妾が嫉妬で嘆き悲しむのを肴に酒を飲み、新しい女を抱いた。新しい女もすぐに同じ目に合うというのに、引きも切らずだ。自分は他の女とは違うという自信はどこからくるんだろうな。

 

 俺は十五歳の時に立太子し、皇太子となったが、その話が出た時の父親の「あー」という顔が忘れられない。俺のことを皇太子にしたいとはこれっぽっちも思っていなかったのだろう。しかし、俺は皇妃の産んだ正統なるたった一人の継承権を持つ子ども。重臣たちは当然のように俺を推した。旧態依然とした考えから脱却すできず「正統な後継者が十五歳になったら立太子」と言う慣習を律儀に遵守しようとしたためだ。娘を愛妾にしていた者たちも、他の誰かに出し抜かれるくらいならば、暫定的に俺を置いておこうと消極的だが賛成する。おかげで俺は皇太子なんて面倒な立場になった。

 やることはちゃんとやってやる。

 それ以上は求められたくない。誰かに指図されるのは嫌いだ。

 結婚はいずれするとしても、まだその気がないのに、こうも毎日、うるさいのは辟易だ。

 だから考えた。

 

「おい、セバス」


「はい、なんでしょうか」


 セバスはセバスチャンと言う名前のはずだが。もしかして違う名前だったかもしれないが、どうでもいいことだ。セバスは母の実家からついてきた爺やで、俺の侍従だ。

 俺はセバスに近隣の王女たちを調べるように命じる。


「殿下もようやくお妃さまを――」


「十歳以下の者だけでいい」


 セバスが俺をゴミを見るような目で見た。

 ミュレス帝国の皇太子である俺に、こんな視線を向けるだけで、普通なら無礼討ちである。

 だがセバスは許そう。こいつは物知りだし、めちゃくちゃ仕事が早い。いないと俺が困る。

 それにセバスの眼差しを見ると、母を思い出すんだ。

 母は父を嫌っていた。その子である俺のことも憎んでいて、よくそんな目で見られたものだ。誰にも言ったことはないが、俺はあの目を思い出すと、なぜか頭のてっぺんから足先まで得も言われぬ感覚が走り抜ける。


「十年しないと結婚出来ないような娘を選ぶ」


 政略結婚なんて年は関係ないが、人質にする以外は、跡継ぎを得る為に迎えるものだ。約束だけしておいて、あちらもある程度、大人になったら正式に妻にするのはおかしい話ではない。俺はその時、二十八歳になっているが、現在、おそらく四十歳辺りの父親もまだ子どもを作ってるのだから、遅くはないはずだ。

 その間、俺は自由って訳だ。


「頭いいだろう?」


「私は愚かだと思いますが?」


 くそっ! 

 しかし、セバスがどう思おうと、俺の命令は絶対だ。ほどなく王女たちのリストが出来上がった。

 その中にいたのがララ――属国の第八王女。


「八歳か……まあ、いい年齢だな。それより若いと、さすがに俺の性癖が疑われる」


「既に十分、変態だと思いますが?」


「――おい、セバス」


「はい、なんでしょうか」


 俺はセバスにララの身辺をさらに探らせた。吹けば飛ぶような属国の王を父に持ち、母親はミュレス帝国の血筋に連なる家柄だったが、若くして亡くなり、これといった身よりもないらしい。

 俺と同じ――「うるさいのがついていないのはいいな」


「そのせいで他のご夫人たちや姉君たちに酷い扱いを受けているそうですが、いつも感謝の心を忘れない素直でお優しい王女さまとのことです」


 つまり“いい子ちゃん”って訳だ。

 俺の嫌いなタイプだが、ちょろそうなのは好都合だ。


「じゃあ、こいつでいいや。後はよろしく」


 俺はセバスに婚約の手続きを任せると、馬に乗って狩りに出かけた。

 数日後、宮殿に帰るとセバスがララへの婚約祝いを用意しているじゃないか。


「こちらでいかがでしょうか?」


「どうでもいいこと聞くんじゃねぇよ。任せるって言っただろう!

面倒くせぇな」


「せめて一言、ご挨拶をお書き下さい。ご婚約したのですから」


 俺が無視しようとすると、セバスは「お恥ずかしいのは分かります。最初ですから、まずは礼儀正しくご挨拶なされば大丈夫ですよ」としたり顔で言いやがった。


「おい、セバス」


「はい、なんでしょうか」


「お前が『よろしくな』って書いとけ」


 一言でいいんだろう?


「かしこまりました」

 

 書きあがった手紙に確認を求められたので一瞥したら、『はじめまして、ララ王女。どうぞこれからよろしく』となっていた。


「なんだよこれ」


「そう言うことでなのでは?」


 何を勝手に変換している、と思ったが、全く違うことを書かれた訳でもない。


「じゃあ、それでいいよ」


 投げやりに言う。


「殿下」


「なんだよ!」


「殿下がお選びになった贈り物があれば、ララさまもお喜びになるでしょう」


 少し甘い顔をするとつけ上がりやがって!

 俺は手に持った酒瓶でも入れてやろうかと思ったが、そうだった、相手は八歳だった。そもそも八歳の女の子が好きなものが俺の部屋にあるはずがない。

 酒を煽ると、暖炉の上に分厚い本が置いてあるのが見えた。

 俺は『帝国誌』と書かれた本を手にすると、ララへの贈り物の箱に投げ捨てた。「これでいいだろう」


「殿下……」


「なんだよ。帝国の歴史や法律を学ぶのに最適な本なんろう?

俺の婚約者なら、読んで当然だ」


「殿下は一行も読んでおられませんが」


「いいや、三行は読んだぞ。

眠れない夜には効果覿面だったが、枕にするにも固いし厚いし、とにかく目障りなんだよ!」


 セバス、お前もな! と苛立つと、老侍従は贈り物の箱と手紙を持って退出していった。

 いろいろ面倒だったが、これでもう結婚話とはしばらくおさらばだ。


 俺はララのことなどすっかり忘れた。

 手紙が何通も届いていたようだが、全部、暖炉にくべたり、破り捨ててやった。婚約者になったからって、馴れ馴れしい。俺に媚びへつらっても無駄だ。


 次にララのことを思い出したのは、ほんの気まぐれで、朝に部屋に戻って来ると、セバスが何かを書き付けていたのを見た時だ。


「何を書いている?」


「ララさまから来た手紙を複写しておりました」


「なんのためにだよ」


「殿下に届いた手紙類は、ある期間、保管する必要がありますのに、殿下はすぐに捨ててしまわれるので、お渡しする前に控えを取ることにしたのです。

いずれ必要になるかもしれません」


 ご苦労なことだ。

 セバスの側にあった手紙を摘まみ上げる。

 『読んで下さるだけで構いません。これからもお手紙を書かせて下さい』とある。


「なんて奥ゆかしい王女さまでしょう」


「へぇ、身の程を弁えているじゃないか」


 鼻で嗤う。

 それにしてもよくこんなに手紙を書いたものだ。俺はパラパラとララの手紙の写しを捲った。

 つまらない手紙だ。今日は天気がいいとか、花が綺麗だとか。犬を飼っているとか――これは少し興味を持った。俺も狩りに使うのに、猟犬を飼っているせいだろう。それから俺に相応しい皇妃になる為に、一所懸命、勉強していますとか。そして必ず最後に、俺への愛情と感謝で締めくくる。利用されているのも知らない、脳内お花畑の馬鹿な女。

 

「おい、セバス」


「はい、なんでしょう」


「お前が返事を書け」


 セバスはその命令に驚いたようだ。「私がですか?」


「そうだよ。

毎回じゃなくてい。たまにでいいぞ。だが婚約者殿が喜ぶような手紙を書いてやれ」


 老侍従が書いた手紙を読んで俺に感謝し、さらに愛情を深める姿を思い浮かべるだけで、ほの昏い愉悦を感じる。

 俺も性格、終わってんな。あの父親の息子だからな。

 セバスの蔑みの目が心地よい。


「贈り物を添えますので、予算を下さい」


「贈り物? 確か最初にやったのは、姉にあげたとかなんとか書いてあったぞ」


 俺の贈り物を横流ししやがって。


「侍女と護衛の報告書では『強奪された』と」


 余計、駄目じゃん。俺の婚約者のくせに、なんて弱気な女だ。


「私はそれで構わないと考えます。

殿下、ララさまの王宮での立場は弱くていらっしゃるのですよ。

殿下に大事にされていると喧伝するには人に見せられない手紙よりも、分け与えられる物品がよろしいでしょう」


 あーあ、物で釣るのか。俺はそういう考え好きじゃないね。それにしても――「お前は、ララに随分、肩入れしているじゃないか。惚れたのか?」


「お手紙と報告書を読めば、ララさまの気高くお優しい性格が分かります。

報告書では酷い扱いを受けていたことが分かりますのに、お手紙では愚痴一つかかず、全てよい方に受け取られております。

殿下にはもったいないお方です。ですから、私は殿下の為にも、ララさまをお妃に迎えるべきだと思います」


 からかったつもりが、とんだ藪蛇だ。面白くない。


「好きにしろ。

いいや、金に糸目はつけるな。

ミュレス帝国皇太子の婚約者に相応しい、豪華な贈り物を送れ!

俺がみすぼらしい贈り物しか用意出来ないようなケチな男だと思われたくないからな!」


 それからまた、俺はララのことを忘れた。


 忙しかったのだ。

 父が亡くなり、即位した。

 俺は遊んでいた訳じゃない。裏でいろいろ手を回し、仲間を作っていた。セバスが言ったように、物で釣るのは効果的だった。他にも地位や名誉。産まれた時から持っているから分からないが、皆、そういうものが欲しいらしい。心では軽蔑しつつも、味方はどうしても必要だった。

 父や一部の重臣たちは俺を廃嫡にしようと考えていたのを知っていたからだ。皇帝になりたい訳じゃなかったが、あいつの思い通りにさせてたまるか。

 だから先にこの世から退場していただくことにした。

 自分はまだ若いと妄信し、そのうちに新しい皇妃を決めて、まっとうな手続きを踏んで……なんて悠長なことを考えていたのがよくなかったな。子どもの成長は思ったよりも早いんだよ。

 父と、それからかつて母を殺した愛妾とその後ろ盾も始末した。俺に反対する奴らもだ。

 おかげで狂犬皇帝を呼ばれるようになった。

 俺は狂っているらしい。

 そうかい。

 じゃあ、お前らのご期待に応えてやるよ。

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